屋鳥の愛

本編 〜12〜


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屋敷の主である周泰が尋ねてきた次の日である今日、私は何故か城だと思われる建物へと連れてこられていた。
最初の日に彼の屋敷に連れていかれた時は馬車みたいなので運ばれたが何故か今回は周泰の馬で彼の前に座らせられた。
上下運動する馬の上はあまり気持ちのよい体験ではなかったので今後はあまり乗りたくはないと思う。乗馬をして清々しい気持ちになるのは乗り物酔いに強い人だったらしい。
彼は馬を下りると私も下してくれた。そして、馬を人に預けると私を見た。
たぶん、ついてくるようにと態度で示したらしいと思って歩き出した彼の後を従って歩く。
最初は彼のペースで歩いていたらしくついていく為に早足で歩いていたけれど、彼が一度振り返った時にペースが変わってゆっくりとなったので私に合わせてくれたようだ。
普通に歩けるようになると周りを見回す余裕が出てきたので彼とはぐれないように注意しながら観察をしていたら大きなつぼを見つけた。
この大きなつぼの中をのぞいたら肉まんが入っているのだろうか?ゲームとは違って入っていないとは思うけれど入っていたらどうしようという気持ちもある。
つい立ち止まって私はその大きなつぼを凝視していた。そして、置いてきぼりとなってしまったのだけれど彼を責められなかった。
普通、壷を凝視して立ち止まるような人なんていないと思う。
「たぶん、先に行ったんだよね」
私は自分の考えをそう独り言で呟いて周泰を追うべく先に進む。
前方に周泰がいないかと目を凝らして早足で進んでみたものの姿が見えない。
そして、周泰が見つかる前に分かれ道だ。真っ直ぐ進むか横に行くか……横にしよう。
前の方に人影とか見かけなかったということは曲がったとかそういうことだ。
曲がって進んでいくと屋根がなくなった。いや、正確には庭とかに出てしまったようだ。どう考えてもこれは失敗だ。
周泰の目的地が何処か知らないけれど、わざわざこの庭を見せるために私を連れてくるようなことはないと思う。
『誰かいるのか?』
男性の鋭い声が耳に入った。そちらを見れば植えられた木々の間から僅かに見れる衣の白い色。
声の主が兵とかだったら不法侵入者だとか思われて捕まるかもしれない。
その前に周泰と合流しておかないとっと元の方へ戻ろうと踵を返す。
『……っぅ!』
私の耳に聞こえたのは押し殺したような苦痛の声。それは先ほど私に話しかけた男性のものだろう。
本来だったら聞こえなかっただろう小さなその声を私の耳は拾ってしまった。
その声の主の様子を見て、無事そうだったらすぐに逃げ出そうと心に決めつつも私は男性の様子を見に声が聞こえた方へと向かう。
木々の間を抜けて思ったよりも離れていた彼の元へと向かえば倒れていた。
「えっ!」
想像していたよりも恐ろしいことになっていて私は慌てて駆け寄る。
苦痛により青ざめ、目を瞑り脂汗をかいている男性に見覚えがある気がした。
私は彼の肩に触れて意識があるか確認するために声をかける。
意識がなかったらもう特大級の大声で悲鳴でも上げて人を呼ばないと。
「『大丈夫』ですかっ?」
『……誰だ』
幸いなことに倒れている男性には意識があったらしく私が触れると目を開けて言葉を発した。
先ほどと同じような言葉だ。ただ先ほどよりも幾分か短いというのは簡潔になっているらしい。
「あー……『わかりません』」
私は彼の言葉が解らないので首を振って答える。これは最初に覚えた幾つか覚えた言葉の一つ、お礼の謝謝とか以外では二番目に役に立っている。
昔に見たテレビで今回に役に立つようなことをしていた。それは自分でも謎な変なものを描いてそれを屋敷の皆に見せてまわることではじまる。
あまり人に関わらなかった私が近づいてきたから皆は最初は戸惑っていたけれど、私が一生懸命にその変なものを見せると口々に言った言葉だ。
たぶん、これは何?みたいな感じで聞いてきたんだと思う。だから私は何人かで確かめた後で近くの鏡を差して暁琴にその言葉を言ったら、そうすると驚いたように彼女は私を見て私の指の先を見て答えてくれた。
「えーっと、『痛い』『血』『手当て』」
『手当てなど要らんっ!』
急に怒鳴りつけられたので私は驚いた。かなり不味いことを私は言ってしまったのだろうか?
台所で怪我をしたおばさんに皆が口々に言ってた言葉を並べ立てたのがいけなかったのか。
「『すみません』あの、人を呼んできます」
此処に居ても状況はよくならないどころか悪化しそうだ。
私は元から来た方を指差して手を招くようなジェスチャーをする。
『人を呼ぶと言っているのか?……まったく、このような場所に来ること自体がおかしいと言うのにそれすらわからんとは下働きにしても……』
私が立ち去るそぶりを見せたら何か言い始めたということは、要望があるのかもしれないがよくわからない。
地面に横たわったままの男性の顔色は幾分かよくはなっている。
『大丈夫?痛くない?』
まだ青ざめてはいるが緊急的なことではないと信じたい。
あれだけ何か喋っているし、彼自身に焦りの表情がないんだから大丈夫のはずだよね。
私は男性の近くに膝をついて彼の顔色を覗き込めば彼は驚いたように私を見て、そうして目を閉じると笑う。
『俺は自分より誰かを卑下して優越感に浸ろうとでもしているのか』
その笑みも声も少しも面白くなさそうなものであることからして、きっと私に頼みごとをした自分を哀れんでるんだろう。
言葉が通じなくてごめんなさい、年齢的には40歳ぐらいのこの男性にこんな笑顔を浮かべさせてしまったことに心が痛む。
『すまないな、お前は俺を心配してくれたのだろう?ここに入ったことは俺から伝えてやるから安心すればいい』
彼は先ほどよりも柔らかな物言いになって、それと同時に笑みもまた穏やかなものになった。
心配、安心といった単語に私は頷く。たぶん、自分は大丈夫だからって意味だと思う。
なかなかいい感じに此方の言葉がわかってきたらしいことに私は少し満足したのと、
男性が大丈夫そうなのが嬉しくて微笑むと彼もまた微笑んで手を差し出してきた。
『すまんが、手伝ってくれないか?』
手伝うという言葉はよく聞くというか言うので覚えている。この流れからしてきっと身を起すのを手伝えばいいのだろう。
彼が身を起すのを手伝っていると近くに杖が倒れていることに気付いた。もしかしたら、彼は足が不自由なのだろうか。
私は彼が倒れないように支えながら落ちている杖を手を伸ばして拾って彼に渡す。
『ありがとう』
『どう致しまして』
正解だったらしい。よしよし、見知らぬ人ともコミュニケーションをとれるなんて素晴らしい。
周泰とコミュニュケーション取れなかったのは彼が無口で推測する暇もなかったからだったのか。
もう少し彼とは会話を試みる必要があるのかもっと思考の隅で考えつつ、私は彼が近くある石で出来た椅子っぽいところに向かったのでそれを脇で支えながら手伝う。
此処に座っていたのに私が来たことで動こうとして倒れたんだとしたら申し訳ないことをしたなと座る彼を眺めた。

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