観光ですか?01
何でこうなったんだろう? 今日の約束をした相手が来るのを待ちながらもれそうになったため息を飲み込む。
京都駅の西口改札の正面を進むとある時計台を待ち合わせ場所として指定したのは私で、約束の時刻の30分前に待っているのは日本が不慣れなはずの相手にいきなり指定してしまったからだ。
そもそも普段は海底にあるという神殿で過ごしているアイザックに日本で待ち合わせとか無茶振りだったと思う。
でも、彼に合わせると聖闘士でもない非戦闘員の私が海闘士の本拠地にご招待されそうだったのだ。
案内したいって言われた時の彼の珍しくも照れた感じにうっかりと頷きそうになったのを堪えて、日本を私が案内すると言って難を逃れたけれど、そもそもどうしてアイザックは私に神殿を案内すると言ったのだろう?
それに神殿を案内するのではなく、私が案内してもよかったのか?とか色々と疑問はある。
「っ!」
「アイザック」
疑問に頭を悩ませているとアイザックが近づいてきていた。
一般人に紛れ込むためにアイパッチをつけて左瞳は隠しているが、頬の傷はそのままなので通行人に時折視線を向けられている。
「すまない。待たせたか?」
時刻を確認すれば15分前でそれより先に来ていたのは私なので待ったうちには入らない。
「待ってないよ」
今までは氷河を交えて三人もしくはカミュも一緒で四人で出かけることはあっても、アイザックと二人きりでこのように出かけることはなかったので何だか二人で待ち合わせとか新鮮な気がする。
そして、聖域では修行することもあったためかシンプルな格好でいることが多いのに珍しくもファー付の黒のライダースジャケット、赤を基調としたチェク柄のシャツにジーンズにブーツとかファッション誌から抜け出したような格好だ。
「今日のアイザックはおしゃれだね。あっ、別に普段は違うって言ってるわけじゃない」
「わかっている。お前がそんな嫌味を言うような奴ではないとな。この格好はカノンが……」
自分の着ているシャツを引っ張るアイザックの右腕には皮のブレスレット、中には白いTシャツを着用って、アイザックの格好が珍しいからとファッションチェックしすぎ。
慌てて視線を逸らすと視界の隅で何かが動いたような気がして、そちらへと視線を向けたが特に何もないし気のせいだったのかな。
「カノン様が?ああ、聖域の外で女性と会ってるらしいしファッションも詳しいのかもね」
カミュのことは弟子の頃と同じように呼ばせてもらってはいるけれど他の聖闘士のことは様付けしている。
よくお喋りをする女官の子達が様付けだから、つられているというのもあるけど。
「……何でそんなことを知っている?」
「女官方の情報。黄金の方々はカミュを含めて女官には手を出さないんだって」
職場恋愛は面倒になることが多いし、賢い選択だと思う。
「そう、なのか。それなら安心……いや、従者をしている者の場合はどうなんだ?」
「従者も女官と立場は変わらないけど従者は男性が多いからね。白銀とか青銅だと誘う人も居るけど」
誘われてそれに乗った子が結局上手くいかなくて聖域を去るということもあった。
聖闘士と女官、立場が弱いのは女官なのだ。リスクを考えれば聖闘士と付き合えないと私の知る女官の子達は言っていた。
そのリスクすら素っ飛ばすのが恋というものなのだから、彼女達も私も恋をしたことがないのだろう。
今の私に恋愛をする気など皆無だから、理性を失わせるような人がいなくていいけどね。
「は誘われなかったのか?」
「カミュ以外の聖闘士とはあまり関わらないからそういう経験はあまりない」
誘われても選択肢もなく断わるだけだし。
「あまりとはあるのか?」
「言葉でからかい混じりに軽く言われるのはあるかな」
最近女らしくなってきただとか、デートに連れて行ってやろうかだとか冗談を言われることがある。
それは聖闘士ではなく雑兵の人ばかりだけど同じ日本人ということもあってか聖戦後から聖域に滞在している那智君が声をよくかけてくれる。
様と呼ばなくていいとかフレンドリーだし、彼のお陰で青銅聖闘士の数人とお友達になったのだ。
邪武君の沙織さんへの熱い想いとか聞いててすごいと感心したものだ。
「誰に言われたんだ」
特に誰というわけではなく、実際に出かけたことはないため覚えていない。
「興味がなかったから覚えてない」
「本当に覚えていないのか?」
「うん」
思い出そうとすれば思いだすかもしれないけど、言ったところで特に意味はないよね。
「ならいい」
「アイザックは心配しすぎだ。可愛らしく着飾ってない私なんて男の人の興味などもたれない」
カミュ達以外の相手には女言葉を話すけど格好とかは候補生の頃と変わっていない。
髪が伸びる前は女だと思われたこともなかったし、今でも聖闘士は女性は仮面を付けているという掟から男と思っている相手もいるぐらいだ。
話すと声で女なのかと聞かれることもあるのでその場合は素直にカミュの従者だと答えている。
「そっ!……そんなことはない。は着飾っていなくとも充分に魅力的だ」
「私の兄弟子は優しいな。だが、そのような言葉は私ではなく好きな相手に言う言葉だぞ」
「……」
年下といえどかっこいい男の子に魅力的と言われるのは嬉しいので素直に喜んでおこう。
聞いた限りでは聖域以上に女の子と出会いがないだろう海闘士のアイザックがこういうことを言えるとは上司だったという双子座のカノンのせいだろうか。
ファッションといい、女の子への言葉といい、アイザックをプレイボーイにでもする気だったりしたら嫌だなぁ。
「話は歩きながらしよう」
「あっ、ああ」
アイザックの腕を掴んで歩き出せば大人しくついてきてくれているが何だか元気がないような気がする。
今までの会話の中で気になるようなことを言ってしまったのかな?
カノン視点
弟分のように思ってはいても他人のデートをついて歩くなどという悪趣味はない。ないというのに同僚達は久しぶりの休暇である俺を引っ張り出した。
カーサはともかくバイアンまでアイザックのデートを尾行するとか何を考えているんだ。俺はお前らほど暇じゃないぞ。
アイザックの初デートに興味がないわけではなく、成功するように俺なりに助言はした。その結果は知りたかったがそれは帰ってきたアイザックにでもそれとなく聞く予定だった。
海闘士二人をそれとなく邪魔をするために仕方無しについて来た俺だがそれを後悔した。カミュの元弟子だとは知ってはいたが隠れていた俺達の気配に感づきそうだったのだ。
慌ててバイアン達の首根っこを掴んで隠れたのでバレはしなかったとは思うが、バレたりしたらどれだけ恥ずかしい思いをすることかっ!
それに俺の女事情を聖域の女官達が把握しているとか知りたくはなかったぞ。カーサはカーサで僻むな。
人のデートをのぞいているという今日の自分の馬鹿さ加減にイライラしながら眺めていたら、アイザックにしては頑張った言葉をサラッと相手が流したことに頭が痛くなった。
「あれは小悪魔か?」
あれがワザとであればアイザックが哀れでならんぞ。
「先ほどのに悪戯心など一欠けらもないぞ」
「それは余計に性質がわる……カミュ、何故ここにいる」
背後から知っている気配と声に返事をしてから慌てて振り返ればカミュとミロが立っていた。
俺達と同じように一般に紛れるように格好だけは普通だ。
カーサが「イケメンが憎い」とか何とか言っている。うるさいぞ。
「京都観光だ」
「嘘付け」
堂々と言い切ったカミュに思わず突っ込んだ。
明らかに自分の従者を尾行してきただろ。お前。
「……」
「俺達は弟子達の成長を見守りに来たんだよ」
「貴方の弟子ではないだろう。スコーピオン」
バイアン、お前も同僚のデートについてきている残念野郎だぞ。俺もなんだがな。
「暇でカミュのとこに行ったら出かけるところだからついて来たんだよ」
なるほど親友が弟子達のデートを見守る気だと知らなかったんだな。
それに気付いたところで放置も出来なかったと、こいつは相変わらずに面倒見がいい。
「アイザック達がバスに乗り込むぞ」
「何っ!カーサ、追いかけるぞ」
「アイザックとのことを私が見守らねば」
カーサ、バイアンお前らは黄金聖闘士が出てきたのにアイザックのデートについて行くほうを優先するんだな。
カミュ、それは見守るを通り越していることに気付け。
「俺、帰っていいか?」
誰に言うでもなくバスを追い始めた三人の背中を見つめたまま呟けば。
「カノンよ。何を言っている……ここまできたら最後まで付き合え」
期待していない答えと共に両肩を強く掴まれる。
「いざという時にはカミュは友として俺が止めるが、海闘士はお前の部下だろう」
今日の俺はついてないらしい。もうどうにでもなれっと俺はミロの言葉に頷き、三人の後を追う。
最悪、アイザック達に気付かれぬ前に気絶でもさせて撤退しなければならん。