縁談話1


←Back / Top / Next→


多くの者があの方を裏切り者と謗る。それは、事実であるのだろう。
呂布様は自らの力を世に現したがっており、だからこそ董卓の甘言に乗って義父を裏切ったのだ。その甘言が彼にとって好都合であったために……。
私はそんな呂布様と共に戦場に出て敵を討ってきた。そして、気付いた。自分が決して呂布様のただ一人にはなれない事に。
護衛兵として共にあったが故に特別にはなれはしないのだとそう気付いてから私は自らを押し殺すようになった。
15の頃より知らず知らずに溜めていた想いは消すことの出来ない想いとなっていた。だから、私の望みは最後まで共に在れることだとそう思っていた。
そんな私に縁談の話が持ち上がるとは思ってもいなかった。最早、行き遅れと言っても良いだろう自分には望むことが出来ないであろう縁談。両親は手放しに喜び、後は私が頷くだけという其処までの手順を整えて両親は私に手紙をくれた。苦労をかけた両親の言葉は私を迷わせる。
私は15歳の頃に勝手に兵になり、すぐに呂布様の護衛兵になった。男であれば両親は喜んだかもしれないが私は男ではない。その私に両親が望むのは……女としての幸せ。思わずため息が漏れる。
、どうした?」
心配そうに尋ねる呂布様の言葉に私は慌てて視線を向ける。
「えっ?」
「何やら難しい顔をしていただろう」
そう言って、呂布様の方が難しい顔をされた。今は訓練を終えたところだ。
いつ何時、戦場に行く事になるやもしれないからこそ、日々の鍛錬は欠かせない。けれど、呂布様の相手となるほどの者はおらず複数にてお相手をする事になる。私も先刻、その相手となったのだが……
「申し訳ございません」
主に自らの心情を察しられるとはまだまだだ。護衛兵の古参となった今でも至らぬところばかり。
「別に謝って欲しいわけではない」
機嫌を損ねたのだろうか。
「しかし、私の様な者如きをご心配する必要は……」
何処と無く不機嫌そうに聞えた声に私は疑問に思いながらも答えれば。
、俺が誰を心配しようが俺の勝手だ」
私を心配して下ったということが嬉しく感じると同時に胸を締め付ける。けれど、ご心配をかけないようにしなくてはならないと私は出来る限り自然に口元に微笑みを浮かべて。
「呂布様、ただ少し考え事をしていただけですから」
「では、何を考えていたのだ?」
身を乗り出すようにして尋ねられる呂布様。
「私事ですので」
「俺には話せないという事か?」
そう何処と無く拗ねたような物言いに私は観念して、ただありのままに話すことにした。
私の縁談の話など特に気に留められるはずが無い。よく、からかいのタネに呂布様自身がされることもあるのだから逆に喜ばれるかもしれない。
「いえ、そういうわけではありません。ただ両親が私に縁談の話を持ってまいりました」
「縁談を……お前に?」
驚いたように声を上げる呂布様に私は微かに頷く。
「子どものことを考えると遅いくらいだと母に言われましたので少し考えておりました。相手の方は両親が言うには望める以上に良い家の方のようでしたし、私もそう思いました」
私は困ったような笑みを浮かべてしまった。
「決めたのか?」
最早、私は降りた方が良いだろうか。
「いえ、まだ決心が付きません」
その言葉に呂布様は頷くと。
「お前の望むようにしろ。俺はお前が幸せになるのならば素晴らしいことだ」
「……ありがとうございます…」
その言葉に私はただ頭を下げる。そうした私に呂布様はもう一言、二言を残して去っていった。
私は何を望んだのだろう。あの方は喜ぶかもしれないと思いながら、心の底では引き止める言葉を望んでいたのか。
そうだとすれば自分は何て愚か者だ。あの方がそんな事を言うはずが無い。なのに、まだ一欠けらの望みを抱いていた。
「……私は、何て…愚かな……」
だから、決めた。
何という返事をするかを決めるしかなかった。
決断すれば何をするべきかわかっている。人の妻になれば戦場に出ることは出来ない。
そんな事を夫である相手は許さぬだろう事ぐらいはわかる。だからこそ私は決断したのだ。
最早、あの方のお傍には居られぬから、隠せば良いと思っていた想い。だけれど、私はきっとあの方のお姿を見続けることに堪えられなくなるだろう。他の者の妻になった後に彼を見ることには……。


両親に出す手紙には縁談を受けるという返信をする。
ただそれだけを書くだけなのに悪戯に夜が更けていく。
幾度も幾度も書き直して、それでも満足する物は書けない。いや、書きたくないのだ。
そう思った時、書かれていた文字の上に水が落ちる。それが涙だとは解ってはいるが止めることは出来なかった。
全てが流れれば良いのに……私の想い。いや、私自身すら涙で流れて消えてしまえばいい。
涙を流し続けていると部屋の戸を叩く音が聞えた。
こんな夜分に誰が、と涙を拭いながら扉を見つめる。扉の前に居る人物が私が何も言わなければ立ち去ってくれないだろうかと期待して黙って見ていた。
「……、俺だ。起きているか?」
呂布様の屋敷に護衛兵として部屋を賜って初めての出来事に私は慌てて立ち上がる。
「呂、呂布様。如何致しましたか?」
涙を拭って、戸の方へと近づきながら言葉をかける。
「開けてくれぬか?少し、話がしたい」
「……はい、構いませんが」
珍しいほどに弱気な物言いに私は首を傾げつつも戸の鍵を取り開ける。
そこに立っていたのはいつもの自信ある主とは違う姿。
「お入り下さい」
「すまない」
何があったのかと頭の片隅で不思議に思いつつも私は呂布様を部屋へと招き入れる。
普段と変わらぬ自らの部屋であるというのに呂布様が居るということだけで部屋は狭く感じられる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、このような時刻だというのに寝てはいなかったのだな」
寝巻き姿ではない私の格好に視線を向ける主に頷き。
「両親に昼間お話した事について返事を書いておりました」
そう言うとすぐに呂布様は未だに机の上に広げられていた書きかけの手紙を覗く。
「良い縁談のようですし」
書かれている内容は覚えている縁談を了承する内容だ。
「良い縁談だと、お前は泣くのか?」
手紙の涙の痕を見られのだろう。
「縁談を受ければ、友と別れる事になりますので寂しくて」
そう言えば説明がつくだろう。護衛兵として10年という時を生きていたのだから。
「俺と離れるのは寂しくないのか?」
「とても寂しく思います」
きっと、身を引き裂かれるように。
「では、此処に居ればいい。お前が嫌であれば縁談なんぞ受けるな」
その言葉に私は首を振る。
「両親が望んでいます」
「お前の両親が何か言う様であれば俺が言いに行ってやろう」
その優しい言葉に私は笑む。
私の為を思って言ってくれているのだ。
「私は、大丈夫ですから」
「わかっているっ!……お前は大丈夫だと、ただ俺が我慢なら無いだけだ」
期待など、期待などしては駄目だ。
「お前はずっと傍にいてくれた。どのような時でもだっ!お前が傍に居ることは俺にとっては当たり前だった。なのに、お前は離れていく。離れてもお前が幸せになるのなら納得できると思った。だが、出来ん……納得出来んのだ」
大きく暖かな手が私の肩に置かれ抱き寄せられる。
「……呂布…様?」
強く、痛みすら覚えるほどに強く抱き締められる。
「……お前が離れて行かぬ様にするにはどうすればいい?」
「私は」
何を言おうとしたのか自らも解らぬままに口を開く。けれど、その口を暖かい何かで塞がれた。
「……っ!」
その何かは呂布様の唇。頭の中が白くなる。
、俺の傍に居てくれ」
唇を離し、うわ言の様に呂布様が言った。その言葉に私は視線を向け。
「はい、呂布様」
私は頷いた。
呂布様がどのような気持ちでそうしたのかはわからない。ただ感情が高ぶっていた為なのかもしれない。けれど、私は自覚してしまった。目の前に居るこの方とは離れる事は出来ないのだという事を。
ただ望まれたからそうするわけではない。私自身が傍にいることを望んでいるから頷いた。
「ほっ、本当か?嘘ではないな?気が変わったなどは聞かんからなっ!」
その言葉を確かめるように呂布様が言う。私が頷くと、嬉しそうに笑い。その様子はいつもと変わらぬ呂布様で……。
「明日も早い。休む事にしよう」
その代わり身の速さに目を瞬かせていると、抱いていた私を肩に担ぎ上げる。
「なっ!呂布様?」
行き成りの出来事に私は降り様とするが。
「暴れるな」
呂布様の一言に暴れるのを止める。
「お前の気が変わって出て行くとは限らんからな」
「そんなことは致しません」
私の部屋を出ると廊下を進む。
真夜中、流石に皆が寝ているので小声で話すがそんな気遣いなど我が主はなさらない。
「いいや、わからん。だから、今夜は同じ寝台で休んでもらう」
「そんな困りますっ!」
私の言葉など構うことなく、呂布様は私を担ぎ上げたまま。そのまま荷物のように運ばれ、呂布様は寝台に私を置くと自分も横になって私を抱き枕代わりにすると早々と寝てしまった……眠れぬ私を残して。とはいえ、明け方近くにやっと私も眠りにつくことが出来た。
この状況を皆にどう説明しようとそんな事を考えながら……。



←Back / Top / Next→