生と死の選択


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二度目の冥界は連絡用に開いているという冥界と地上を繋ぐ場所からの移動だった。
デスマスクがいるとショートカット出来るのでなんて便利だったのかと彼の偉大さがわかった。一人でトボトボと生きた者がいない荒野を歩くとか苦行でしかない。
死者の群を最初に見せ付けてくれたデスマスクだけど、はじめての冥界に緊張する私に話しかけてくれたし、戯れに出されるかもしれない飲食物は冗談でも口にするなと忠告してくれた。
今回はご指名とのことでついて来てもらうことすら出来なかったが、良い先輩聖闘士だったのだと実感したよ。
目印らしい目印もない荒野を一番近くにある小宇宙を頼りに彷徨っていた私に声をかけてきたのは冥衣を着用した人だった。
目標としていた小宇宙とは違う人だが、空ろな表情な人でないだけマシである。
「俺は天雄星のアイアコス、聖闘士よ。ハーデス様の元へ案内してやろう」
「……お出迎えありがとうございます。お願いいたします」
踏ん反り返ってる感じで自己紹介してくれた相手に他に何も言えなかったので大人しくついて行くしかない。
「あまり強そうではないな」
事実とはいえ初対面でこんなことを言う人に案内されるとか。あれでしょ?聖域の皆様のよさを理解しろってことでしょ?
それを実感するための冥界派遣なんじゃないですか?そうでしょ?そうだと言ってください。充分に理解しましたから帰っていいですか?
「アイアコス殿、私は聖域の使者としてここに来ております」
なので強い必要なんてないんじゃないでかね?そう言外にふくませて相手へと目線で訴える。
「なんだと」
「アイアコス、お止めなさい」
私に見つめられたことが気に入らなかったのか機嫌が悪くなったアイアコスを止めたのは前髪で目が隠れた人だった。
冥衣をまとっているということは彼もまた冥闘士であることは明らかだ。本当にアウェー感が溢れてますね。
「ミーノスか」
たしかグリフォンのミーノスだったかな。前回の案内人はラダマンティスだったので冥界の三巨頭っていう冥闘士を全員見れたことになる。嬉しくないけど。
私も聖衣をまとっているとはいえど白銀ですよ。黄金じゃなくて白銀聖闘士なんだよ。冥闘士二人とか過剰戦力だよ。
「彼が聖域からの使者であり、我らの彼への無礼は冥界が聖域を侮っていると思われる可能性すらあるのですよ。また白銀聖闘士であったとしも彼はタナトス様から指名された方ですしね」
その言葉で私がアイアコスに嫌味に近いことを言ったと思われていることに気付いた。
「変に頭が回る者同士、お前が案内しろ」
「勝手ですね。聖域の使者殿、アイアコスが失礼致しました」
私にはそんなつもりはなかったと言う前に早々に立ち去ってしまうアイアコス。
偉そうでも嫌われるつもりがなかったから下手に出ていたつもりだったんだけどな。
「いえ、私の態度が悪かったのでしょう」
「……そう言って頂けると助かります」
目が見えないというのに見えている鼻筋や口元だけで美形と解ってしまう。
聖域に来てから美形が当たり前すぎて、私の顔面偏差値の基準値が上がってしまいそうで怖い。
人間顔が全てとか言わないが人様に不当な評価とかしたくないぞ。
「ミーノス殿、案内をお願いしてもよろしいですか?」
もう少しでも早く使者としての役割を終えて帰ろう。三巨頭という実力のある人に睨まれたとか冥界は危険地帯でしかない。
神だけあって特別美形な方々を目にしなきゃいけないが幸いなのは私の中で神々の美貌は見惚れるというよりも、美麗すぎて見ていられないというところまでいくから顔面偏差値に影響がなさそうなところだ。
「ええ、もちろんです」
このミーノスという人は私の周りには珍しい言葉使いだが、下手に出ている気がしないのは三巨頭という冥界ではお偉いさんな立場だからだろうか?
「お願いいたします」
どういうつもりで笑っているかはわからないけど、歓迎しているという様子ではないような気がする。
慇懃無礼というものが当てはまるけど笑っているのなら笑っとこう。私は敵対しません。




私は早々に帰ろうと思っていたというのに何が何でこうなったんだろう。
今私は双子の神々であるタナトスとヒュプノスという豪華メンバーにお持て成しを受けている。
ただしパンドラさんはいらっしゃらないのでメンバー的に花はないので、そういった意味では華やかではない。
「ハーデス様が目覚めるまでここで過ごすといい」
かつて通された謁見室よりは狭い部屋、それでも充分に広い部屋に通された私は四、五人用だろう大きさの丸いテーブルを双子神と囲んでいる。
「喉が渇いたのなら茶でも持ってこさせよう」
もう一人の方からのその申し出に笑っているはずの顔の頬が引きつりそうになった。
デスマスクからの忠告がなかったら申し入れを受けて飲んでたはずだと思うとよけいに。
「お心遣いはありがたく頂戴いたしますが任務中の身ですので」
「生意気な断わると言うのか?」
口元は笑みの形を浮かべ身動きが取れない私のほうへと右手を伸ばしてきたが、それが酷く恐ろしい。
これが蛇に睨まれた蛙の気分を味わっているのは神と人との差というものなのか膝の上に置いた手のひらが嫌な汗がにじんでいる。
「タナトス、戯れはよせ」
咎めるようなヒュプノスの言葉に目を細めたタナトスの機嫌はよくなさそうだけどこれは私が悪いわけではないと思う。
お茶を飲めって飲んだら地上に戻れないのだから言外にタナトスから死ねと言われたわけでそれを断るのは当然だ。
彼の兄弟であるヒュプノスがお茶を勧めない時点でこちらに分があるはずと縮こまらないように意識して姿勢を伸ばす。
「俺は戻る」
立ち上がったタナトスが瞬く間に消え去り、室内には私とヒュプノスが残されてしまう。
似たようなことが先ほどもあった。これは三巨頭に続いて双子神のうちよりにもよって死を司る神に嫌われたということだよね。
残された私達に広がる沈黙に居心地の悪さを感じつつ、ここに残っているのはお世話になった方なのだからと息を吸い。
「ヒュプノス様、先日はありがとうございました。こうして無事に身体に戻ることができました」
頭を下げて礼を言えば直接お礼を言えたことでやり遂げた感で胸が一杯になる。
「そなたは……」
「何でしょうか?」
話しかけられたのだろうと頭を上げると相手と目が合った。
先ほどのタナトスの時とは違って恐怖はないものの、まさに人外の美しさを持つ相手を見つめ続けるのは精神的に負担になってきたので視線を逸らそうとした私の頬に手が触れる。
そのことに驚いて目線を逸らす機会を失う。触れられているのは右頬、彼は私の右側に座っているからあの時とは逆の左腕を伸ばしたからだ。
「やはり死の香りがする。たしかに生きているというのに……」
「死の香り?それはどういうものでしょうか」
それって冥界から地上に戻れないというようなことじゃないですよね。
聖域もかなり一般的ではない場所ではありますが、冥界よりとっても過ごしやすい環境なので私は帰りたいです。
「さて、神代の頃よりそなたのような者など初めてのこと輪廻転生が上手くいかなかったのか別の要因か」
別の要因というのは実は私はこの子にいつの間にかなっていたことに関係するのかもしれんない。
私自身が信じていると知らずに憑いてるとか、この子が実は亡くなるはずだったけど身体に私が入ってしまったとか。
「タナトスは死に近すぎてそなたの香りを認識しなかったようだがな。気付いておれば……」
その沈黙が怖いです。死の神様に死の香りを持っていると認識されたらどうなるんですかって訊かなくても想像できそうだ。
気付かれなくてよかったと思うべきなんだと思うけど冥界に来ないほうがいい理由が増えた。
「ハーデス様がお目覚めになられたようだ」
ごく自然に頬から手を離され立ち上がった彼との距離ができる。
「呼ばれるまでここにいろ」
「はい」
以前の時にも私がハーデスと謁見した時には彼らが左右に控えていたのだから私が一緒ではまずいのだろうとヒュプノスの言葉に頷く。
タナトスの時と同じように瞬く間に消えてしまった相手に無意識に息を吐いたのは緊張していたのだろう。
動揺していた心を落ち着かせるために深呼吸をして、呼ばれるのを私は待った。





タナトス視点

ハーデス様と共に謁見の間で聖域の使者として出会った人間は奇妙だった。俺にとって人間というのは煩わしい存在であり、聖戦に負けたとしてもそれは変わることはないはずだった。事実、奇妙な人間クレーターのというアテナの聖闘士以外の人間は煩わしい存在でしかなかった。
あれの何が違うというのか他の者と変わらぬ矮小な人の身であり、私が力を揮えば聖闘士といえどたやすく刈り取れるだろう命。だが、俺の中にある奇妙なざわめきはあれはただ人ではないのだと訴える。
それゆえに死によって冥界の住人にすれば他の人間との違いを知ることが出来ようと俺の力が増す冥界へと来るように仕向けることにしたのだ。
使者となるように告げた時、あれはハーデス様を裏切った男を庇った。アテナの支配する地であるために殺す気はなかったが、多少は痛めつけるつもりであった俺が何かをする前に立ち位置を入れ替えさせたのだ。
それを俺と目を合わせていたあの男オルフェも気付いていたのだろう。ひどく慌てた顔であれの名を呼ぶ様が滑稽であった。
あれが俺に跪いたのは自らの命の懇願ではなく、俺の僅かにもらしただけの小宇宙に耐えられぬ脆弱な人間達のためであったことに苛立ちを感じたが、あの場で冥界の使者となることを断わるはずはないだろうと告げた。
後に手に入るのだから少々のことには目を瞑ってやろうと俺が寛大な心で振舞ってやったというのに……
「タナトス」
エリシオンへと戻った俺のところにきたヒュプノスへと視線を向ければ。
「ハーデス様が目覚められた」
「ヒュプノス」
用件はそれだけであったのだろうそう言い去ろうとした相手を呼び止める。
「何故止めたのだ」
「あの者はアテナの聖闘士、理由などそれ以上もそれ以下もなかろう」
気のない様子でエリシオンから飛んだヒュプノスに苛立ちを感じた。
「……あれの生を望むか。ヒュプノス」
死を司る俺の兄弟でありながら、ヒュプノスは生を貴ぶところがある。眠りは生死に関わらず必要なものであるがゆえの俺にはない感性であるのだろう。
ヒュプノスが俺の邪魔をするのであれば少々厄介ではあるが、生きている者はいつか死ぬ。面倒ではあるが人の一生など短きものその時にはヒュプノスにも邪魔はさせぬ。







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