十月三十一日
「ケーキ、トリック・オア・トリート」
無表情に近い真面目な顔した半身が執務室に顔を出した瞬間に朝の挨拶もすっ飛ばして言い放ってみた。
「はっ?」
珍しくも眼を見開いて呆然とした姿が見れたのは儲けものものかもしれないが、それは私の行動に対する副次的なことであるので遠慮なく私は両手をおわんのようにして差し出す。
「どういう意味でしょうか?」
「蓬莱では十月の三十一日に妖魔のようなものに仮装した子どもがトリック・オア・トリートと言いながら家々を練り歩き、お菓子を貰うか貰えなければ悪戯するそうだ」
間違ってはいないが合ってもいない説明をしてみせる。蓬莱については私は興味があって色々と調べていると彼は思っているので何故知っているのかという問いは無い。
「貴方は子どもではありませんが?」
「ケーキより年下だからいいの」
年単位しか違いは無くとも、中身は私のほうが上かもしれなくとも肉体的実年齢は私のほうが下だ。
そもそも生まれた時から色々と枯れてそうなケーキよりも私のほうが精神的にも若いはず、うん、何も問題はない。
「お菓子をくれなければ悪戯するぞっ!」
彼がお菓子を持ち歩いているということはないので私の勝ちである。
「では、私自身をお受け取りになられますか?」
ケーキが自らの胸元に手を当てて言う。
「へっ?」
冗談でも言われたのかとケーキの顔を見てみるが、その顔はいつもと変わらない。
「もう一度、言ってもらってもいい?」
「私の名は蓬莱の甘味から来ているのでしょう? ならば私自身を差し上げても問題はありません」
「大有りだっ!この馬鹿っ!阿呆っ!」
大真面目に言っているからこそ性質が悪かった。
これが延の主従のどちらかであれば冗談として流せばいいがケーキにはその対処の仕方では不味すぎる。
「あーもうっ! トリック・オア・トリートと言いなさい」
「はい?」
このままに今回のことを済ませてしまうと私が忘れた頃にコイツは、私は主上の物ですからとか言い出しかねない。
からかいの種が十年、百年単位でカウンターのごとくジワジワと私に帰ってくるのが、ケーキの恐ろしいところだ。
「言えばいいの」
「とりっく、おあ、とりーと」
かなりまずい発音ながらもトリック・オア・トリートと言ってくれたのでよしとする。
「ケーキを返してあげる。私のお菓子なんだからそれでいいでしょう」
これで唐突に爆弾発言は防げるはずだ。
「私のことは必要ないと?」
「違う。いくら王と麒麟が近くとも互いが互い同士のものとなってはいけないと思うからよ」
「主上」
迷い子のように視線をさまよわせるケーキの姿に生きた年数が一世紀以上になった男だとは思えない。
「ケーキ、元よりお前の命は私の物でしょう」
ケーキの胸元を手のひらで二度、軽く叩き。
「心だけはお前自身が持っていなさい」
そう言いながらもかなりくさいことを言っているような気がして穴があったら入りたくなったきた。
執務をサボって街に下りたらダメだろうか? 今日一日、遊んだら気分転換になると思うんだけど。
「……様、心は私自身のものだとしても。その心が貴方と共にありたいと訴えるのです」
「それなら一緒に居ればいいじゃない」
天が麒麟に与えた本能だとしても、ケーキがそれに従うというのならそうすればいいと思う。
「はい」
目を細めて嬉しそうに微笑むケーキをそのままにして、執務をすることにした。
別にケーキを喜ばせるためではなく、この調子からすると今日は抜け出すことが難しそうだからだ。