観光ですか?04
京都観光の定番である清水寺にアイザックを連れてきたのはいいものの、私自身も清水寺に詳しいというわけじゃないけれど調べてきたので豆知識として色々と話はした。
仁王門の前の狛犬は珍しいことにどちらも阿形という口を開いたもので、普通は吽形という口を閉じたものとで一対になるとか。
三重塔の東南の鬼瓦は龍となっていて、火災を恐れた昔の人々が水の神である龍神を置いただとかちょっと調べればわかることばかりだったけれど。
日本に来たことのないアイザックにとっては知らないことだったようで私の話に耳を傾けてくれ、そしてアイザックは一つ一つの建築物に足を止め目を向けるので興味がないというわけでもないみたいだ。
それにしても後ろのほうが女の子の声で騒がしい気がするんだけど誰か有名人でも来てるんだろうか? ちょっと気になるものの今はアイザックが優先だと意識を戻す。
「この清水の舞台はね。昔から清水の舞台から飛び降りたつもりでっとか思い切った決断をする時に例えるんだよ」
「確かに普通なら怪我をしそうな高さだな」
「普通は怪我ですまないと思う」
四階建てのビルの高さぐらいだという舞台の上からなのだから。
「そうか?」
「普通の人は鍛えてないから」
聖闘士と違って普通の人は今日歩いてきた距離だけでも疲れる人はいるものだ。
幼い時期に聖闘士となるべく鍛え続けたアイザックと多少の鍛練をしているだけの私だけでもその差は比べることすらできないのに、私よりもか弱いだろう一般の方々に清水の舞台から落ちて耐えられるとは思えない。
「確かにな」
私の言葉に納得したアイザックに次に回ろうと声をかけようとして騒がしいことに気がついた。
何が起きたのかと視線を向ければアイザックもまた気になるのか彼もそちらを見ていた。
「何かな?」
「わからないが気になるなら見に行くか?」
「そうだね」
アイザックからの誘いに頷いて騒ぎのほうへと向かえばかなりの人の姿があった。何があったのかと周囲の人の話に耳を傾ければ、誰かが大錫杖をそれも片手で持ち上げたという話だった。
たしか90キログラム以上の重さがあるとかだったような?普通なら片手で持ち上げるとか凄いことだと騒ぎに納得していると隣に立っているアイザックを見上げてその表情の険しさに驚く。
「……アイザック?」
「カノンが居る」
「はっ?カノンってジェミニのカノン様?」
確かめるために小声で問えば彼は頷き。
「他にも海将軍のバイアンとカーサがいる」
心配だからか、からかうためかは知らないけれど日本にまでついて来るとかどういう考えをしているんだろう。
アイザックの視線を追ってそちらを見れば確かに金髪の青年が確認できて、これが後方で感じた女の子の騒がしさだったのではないだろうかと思い当たった。
黄金聖闘士の方々はタイプは違えど美形だし、大錫杖を持ち上げている人は明らかに日本人ではないのでアイザックの言う海将軍の一人だと思うが彼もまた顔立ちは悪くない。騒がれる要員になりえてしまうだろう。
「……えっ、あれ?嘘でしょう」
カノンに対しての評価を下げていた私が視線を少し動かした時に別の目立つ色彩が目に入ったけれどそれはよく見る色彩であるように見える。
「?」
「ねぇ、アイザック。カノンから右のほうを見てもらえる?」
アイザックの服を引っ張り私が見てしまったものの確認を頼む。
「何かあるのか?あれは……」
気のせいだと思いたかったがアイザックの声が止まったことから気のせいでなかった可能性が高くなった。
「もしかしてカミュかな」
「もしかしなくともカミュだな。隣はミロではないか?」
「……たぶん」
私が目にしたのはカノン達とは離れてはいたが彼らのことを見ていた赤髪と金髪の二人組だった。
それが私の主とその親友だろうと一目見て理解したものの、カノン達のように私達を彼らがつけてきたとは思いたくなくてアイザックに確認してもらったのだ。
「心配して来てくれたんだろうね」
「だろうな」
私とアイザックの声に呆れが含まれるのは気のせいじゃないだろう。少なくとも私はカミュの行動に呆れてしまっている。
「行くか?」
どういう意味で言ったのかとアイザックの意図を知るために見たけれどよくわからなかった。
怒っているようには見えないが、私と同じようにカミュを見て喜んでいるとも思えない。
これは彼らを置いて行くということか、それともカミュ達のところに行くということかどっちだろう?
「……カミュに気づかれたな」
私が答えに迷っているうちにカミュに気づかれたらしい。
「正確には気づかれたことに気づかれただけどね」
カミュのほうを見ればバッチリと目が合うし、ミロは額に手を当てている。あの様子からして弟子のことになると時々暴走してしまうカミュの手綱を引くためにミロは来たのだろう。役に立っていないけど。
海将軍達の方はどうなったかと見ればカノン達のほうの姿はないので何処かに行ったか、隠れてしまっているのだろう。私としてはよく知らない彼らに絡まれるよりはよいので近くにいるかどうか探るのはやめた。
そもそも聖闘士でない私では彼らの気配を感じ取るのは難しいし、今の今までアイザックも気づいていなかったことからして気配は隠していたんだろう。
「アイザック、」
カノン達に気をとられているうちにカミュとミロが私達の近くへと来た。
その曇りなど感じられない笑顔からしてカミュに悪気がないことや目線を逸らすミロは居心地が悪いと感じていると推測できた。
「カミュ、ミロ。こんなところで奇遇ですね。観光ですか?」
「あぁ、たまたま近くに来たので観光をしていたのでな」
二人にそれぞれ視線を向けて名を呼べばミロが引き攣った笑みで答えた。
「ここで会うとは偶然とは思えないが」
アイザックの真顔からこの言葉は嫌味なのかどうか弟弟子だった私にも判別はつかなかった。
「それはだな」
「師弟の絆というのは時に思いがけないことが起きるものだ。こういった偶然もあるだろう」
何かを答えようとしたカミュを遮ったのはミロだった。カミュ達の師弟愛というのは凄いので違うとも言い切れないが、この様子からして偶然ではないのは明らかだ。
そもそも偶然であったのならばカミュは私達を見つけた時点で声をかけていただろうしミロが焦る必要もない。
「アイザック、カミュ達と……」
繋いでいる手を引いてアイザックの意識を私のほうに向けてから出来るだけ小さな声で言えば彼は頷き。
「カミュ達がよければ俺達と一緒に」
「ああ、一緒に回らせてもらおう」
「おいっ!」
アイザックが言い切る前にカミュは同意を示したのをミロはその左肩に右手を置いて引いた。
「嫌なのか?」
「そういうわけではないが」
弟子であった私達と行動することを疑問に思わないカミュと私達の様子を横目で伺ったミロは私達に気を使っているらしい。
けれど、尾行されていると知ったのにそれを気にしないでいられるほど図太くはない私はいっそうのこと一緒に行動したほうが気が楽なのだ。
「皆で一緒に回ったほうが楽しめると思います。ご迷惑でなければ是非」
断わろうとしているミロへと笑顔で声をかければその視線が左右にさまよった後に。
「よろしく頼む」
肩を落として了承の言葉を言ったミロが聖域での彼と違うその姿が面白く思えて笑ってしまいそうになったのを堪え。
「黄金聖闘士と観光とは光栄です」
そう声をかけてからアイザックへの観光を再開するために手を引く。
「行こう。アイザック」
「ああ」
手が繋がったままだけれどカミュ達が一緒だからと手を離すのは変に意識しているように思えてそのまま繋いだまま。
アイザックの視線が一度繋がれた手に向けられたような気もするけれど気のせいだ。変に意識してどうする。
カミュとミロの二人は私達の後からついて来ていて、私の説明をアイザックと同じように聞いてくれている。
いつも私に教えてばかりのカミュが私の話を聞いているとかちょっと楽しいと思いつつ、今日のことをデートだと言ったアイザックはどう思っているのかと様子を横目でうかがえばいつもよりも穏やかな表情を浮かべて私を見ていた。
「氷河が今日のことを聞いたら悔しがりそうだ」
「確かに。お土産を奮発しとこう」
説明が終わり間の空いた時にアイザックが言ったその言葉に頷いて、お土産を渡すつもりだったが彼に渡す物は予定よりもグレードアップしておこうと決める。
物品で気が紛れるような性格をしていないのは知っているが私なりの心づかいというものだと受け取ってくれる。きっと。
「俺達が選んだと言えば喜ぶだろう」
「悔しがりながらね」
「ああ」
二人で笑っていると少し離れた位置にいたカミュの声が聞こえたような気がして視線を向ければミロが両手でその口を塞いでいた。
「何をやっているんだ?」
「たぶん、気を使ってくれたんだと思うよ」
不思議そうなアイザックに答えながら、私は込み上げてくる笑いを隠すことなく笑う。
候補生を辞め聖域で従者となってからこんな風にただ穏やかに過ぎる時を懐かしく思っていた。
私達の未来に保障などない。彼らは闘う者だから前のようにいつかその命を闘いの中で散らすかもしれない。
苦しく悲しい時がこれからもあるだろう。それでも今が幸せであることが嬉しい。
黄泉の世界から還ってきてくれた大切な人々、彼らのこの先が少しでも明るいものであればいい。
「」
「何?」
名を呼ばれて笑いを止めればその瞳と目が合う。
「また一緒に出かけよう。今度は…――」
続いたその言葉に私は頷いた。
繋がっている手を握れば、握り返してくれる私よりも大きな手がきっと、これからもこの手は繋がっていてくれること私は願う。
バイアン視点
海将軍の中で一番若いくせに気難しい表情ばかりを浮かべていたクラーケン。奴の事情を知ればそれも納得ではあったが海将軍の中でシードラゴンの正体に気付いてたらしいのはそれもあったからなのだろう。
生き返ってシードラゴンのその事情を知った俺としては色々と思うこともあったが、ポセイドン様が不問としたのならいいと思うことにした。
結局のところ、俺は言われるがままに行動し深く物事を考えず、シーホースの海将軍となることを選んだのは俺だったのだから裏事情がわかったからと文句を言えるような立場ではない。俺としてはちゃっかりと生きていたらしいソレントのほうをどうかと思ったものもあるしな。
「おいバイアン」
クラーケンのデートを気配を消しながらついて歩いていた俺の肩をリュムナデスが叩き。
「何だ?」
「力比べか何かをやってるみたいだぞ」
リュムナデスに言われて視線を向ければ鉄で出来た杖らしき物を制服を来た男子学生達が持ち上げているらしい。
持ち上げられない者から両手ではあるが持ち上げている者と日本語で何かを言いながら楽しげにしている。
「俺もしてくる」
リュムナデスはそう言って彼らの間に入り片手で持ち上げ、それを見ていた周囲の人々が声を上げた。
「こんなもの軽い」
それをうけ得意げなその様子が何だか気に食わない。
「俺にも持たせろ」
「いいぜ」
奴の隣に立って一度降ろさせた鉄の杖を俺も片手で持ってみる。確かに海将軍である俺達にとって重いなどと思えない重さだ。
「お前達、何をしているっ!」
尾行そっちのけで遊び始めた俺達に気づいたシードラゴンが注意をしてきた。
尾行反対派なくせに俺達よりも真面目に二人の様子をうかがっていたらしい。
「シードラゴンも持つか?」
「持たん」
ノリが悪いと思いながら視線を動かした俺が見たのは先に行ったはずの尾行しているクラーケンとそのデート相手。
「おい。シードラゴン」
「……しまった」
俺の言葉に怪訝そうに視線を俺が見ているほうに向けたシードラゴンが舌打ちをする。
「何だ気づかれたのか。ちょっと声をかけ」
「かけるなっ!帰るぞ」
リュムナデスを小声で怒鳴るなどという器用な真似をしてみせたシードラゴンは彼の首元を引っ張って無理矢理に連れ出していく。
俺としても年下からの説教などというものは受けたくないのでシードラゴンの言葉に賛成だと彼らの後を追いかけることにした。
今回のことはラーケンがいつもより穏やかな表情を浮かべていたので、その理由である人間が知りたくてカーサの話に乗っただけで。
一度見て彼らの様子を知ることが出来た今は他人のデートを付け回すのも飽きてきたし、シードラゴンはうるさくて面倒なのでそろそろ帰りたいというのが本音だ。
帰れるなら帰るのが当然だと思いつつ、同じく尾行していた黄金聖闘士達へと視線を走らせれば彼らのほうはクラーケン達と接触するようだ。
たしか彼らのうち片方はクラーケンの師であったというが保護者同伴デートってなしだろうと思うのは俺だけだろうか?
尾行していた俺が言う言葉でもないかと考えることを止めた俺はシードラゴン達と共に海底神殿へとそのまま帰ったのだった。
カミュ視点
私の耳に入ってきた笑い声に視線を向ければアイザックとが笑っていた。
「どう……」
「待て」
何を笑っているかと問いかけようとした私の口をミロが塞いだ。先ほどからこうやってミロには邪魔をされてばかりいる。
アイザック達と合流してからというものいつもよりミロとの距離が近いのは気のせいではないだろう。私の口を塞いでいたミロの手を払い。
「ミロ、あまり離れてはアイザック達と話が出来ん」
「そのために離れてるんだ」
眉尻を上げたミロは小声でそう言って息を吐いたのはため息をついたらしい。
「あのな。いくら師とは言えど弟子達の後をついて歩くのはやはりどうかと思うぞ」
アイザック達へと視線を一度向けた後に私に向かって言うミロの顔は真剣だ。
幼い頃から修行漬けであった二人がこのように人の多いところにいるのは心配となってしまうものだと思う。
「アイザック達から共にと誘われたではないか」
「気を使われただけだろう」
「嫌だと思ったのなら誘ったりなどしないぞ」
聖域からの指令であれば好悪などなく受けることが当然であると教えはしたが、日常生活においては師である私に対しても己の意見を言うようにと言ってある。
私達と共に行動することが嫌であればアイザックは誘わないであろうし、も止めたはずだと変な心配をしているらしいミロへとそう言えば。
「俺が居た堪れないのだ。デートに同伴なんぞ」
「デート?」
聞き間違いではないかと思いミロを見る。
「年頃の男女が出かけるんだ。デートだろう」
「まさか」
「何かおかしいか?」
ミロにはのことは身体の異変により候補生を続けられなくなったとは言ってはあるが詳しい説明はしていない。
広めるような話ではないと思っていたからだが、それゆえに私とミロでは考え方に違いが出てきているのだろう。
「アイザックがをデートに誘うはずはない」
はほんの数年前までは少女ではなく少年であり、それをアイザックは知っているがためデートに誘うことなどないはずなのだ。
「何故、そう言い切れる?」
「それは説明できない」
鋭い目に詳しい説明は出来ない。今では女としての身体に慣れている様子のではあるが性別が変わってしまったと誰かに言った様子はなく、の秘密を私が話すことなど出来ようはずもない。
知っているのは師であった私と兄弟弟子であったアイザックと氷河、を私の元に連れてきたアルデバラン。他には女神アテナと教皇であるシオンだけだ。
現在教皇の補佐をしているサガにですら事情など説明してはいないし、諸事情でと説明したミロ以外の者は才能がないか星座に選ばれなかったのだと思っていることだろう。
「カミュ、男女の仲というのは時に奇妙なこともある」
「男女の仲など」
男女の仲と言えるようなものでは本来はないのだと言ってしまえば楽だろう。
「カミュ、お前が知らないだけで二人の仲に何か進展があったのかも知れんだろう」
私は二人の師ではあったが二人の行動をすべて把握しているわけではない。
二人がこうして私のいないところで二人で出かけようとする何かがあったのは確かではある。
それが男女の仲というものであるというのなら、私は応援するべきなのだろうか?
色々と心中複雑な私の目線の先には仲良く手を繋いだアイザックとの姿があった。