着飾り道中記
とある官吏の話
新しき王が見出されたことに喜んだが次代の王が女王ときいて不安を覚えた。懐達という言葉がある。はるか昔に慶を三百年もの間治めた達王を懐かしむ言葉。
それがいつの頃から使われているかは判らないが二代続けて短命な女王であったがゆえに慶において女王は望まれていないのだということを表す言葉だ。
今はまだいい。今日は王の即位式であり民にその姿を見せる日だ。多くの官や民達は新しき王の即位に喜び湧いているが女王の政に不満を覚えればすぐさまその言葉は巷に溢れかえることだろう。
女王であるということだけで今代の女王は人々の厳しい目にさらされ、その政を批評されることになるのだ。十全ですら足りないと思われることすらありえるが王がその重圧に耐えて下さることを願うしかない。
即位式には国の重鎮達が出席しており、この後の朝議において新たな王との顔合わせとなるがゆえに衣装に気を使っているのか新しいとわかる衣装を着たものばかりだ。
今の慶の状況からそのようなことに気を使っている暇も金もないと言いたいが、式典用であるしそれほど着てはいないが新調していない自分は逆に王のご不興を買うことになるかもれしれない。
聞いた話ではあるが王は商家の出であり国の政を理解されてはいないのだという。ならば見た目を重視される可能性も否定は出来ない。知らないことであれば見た目で判断するのはごく当たり前のことだ。
とはいえ、次にいつ着るかもわからない服を新調するために予算を出すのは勿体無いと判断した自分は間違ってはいない。
そう考えては居たが新しき王の即位式の衣装が二代前の女王の普段使用していた物であったことには驚いた。
確かに先々代である薄王は豪奢な衣装を何点も持ってはおられたが新調なされなかったのかと不躾ではあるがつい見てしまっていた。
深緑を基調としたその衣装は金糸、銀糸で施された精彩な刺繍されて確かに見事なものではあったがかつて自分が嫌悪の視線を持って見た物で間違いはない。
けれど、その衣装は新しき女王自身に誂えたかのようによく似合っているのは青々とした夏の草の色を思わせる緑の髪が為か。
民達の歓声がこれほど大きく聴こえるということは新しき女王が見目麗しい若き娘であることは大きいだろう。
「さて、主上の真意はどのようなものか」
衣装を新調されなかったのはあの衣装が気に入ったからなのかそれとも国の状況を思ってのことか。王となって浮かれているのかこの先を憂いておられるのかはこの後に予定されている朝議の場においてわかることだろう。
後の朝議の場で新たな王は意志薄弱であるのかとこの国の先を憂いたのを懐かしく思う。
王の真意を量ろうとして量り切れずに勝手に憂いたわけではあるが……
薄化粧を施し、華やかな衣装に身を包んだ主上は私が渡した書簡を憂い顔で読んでいる。
この表情だけを見れば朝議で抱いた印象そのままであるが文字を追っていたはずの目が不意に向けられ。
「浩瀚、何か問題でも?」
周囲に主上の性質を知らない人がいない所為か普段の柔らかな物言いではない言い方をされる。
「何もありません。主上」
普段の物言いは主上の言うところの処世術という話ではあるが、唯々諾々と人の言うことをきくように思わせておいて、ご自分が好きなように方向修正をされるのは少しばかり人が悪いのではないだろうか。
それは当人もご自覚されているようではあるが、物事が円滑に進むのであればそれもまた致し方なしなどと反省はなされない。
「何も無いなら人の顔を黙ってみてないでよ。ケーキじゃあるまいし」
ケーキとは台輔を呼ぶ時に主上だけが使う名ではある。
主上は字はケーキだと仰られるが、台輔自身はご否定なされるので呼ぶ者は主上以外はいない。
「黙っていると台輔なのですか?」
「そう、あれは不満があると黙って人を見る」
確かに主上の言うとおり台輔はそのようなところがおありではある。その都度、主上が不満があるのかと台輔に問うところまでがよくあることだ。
朝議の場合は台輔の不満に耳を傾ける心優しい主上であるが主上の普段の姿を知る人々の前であると時に暴力的指導が行われることもある。
最初に見た時には何が起きたのかと思考が固まってしまった私はまだまだだと後々に考えさせられたものだ。
「で、不満でないのなら浩瀚は何を考えていたの?」
「即位式のことを思い出していたもので」
黙っているからと腹部を殴られることはないだろうが何となく腹を抑えて答える。
「即位式って私の?」
主上の目が腹の上にある私の手に一瞬注がれたが特にそれについてはきかれることはなかった。
「はい、即位式の時の衣装は薄王の物ではありませんでしたか?」
今更ながらの質問ではあるが思い出したがゆえに問うてみれば主上が僅かに首を傾ける。
「……即位式の衣装って濃い緑色のヤツのことだよね?」
「そうです」
「あれは薄王の物だったとは知らなかった。即位式で着る服を探して選んだだけだし」
探してという時点で主上は衣装の新調を考えてはおられなかったのだろう。
「何故、新調なされなかったのですか?」
「勿体無いから。あんな豪華な衣装なんていつもは着ないし」
その普段着ない物が薄王の普段着の一つであったときいたらどう反応されるだろうか。
信じられないと叫ばれるだろうと想像がついて笑い出しそうになり寸前で押し留め。
「着てみてもよろしいのでは?似合っておいででしたよ」
嫌悪の視線で見た衣装はこの主上が纏った時にはとても似合っていた。あの時の姿を思い出し、数年前のことを鮮明に覚えていることに気付く。
「……」
「何か?」
今度は主上が黙って私を見ておられたのできいてみれば珍しくも不機嫌そうに眉を寄せられ。
「浩瀚、あれは面倒なの。あれだけ華やかな衣装に負けないように化粧とか濃くするし、頭だって気合入れて結い上げなきゃいけない。そうやって作り上げたのが即位式の時の私、解る?」
「はぁ、それは大変でございましたね」
かなりの勢いで吐き出される言葉に同意の言葉を返した。
確かに女性のほうが身嗜みには時間をかけているのだから普段と違うことをするのならばまた余計にかかるものかもしれない。
「そう大変なんですよ。浩瀚は経験ないからそうやって勧めてくれるのだろうけどあれは地獄、普段からしてらんない」
主上の言い分は何となく理解できるもののそうであれば着飾る女性達はその地獄を日々繰り返しているのかと不思議になる。
「申し訳ありません」
「……まぁ、似合ってると言われたのは嬉しかったけどね。ありがとう」
照れたようにそう仰られると書簡へと視線を戻され。
「何かの機会にまた着てみる」
「主上」
何かの機会とは式典の時であるだろうから余裕があるのならば新調なされたほうがいい王の衣装とはその時の情勢を表す一つでもあるのだから。
などと言うべきであるかもしれないが、自分が似合うと言ったからまた着てくださるという言葉に喜ぶ気持ちが強い。その時に改めて説明すればよいだろう。
隣国の大国に来た女王の話
知人の家に遊びに行ったら唐突に拉致られ、服を脱がされてまた着せられた。そんなことを人に言えば意味が解らないと言われるとは思うけど私も意味がわからなかった。
王としての正式な訪問であるので失礼のないようにしていたはずだというのに……着せ替え人形よろしく雁の女官方に着せ替えられてしまった原因は推測できている。
「おっ、似合ってるな」
「俺が赤が似合うって言ってた通りだろ」
着替えさせられた後に案内された部屋に居た一人と一頭が口々に褒めてくれたが少しも嬉しくはない。
「延王、延麒、一体これは何でしょうか?」
鮮やかな赤い衣装には大柄な鳳凰が金糸で刺繍されて派手だが、帯は黒であるし小物の選び方も見事だけど私としては派手すぎる。
たぶんこの衣装はその隣国の王である延王が用意させたものであるだろうと推測できるので一先ず我慢しつつ訊ねる。
「、俺達の中で延麒なんて他人行儀に呼ぶなよ」
初対面で確かに六太と呼んだけどそれは一応は延麒だとは知らない設定だったからだ。
知ってしまえばそのように気楽に呼ぶのは問題があるのではないだろうかという気持ちとこの衣装の説明を求めて睨み続ける。
「おいおい、俺を無視するのは如何なものかと思うがな。景王」
「延王が説明して下さるのであれば私は大人しく話をお聴きますが?」
顎を僅かに上げて胸を張る人から話を聴く態度ではないのはわかっているけど、この事態を招いただろう相手なのと気安い態度から王同士としてよりも個人的なもののようだからだ。
「たいしたことではない」
そのたいしたことではないことで着替えさせられた私はなんだ。
「機嫌を損ねてどうするんだよ」
「俺は機嫌を損ねてしまったのか?」
碌な説明もされずに機嫌を悪くしている私を見て六太が言うがそういう気づかいはもっと早くしてほしい。
困ったような表情を見せながらも私が不機嫌な様子すら楽しいのか楽しそうに笑う男に笑みを浮かべ。
「まさか、ただ疲れてしまったので退室してもよろしいですか?」
よくわからないことには付き合っていられないと戻ろうとすれば六太に袖を掴まれたので動きを止める。
多少動いたところで破れるような衣装ではないが一応は借り物なので傷める行為は避けたい。この衣装一着の値段はかなりするはずだ。
「怒らせる気はなかった。ただ衣装をあまりお前が新調しないって聞いたから贈物のつもりだったんだって。なぁ?」
振り返られた先に居る延王が頷き。
「国の王は国のあり方を示すものだ。確かに今の景では贅沢は禁物であるだろうがまったく新調しないのもやりすぎだろ」
何を指して言ってるのか思い当たる節はある。私より前に二代続いて女王であるので金波宮にはその衣装や装飾品やらが眠っているのだ。
特に薄王という先々代は一度しか袖を通していない衣装など可愛いもので一度も袖を通したことのないとかまであった。そして、その次の女王である先代比王は薄王の華美な衣装に興味を示さなかったのでまたそちらも別の衣装が作られた。
王がなくとも国の財であるので女官達はそれらの手入れを欠かさなかったので充分に使用できるそれらを当初は全て売ってお金にしようかと考えたけれど私自身が女王ということもあり使えそうな物は残して自分で使用している。
統治してもう随分と経つがそれで色々な式典の衣装の時にも半日ほど篭って衣装を探すのが実は楽しいのだが官達には不評だ。似合ってないかと問えば似合っているのですが……っと、言われるので似合ってるのならいいやっと流していたツケが回ってきたらしい。
「まだ使える物なんだけど」
手入れが行き届いているので充分に使用できるんだぞ。
「普段使いまではいいが流石に式典の時は新調してやれ」
「……次の式典の時には」
でも、そういう時の衣装の値段って庶民の感覚としては一生使うような額ではない。
手間隙かけらて織られた布、壮麗な刺繍とか確かに値段通りの価値はあるとは思うんだけど買ったら使用する主義な私としては一回着て終わりなのってどうもね。
残しておけば女官が手入れしてくれるだろうけど今でもかなりの衣装が眠っているわけだし、私が新調するとなると一部は処分するしかないかな。
「それで贈物として頂いたのならその人の前で身につけるのは礼儀だろうけど着させられるのは違うんじゃない?」
「だって、赤を着てるを見たことないから見てみたくってさ」
「贈った身としてはすぐ見たいだろう?似合うだろうとは思ってはいたが案の定似合っているしな」
悪気なく見てみたかったから着させたと告げる延主従を2、3発殴ってもいい気がする。
もちろん、親しき仲に礼儀ありというか年上をそれも他国の王や麒麟を殴る気はないがここにケーキが居たら八つ当たりしたかもしれない。
「ありがとうございます」
「なんだ嬉しくないのか?」
お礼を言えば楽しげなその声にそっぽを向き。
「もらったのは嬉しいけど渡し方に問題あり」
普通の手渡しであれば普通にお礼を言えばいいだけだ。そして、後々に着て見せれば……
「あまり身につけぬ色合いであるだろうが普段から着てくれれば嬉しい」
「……私の好みを知っていて言ってるわけね?」
赤は情熱の色というがそれは間違いではない。赤を着ている人にたいして大人しいとか儚いとか初対面で思う人は少ない。
暖色はつまり健康的に見せる色合いでもあるわけで寒色を使用して人に対する第一印象を少しばかり誤魔化している私としては着ない色だ。
「ああ」
「にはこういうのも悪くないと思うけど?」
延王は狙って着ているのを知っているようだけど、六太は純粋に褒めてくれているようだ。
こういう風に打算なく褒められるほうが私としては対処に困るんだよね。
「折角のご好意ですし、ありがたく使用させて頂きます」
朝議が終わった後に着替えれば見る人も少ないよね。
普段着として使用するにしてもここまでのものは金波宮でしか使用できないぞ。
「おう」
嬉しそうに笑う六太。私としてはこの衣装よりも六太が転変してくれた方が数倍癒されるんだけどな。
「よし、。約束したように官吏達の仕事振りを見せてやろう」
「はっ?」
当初の予定は確かに雁での官吏達の仕事振りを見せてもらって勉強させて頂くという話だったけどそれはこれを渡すための方便だったんじゃないの?
「美人に見つめられればあいつ等のやる気も上がるだろう」
「何も言ってないから混乱しないか?」
一人と一匹で案内してくれる気満々な二人の言葉に聞き捨てならない言葉を聞いた。
「ちょっ、話してないの?」
「「ない」」
似た者主従は声を揃えて言い切り。
「気にするな。咄嗟の時の対応というのがわかる」
「気にするって!もう少し官吏達のことを考えてあげて……」
何の前触れもなく他国の王が訪ねてくるとかそれって面倒すぎる。官吏の立場になって少し考えるだけで面倒な事態でしかないとしか思えないし、そんなところに放り出されるほうも嫌だ。
行きたくないと首を振り遠慮の意思を見せたのに二人が両脇で手を掴み。
「遠慮は要らんぞ」
「これって両手に花ってヤツじゃないか?」
口々に私に向かって話しかけてくる彼らの言葉に遠くを見つめる。六太の身長は全然足らないけど心境としてはどちらかというと連行される宇宙人だ。この人は何しにきたんだろうっていうような目で見られたら私泣くよ?本気で。
この後、私が予想したとおりに官吏達は大慌てだった。それを楽しそうに笑って見ていた延主従はかなりひどい。後々にこってりと絞られたと報告くれたけど私は当然だと思うよ。
彼ら側としては急に来た相手だというのに参考になったかと尋ねてくれる時点でこの国の官吏は大変出来た人間が多い。
もちろん、物語としてこういう国となるための過程を多少は知っているがある種の駄目人間の周りで世話焼きが増えた図なのがこの国かもしれないな。
……これを見習おうとは思わないので今後の外出は控えて金波宮にいる時間を増やそう。
賓客をもてなす主従の話
国外からの賓客を持て成すということで本日の執務は午前中に終わらせ。
賓客である景女王舒覚殿と景麒を招いた昼食後、手入れがされた庭にある東屋で私と景女王は座り庭を散策する麒麟達を眺めている。
「景台輔、この木は赤い花が咲くんです。景台輔は見たことがありますか?」
「わかりません。花のことなど気にしたことがありませんので」
蒿里の明るい話し声、その声に答えるのは冷淡なほど単調な声。慶の麒麟は愛想というものがあまり感じられないが悪い方ではない。
そうでなければ蒿里は懐かぬだろうし、二国の麒麟を微笑みを浮かべて見つめている彼女の様子を見れば穏やかな雰囲気が漂っているように思う。
「何か?」
何気なく向けた視線に気付いた相手に首を傾げられる。まだ戴と同じで裕福とはいえない国ではあるが華やかな衣装は見事なものだ。
蒿里から慶では景女王が先代以前の女王方の衣装ばかりを着て新調なされることが少ないと教えられたことがあったがとても似合っていてそのようには見えない。
それともこの度の滞在で着用しているものは新調したものばかりであるのだろうか?
そうであればこの国と同じく慶もまだやっと安定したところでお招きしたのは悪かったかもしれない。
「景女王は……景麒とは仲がよろしいのか?」
会ったばかりの相手に衣装のことを問うのはどうかと口にする寸前に気付き別の話題へと変える。
穏やかな女王と生真面目そうな麒麟は己とは違って、その関係に悩むことはなさそうだ。
「悪いわけではないと思いますけれどまだ付き合い方を模索しているところがありますわね」
そう考えていたがゆえに模索しているという言葉に意外に思う。
麒麟に怯えられることのないだろう彼女は私から己の麒麟へと視線を動かして目を細め。
「私、王となることをお断りしたことがありますの」
「王となることを?」
昇山した私からすれば王となることを断るということ事態が想像出来ずに問い返す。
「私は政など知らない娘でしたから……」
「だが、王となった貴方はよく国を治めている」
その手腕は早急ともいえる強引さを持っていた。即位して1年以内に冢宰を皮切りに金波宮の官吏に対して粛清をおこなったと聞いている。
早急さは慶の今後を危ういものに感じたというのに5年経った今では安定した国政であるという。
最初の粛清の動きの早急さは政を知らないという人間ならば納得できないことではないがそれが上手くいったのは運がよかったように思うが、直接的に会って思ったのはこのような女性が粛清を決行したのかということだ。
蒿里に届く書状や穏やかな微笑みを浮かべて蒿里と親しげに挨拶を交わしていた様子からして心優しい女性であるように思う。
「良き官吏達に出会えましたから」
その良き官吏達という者が彼女を導いて国を立て直す土台を作り上げたのだろうか。
「ふふ、政のことではなく景麒とのことでございましたね。断ったがゆえに景麒は私が王としてあることに満足しているのか不安に感じているようですの」
「それは……」
蒿里が私を恐れながらも王としたように麒麟は本能のように王を求めるというならば、求めた相手に断られた時にはひどく傷付くことだろう。
「仕方がないことではありますけれど、私が王であることを受け入れているのだということを景麒に行動で伝えていかなくとはいけませんの」
話の途中でこちらを見た彼女は変わらぬ微笑みを浮かべていたが不意にその微笑みが一つの覚悟なのではないかと思い浮かぶ。
人が衣装で自らの肉体を隠し飾るように、彼女は微笑みという化粧で自らの心を隠し飾ったのだ。女王であるというその姿は正しくどこか哀しい。
「もちろん、共に生きていく者としてお互いに努めていかなければいけませんでしょうけれど」
「確かにそれは私も思うことだ」
蒿里は出会った頃とは違って私に怯えた様子を見せることはない。成長したということもあるだろうが私を知り、怯える必要などないのだと知ったからだろう。
思いのほか会話の集中していたのか蒿里達の会話を聞いてはいなかったとそちらへと意識を向け聞こえてきた話に思わず苦笑する。
「使令を増やす時ですか?黄海に行けばよろしいとは思いますが……必要ですか?」
「その使令が少なくてしてもらいたいことが頼めない時があるので」
少し前より使令を増やしたいからと言われてはいたが反対していたがそのことを蒿里は景麒に話しているようだ。
「なるほど、しかし貴方の場合は饕餮を離しておかなければ他の妖魔が怯えてしまうでしょうね」
「はい。安全ではないからと許可が頂けないのです」
「……」
無言となった景麒がこちらを、いや、景女王を見た。
「主上」
「どうかしたのかしら?景麒」
呼ばれて視線を向けた彼女は言葉を促がし静かに待っている。
それは何処か母親が子の言葉に耳を傾けるようにも見えて、この二人には確かに絆があるのだと感じさせる。
「あの、泰麒と共に黄海へと行ってもよろしいでしょうか?」
「えっ!景台輔。僕そんなつもりじゃ」
景麒の言葉に慌てたように蒿里が言葉を発している。
「いつ行くのかしら?」
「景女王、よろしいのか?」
黄海は麒麟といえど気軽な外出とは行かないはずだ。景麒は蒿里のことを気にかけているようなのは知っていたし、二匹の使令を得た時も傍で見ていたという。
それは景女王からそのようにするようにと言われていたからだとも聞いてはいたのが意外と当人自身も過保護なのだろうか?
「ええ、里帰りも兼ねて行ってもよろしいのではないかしら?今は蓬山公もいらっしゃいませんもの」
「いつがよろしいですか?泰麒」
「えっ、あの……驍宗様」
戸惑ったような視線を向けられたが私としても景女王達の言葉に戸惑いを覚えている。
他国への武力行使といったことが行われないがゆえに国同士の関わりはあまりないがために麒麟同士で出かけるということは聞いたことはない。
そういえば延麒も時々こちらにおいでになるが麒麟同士での関わりというのは以前よりもあるのだろうか?
「良い日取りを後に決めようか」
悪いことではない。一国の麒麟が護衛紛いのことをして下さるというのだから甘えてもよかろう。
「でも」
「泰麒、是非よろしければ景麒を連れて行ってあげて」
聞き間違いだろうか?少し可笑しな言葉を聞いた気がする。
「連れて行って……」
ああ、蒿里にも聞こえたのなら聞き間違いではなかったのか。
「いつも延麒に遊ばれているから一緒に遊んでくれる人がほしかったのよ」
「違います!主上、私は遊びに行くつもりはありません」
変わらぬ微笑みを浮かべつつ自国の麒麟が他国の麒麟に遊ばれているのだと告げるのはどうなのか。
言われたことに驚いていない様子から景麒は景女王からこういうことを言われるのは馴れているようだ。
反論する時はいつもよりも感情が強く出るのか顔にも表情が浮かんでいる。
「いいじゃないの。一緒に遊びに行って使令を増やしてくれば」
「使令を増やしたいのは泰麒です。それにそのように珍しくも着飾っておいでなのだから、そのまま大人しく過ごしていて下さい」
景女王は何やら楽しそうに見えるが景麒は不満そうであるし、こちらも意外なほど辛口だ。
これが模索している関係というのだろうか?その様を眺めていると景女王と一瞬目が合い、彼女の笑みが深まったのが見えた。
「別に付き添いが増やしたらいけないっていう法はないでしょう?それと珍しくって気付いていたのなら褒めなさいよ。それだから気が利かないって女官に噂されるのよ?」
ああ、なるほど。彼女が景麒に対する態度は一つの方法なのだろう。まるで家族のように親しげな様子は私や蒿里であれば出来ない。
「……私の褒め言葉など必要ないと思いますが?」
「人間関係において褒め言葉は潤滑油なのよ」
こんな形の王と麒麟もあるのかと見つめつつも視線を彷徨わせて戸惑っている蒿里へと手招きをする。
蒿里がそれに気付いてこちらに来るが景麒はそれに気付いた様子はないのは景女王との言い合いにそれほど集中しているのだろう。
「どうしましょう。驍宗様」
「心配するな。お二人は仲がよろしいのだ」
仲が悪くて言い合っているのではないのだと心配している彼に伝えれば首を傾げた後に頷き。
「えっ……あっ、ケンカするほど仲が良いってことですね」
「ああ」
景女王のほうはこちらのほうも認識しているようであるし、それほど時間は掛からないだろう。
温くなってしまった茶を啜り、いつ終わるとも知れぬ言い合いを聞きながら女とは色々な顔を持つとシミジミと考えさせられた。