景麒本人の趣味は考慮しません 〜字編〜


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王が住む場所というのは無駄なほど荘厳だ。それは人が形を求めるという証のようで馬鹿らしいが重要なものではあると思う。
確かに私も自分に王として敬うべき人がいるとして、その人が新聞紙巻いてダンボールハウス住まいだったら敬えるかと言われれば出来ない。
個人的に知り合えば人として敬える可能性はあるが表面上しか知らなければ無理というものだ。
つまり私が何を言いたいかというと王様が踏ん反り返るのは立場上、多少は仕方がないことなのだ。
見目が良かったり、威風堂々といった要素があればなおよしといったところか。
私の見目については美人と有名な妹を持つだけあって悪くはないが華やかさにかける。
そのかけた華やかさも着飾れば問題解決となるが私としては着飾るのは面倒でいけない。
あまりもの面倒臭さに抜け出すのも仕方がないと理解してくれる人は世の中に一人はいると思う。
「主上、勝手に抜け出したりなさらないで下さい」
その一人には含まれないのは私の半身であるはずの獣だ。
人の姿をした生真面目なこの金髪男は転変すれば見事な麒麟となる。
私としてはそちらの姿のほうが好きだが基本的に麒麟は人の姿でいるという話で大変に残念だ。
お前は私のおかんなのかと思うほどに口うるさいので可愛さぐらいはほしいのに。
「頭が固いよ景麒」
街を見るために少しばかり抜け出しただけだ。
半日程度しか外出しなかったし、緊急性のある重要な案件は片付けたはずなんだけどなっと見ていると目が合い睨みつけられる。
彼としてはただ見ているだけで睨んでいるわけではないと知ってはいるが心情的には睨まれてるみたいで頂けいないとため息をついてしまった。
「……間違ったことは言っておりません」
我が半身殿は景の雄の麒麟ということで景麒と呼んでいるが私の脳内では実はケーキである。
私が今では食べられない食べ物、目の前にだされたら飛び上がって喜ぶ自信はたっぷりあった。
それほど好きな物の名で彼を呼ぶのはそうすれば多少は可愛く思えるかという苦肉の策だ。
「ケーキ、うるさい」
「……」
その苦肉の策が私の口からポロリッと零れ落ちた……不味い。
ヤツの眉間の皺が深まったこれは機嫌がかなり悪くなっていることの現れだ。
「私はケーキではありません」
意味ある言葉であれば脳内変換されるので、違う発音に聞こえるということはわざとであることが多い。
その為に自分の呼び方をわざと若干違うように言っていると彼は理解したのだ。
確かに名前を少しばかり間違って言われるのとかはムカツクかもしれないが今回は違う。
違うがケーキのことを正直に言っても叱られる気がするので説明はしない。
「別にいいと思うけど?私がお前のことを呼んでいるのだと理解出来ているんだし」
出掛け先で息抜きしてきたというのにこんな問答をするのが面倒だし、そう言い切ればケーキが身体を硬くした。
何だ嫌味だとでも思ってるのかこの獣は……フォローしないと落ち込みそうなので彼の瞳を見つめ。
「お前も主上とかじゃなくて私の字を呼べば?他の呼び方でもいいし」
最初、王になる気がなくて断った時には舒覚と名を呼んだが王となってからは主上である。
それが悪いとは言わないが私を見ていないようで私は嫌だ。
ケーキが私を唯一の主だと考えているのは知ってはいるが私とケーキの性質は合わない。
彼と主従を結ぶはずだった少女のことを知っているからこそ思うことだろうか。
様」
「……何?」
字で呼ぶか他の呼び方をすればいいと言っておきながら彼が私の言葉どおりにそうするとは考えてもいなかった。
それゆうに咄嗟に反応出来ずに間をおいてしまったがその間に彼の頬に朱が差す。照れたみたいだ。
「いえ、何も」
「ふぅん、なら部屋に戻る」
何もないということは説教も終わったということだと部屋に戻ろうと歩き出す私の後ろを追ってくる足音。
「主上っ!」
戻ってしまった呼び方に少しつまらないと思いつつ振り返り。
「説教しないのならついて来てもいいよ。ケーキ」
「ですから、ケーキではないと申しました」
説教が始まりそうなので部屋へと戻る足を速める。
それでも彼との距離が縮まらないのはコンパスの差か。男女の違いは大きいな。
彼が本気を出せばきっと追いつかれ追い抜かされる。
だというのに、自分より小さなコンパスに合わせて後ろをついてくる金色の獣。
「私がお前をそう呼びたいの」
いつも可愛くない獣だがこれはこれで、なかなか可愛いような気がする。
「字はケーキね」
その感じた可愛さに満足して普段からケーキと呼ぶことに決めた。
「そのような字を聞いたことはありません」
私としてはかなり良い字だと思うのだが不満そうな様子からして彼は違うようだ。
世間一般的な字を幾つか言い、それの意味についても述べる男。
……もしかして字が欲しかったとか?まさか。まさかね。浮かんだ考えを首を振って私は否定した。




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