隣国の王達


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在位3年目

戴からの手紙を携えて来たのは歳若い黒髪の少年だ。見覚えのあるその姿に目を細めて嬉しそうな表情を珍しく表に出すケーキに臣下達が動揺している。
彼らは自国の麒麟は冷静沈着だとでも考えているらしいが私に言わせると感情を表に出すのが苦手なだけだ。
そのくせ思っていることを溜め込み、理解してもらえないと勝手に落ち込むという面倒な性格である。
まぁ、そんな彼があからさまではないものの喜びの表情で歓待していれば臣下達も驚くというものか。
「遠路遥々とよくいらして下さいました。泰麒」
「はい、歓迎の言葉を下さりありがとうございます。景王」
会釈をした泰麒にまたもざわめく臣下達だがこちらも無理はないかもしれない。
麒麟とは本来は王にしか頭を下げぬ生き物であるのだから、軽く会釈だとしても本能的に避ける。
だというのに彼が私の会釈であれど頭を下げたのは泰麒が胎果であり、その時のあちらでの教育の形だ。
うろおぼえだが確か彼は祖母にかなり厳しい教育を受けていたはずと記憶している。
「泰王よりの書状をしかとお受け取り致しました。書の中で礼を言われるようなことは致しておりませぬが……」
「礼、ですか?」
書状が礼状であることを知らなかったらしい泰麒が首を傾げた。
本来、このような場での不用意な発言は軽んじられるが相手は他国の麒麟でありまだ幼く胎果だ。
こちらのことをまだ勉強中の身であるので致し方がないところがあるだろう。
「私が貴方に使令を多く持つようにと景麒を介して伝えたことがありますでしょう?それについての礼のようです……それに貴方のことを褒めておいでですよ」
「本当ですか!」
手に持っている書状を視線で示せば嬉しそうに泰麒は笑った。この礼状は実のところはあまり重要ではない。彼をケーキに会わせることのほうが目的だ。
自らの王である泰王のことは好きであるのだがやはり少し肩の力を入れてしまう泰麒への気分転換としての任務である。
私としてはそんな気分転換させる気遣いがあるのなら遊んでるのが一番の仲良くなる方法だと言ってやりたいが私も泰麒とは会いたかったので今回は喜んで受け入れたのだ。
あと、ケーキが泰麒が来るかもしれないと知って無意識にソワソワしたり、期待した視線を向けてきたので飴としても利用させて頂いた。なので今度、一ヶ月ぐらい旅にでるという無茶という名のムチしても大丈夫のはずだ。
「ええ、後ほど泰麒にもお見せいたしましょう。お疲れでございましょうからあまり長話をしてはいけませんわね。部屋へと案内させましょう」
視線をケーキへと向ければ察した彼が動いた。いつもこうだと楽なんだけどね。
「景台輔が案内してくれるんですか?」
近づいてきたケーキへと首を傾げて訊ねる泰麒。
「はい、私の室に近いところを用意したので……」
「わぁ、嬉しいです!」
かなり無愛想なはずのケーキの態度に嬉々として喜びを表す様子を見ていると仁の生き物ってこういうことかなっと考えてしまう。
私の中では黒麒麟である泰麒はただの麒麟の色違いで能力の違いとしか考えていないので吉兆だとかいう話は信じてはいないが、彼のことを思えば無事に国を立て直してほしい限りだ。
一応は本来の物語で行方不明となるはずだった泰王は無事に玉座には座っているので後は彼らに任せるだけか。
仲が良い兄弟のように手を繋いで去りいく二人を眺めた後に届いた書状へと視線を移す。
力強く達筆なその字が彼の人の人柄を表しているのかと思うとらしいとは思うけれど私の字についてあちらはどう考えているのだろう。下手だと思われないようにもう少し字の練習をするべきかな?
お互いの国が一段落ついたら直接会ってみるのも悪くはないかもしれないと思考を彷徨わせていると笑顔の臣下に執務室に戻るように促がされ、内心ではため息をついて玉座から立ち上がった。


泰王視点

慶国の女王は二代続けて無能で短命であった。それゆえに三代目となる今代の景女王への評価は厳しい。
政を知らずに玉座へと座った彼女には同情すべきであるだろうが経験や知識だけが全てではないと思わせたのは彼女のことがあるからだ。
己が考えることが全て正しいとは考えてはいないが、自分が出来る精一杯のことだとは考えておりそれゆえに何をするべきか、人に何をさせるべきかも自分の中にきちんとした答えがありそう動いてきた。
人は己の行いを見て評価をするのだと考えていたからだがその考え方だけでは歪みを生むのだと王となって学んだが、こうして学べたのだと振り返れたのは会ったことのない若き景女王のおかげだ。
蒿里の使令は女怪を除けば三頭しかおらず、護衛として考えれば二頭だけとなる。そのうちの一頭は強大な妖魔である饕餮であるので下手な相手では太刀打ち出来ない。
少ない使令は蒿里の守りのために全て使うと考えていた己に反論したのは蒿里自身で離れる時に使令を一頭付けることを条件とされ、
最も強い傲濫をと最初は言われたが断れば他の二頭を付けられてしまったのは今思えばよかったことなのだろう。おかげで無事に戻ることが出来た。
自分に護衛として使令をつけるように言ったのも、そのために使令を増やすようにと言ったのも景麒を通した景女王であったという。
礼状を兼ねてその理由を問うてみたその答えは使令が多いことはそれだけ出来ることが増えるからだとうことだったが、自分に付けるように言った理由はかなり遠回しではあったが前を見るばかりで周囲や足元を見ていないという指摘であった。
他国の王に指摘されるほどに周囲を置き去りにしているように思われていたのかと思うと反省するべき点であるのだと考えさせられたと同時に若き景の女王が自国が大変である時に他国のことを思いやれる心根の優しい女性であることに幾分か心配になる。
今の時期であれば自国の麒麟である景麒を国の外へと送り出すことは国のために利にはならない行為であるだろうに蒿里と共に景麒を戴へと来させてくれたのは気づかいのしすぎともとれるが女性らしい柔らかな文体からして押しに弱いのではなかろうか官吏達に押し切られずにその慧眼を発揮してもらいたいものだ。
「驍宗様、様からの書状はどのような内容だったのですか?」
「蒿里」
字を呼ぶのを許してもらったのだと嬉しそうに話してくれた蒿里は景女王のことが好きなようだ。
その麒麟である景麒のことが好きであったのだから元より印象は悪くはなかったのだろうが一度会っただけでこれだけ慕わう様子は微笑ましくは思うが少し寂しい気もする。
「読んでみるか?」
持っていた書状には蒿里が読んでもまずいことは書かれてはいない。少しばかり私に対する意見はあるが対立する類の物でないのでよいだろうと蒿里へと渡す。
嬉しそうに受け取ってその書へと目を移す様に、これだけ慕われる景女王はどのような人柄なのかと気になるところだ。国が安定したら一度、訪ねてみても良いかもしれない。



在位5年目

統治2年目の後半に隣国の塙王に個人的に面会を申し込めば訝しげな様子ではあったが会ってはくれた。
そして海客の保護を考えられないかと訊ねてみた。彼としては胡散臭い者達を保護する理由を問われたので海客の知識を利用すれば国造りの役に立つと説明した。
あと半獣についても適材適所のところに居てもらえば大変助かると上司視点での会話をしてみたが彼の半獣嫌いは根深いらしい。
どちらか片方でも改善してくれればいいのだけれど……と、考えていたのだが太子は私の考えに賛同してくれたので無駄ではなかったらしいと喜んでいたら塙王との仲が悪くなったという噂聞いてまた個人的に乗り込んだ。
国の統治は王個人で違うものであるのに口出しをして申し訳なかったという謝罪をし、家族仲を悪くするつもりはなかったことを謝り倒した。
で、一つ知ったのは狂気に取り付かれていない塙王はかなり真面目すぎることと息子である太子も真面目でお互いが国を思うあまり考え方の違いで不和が起きてしまったらしい。
おまけに家族間での愛情表現が不足気味だったので一度、腹割って話し合うべきと二人に話していると王后と公主まで加わっての家族会議という名の反省会。
その反省会のオブザーバーとして参加することになったがそのお陰で塙王とは知人以上にはなったようなのでその繋がりを継続するために連絡は怠らないようにしている。
海客はやはり気持ち悪いとのことらしいので自国内での保護ではなく他国へと引き渡すとのことだが放置よりも生き残れるはずなのでいいんじゃないかと思う。
半獣についてはもう少し考えてもらえるらしいというかその点は慶もまだまだなので私も勉強するところではあるのだけれどね。差別意識とかは難しいね。
いまだ付き合いは2年程度だが数回お邪魔させていただいている王族のプライベート部分にある部屋で出された茶菓子を食べつつ公主を待っていると塙王がやってきた。
「また来ておったのか王が国をそう空けるべきではないぞ」
「またって半年振りですけれど」
必死に謝った時にかなりの本性を見せているので崩れた敬語をこちらは使うようになった。
、統治5年目の王が国を空けておること事態が褒められたことではないと言っておるのだ」
王としての心得がないどころかなさ過ぎると感じているのか何故か叱られっぱなしである。
ちなみ飴と鞭とでも思っているのか王后と公主は私が来るとけっこうな歓迎振りだ。太子は塙王よりでやんわりとだがお小言がある。
見た目は17、8の娘だし、統治5年だから歳はしただけどその態度は出来の悪い娘か妹に対する扱いである。
「美味しいお菓子を届けに来ただけなので帰ります」
自国で見つけた美味しいお菓子そして日持ちするとなれば土産になるとテンションあげて突発的に来たのは問題だったようだ。
確かに半日で帰るって言っておきながらもう2日も帰ってないので戻れば叱られることは確実かと思いつつ立ち上がったけど。
「ああ、いや、もう来てしまったのなら一日は泊まってゆけ」
「……迷惑でないのなら」
「迷惑であれば正式に抗議しておる」
呆れを含んだその声に私は肩をすくめた。
極秘に近い形で現れる隣国の王の出現を受け入れてくれる塙王、失道の兆しはない塙麟。
このままそれが続けばよいと願いながらも慶がこの国より豊かになるようなことがあれば彼は狂うのだろうか。
統治の年数の違いはそれだけ国力の違いとなって現れるが長くなればなるほど目の見える形としては現れない。
その目に見えないものを見失ってしまった姿が本来の流れであるというのならば見失ってはほしくないな。


塙王視点

やっと20生きたかどうかの小娘に何が解る。そう思っていた隣国の女王について考え方が変わるとは思ってもいなかった。
若さゆえに自分の理想を押し付けてきたのかと考えていた景の女王について少し違うのではないと思ったのは出会って3ヶ月目にまた会いに来た時だ。
在位3年になるかならないかとの時期に他国にかまけていて良いものかと思ったものの彼女のお陰で家族とお互いの想いが擦れ違っていることに気付かされた。
少しばかりお節介焼きではあるが悪い女性ではないのだと妻に話せばそのお節介焼きに世話されてやっと家族を思い出した人が何を言うのかと責められ、王の味方であるはずの麒麟である塙麟は笑みを浮かべながらも同意していた。
そういえば王となる前は家の中での地位は自分はさほど高くなかったような気がすると思い出したが、妻に世話を焼かれるのは嫌いではなかったのだと思う。
今更ながらにそう気付いて妻へと漏らせば次の日から妻がわしの身嗜みを整えるようになった。
祭典の時は女官に任せるが日々の装いぐらいは妻である自分がしても良いだろうと。
今までを振り返ればわしは考えるばかりで己の考えを誰かに漏らすことはなかったように思う。そうすることは弱音を漏らすようだと考えていたのだが王とて完璧であれるはずがないのだ。
天に選ばれたのならばと完璧な王となろうとして己の力量を見失っていたのだと気付かされた。わしはもう少しで道を失くすところであったのかもしれないとすら思う。
考えすぎではない証拠に今は塙麟が顔を上げてわしを見ている。もう一人の娘のようにも思うようにもなって塙和と字を与えたわしの半身。
妻と共に新しい娘に贈る名を考えた時の気持ちをわしは忘れ、いつしか自ら与えた名を呼ばず塙麟と呼ぶだけになっていた。
「塙和」
「はい、主上」
与えた名を呼べば嬉しそうに笑う娘。近頃は憂い顔ばかり見ていたがゆえにその明るさに気付かされる。
「まだわしは巧の王であれるだろうか」
「もちろんです!」
わしは何を欲していたのだろうか。絶対に裏切らぬ存在が居て、傍で支えてくれる者達が居る。
その者達を見ずに皆が不平不満を言うのだと卑屈に考えていたのだ。
「そうか。ならもう少し玉座に座っているとしようかの」
……わしと同じように大国を隣国とする彼女が折れるまでわしも王と在れる気がするのだ。
この国を豊かにしたいという願いと共にあのお節介焼きの若き女王が治める国がどうなるか見てみたいという思いがゆえに。



在位25年目

「おお、偶然だな!」
自国でそれも街でばったりと他国の王に会うのは偶然と言う言葉で片付けていいのだろうか?
少しばかり裕福な町娘風の衣装をまとった私に声をかけてきたのは隣国、雁州国の王だ。
作中でも風来坊な様子が出ていたが流石に出会ってしまうと反応に困る。
……塙王が執務後に家族と団欒している私を発見した時に固まった理由がやっと判った気がする。
「ええと、風漢様。どうしてこのようなところに?」
小首を傾げて意識せずとも上目遣いとなる相手を見上げて訊ねれば。
、悪いものでも拾い食いしたか?」
微妙なものを見たとでも言いたげな男の表情が見え、私は裕福な町娘でちょっとばかり気が弱いという設定を圧し折りたくなった。
「嫌ですわ。そのようなことを私は致しません」
阿呆なことを言いだした相手を睨みつけるように見るが流石は大国の王をしているだけあり効いていない。
「わからんな。下りて来ているのならば本性を見せてもよかろうが?知人に見られても演じているのだと言い訳は立つぞ」
道端でばったりであったので周囲に人がいることもあってか彼はかなり近づいてきて耳元で話す。
周囲の人間が立ち止まる私達を迷惑そうに、あるいは不謹慎な者を見るかのように見てくるので勘弁してほしい。
「あっ……めまいが」
仕方がないのでふらついた振りをして彼に体重をかければムカつけばいいのか感心すればいいのかよろめくことも無く支えられる。
「お話でしたら茶屋にでも」
囁くようにそう言えば何故だか彼は笑い。
「なんとっ!気分が悪いとはこれは大変だ。休めるところに案内しよう」
棒読みすぎる物言いでそう言ったかと思えばいきなり抱き上げられ、俗に言うお姫様抱っこというものをされる。
文句を言おうと口を開けたがその気配を察したのか延王の視線は向けられ。
「静かな良い店を知っている」
つまり話すには向いている店があるということなのだろうと察して頷いた。
顔が見えないように俯いて運ばれながら、笑った理由はこうして運ぶつもりだったからか。
めまいがしたとかこの人が居る前で言うのは絶対にやらないでおこうと心の中のメモに記しておく。
恥ずかしい思いをして案内されたのは宿屋、もちろん怪しいものではなくごく普通のものだ。
女将に知人が気分が優れぬからと近いので此処に運んだと説明すれば女将は濡れた布やら白湯やらを用意してくれた。
気遣いが行き届いた確かに良い店ではあると感心しつつも女将さんに去る気配が無い。
「もう大丈夫です。どうぞ宿のお仕事の方へお戻り下さい」
「今の時間は暇なほうなので気にしないで下さいな。それに嫁入り前の若い娘さんを殿方と一人に出来ませんからね」
去るように促がしてみれば親切心での行いのようだ。良い人ではあるが話し合いは無理そうだと思いつつ、何故か隣の部屋に隔離されている彼を見る。
若い娘さんが横になっている部屋に入るのはどうかと言われて追い出されていたが元はこの部屋は彼が泊まっているもののはず。
「風漢様は優しいお方ですもの、信用できますわ」
「優しいお方というのは納得しますけどねぇ……」
おい、女将から何やら含みある視線を投げかけられてるが何をした?
延王を見る目がすわったのが自分でも感じられた二人の女に見られた彼は頭を掻き。
「おいおい、俺は悪いことは何もしてないぞ」
「悪いことはなさっておいでではないのでしょうけどね。こんな可愛い娘さんとお知り合いなら大切になさったほうがいいですよ」
「はははっ、そうだな……大切にしよう」
よくわからないが叱られた延王だが心当たりがあるのか素直に頷いている。その様子に満足したのか女将さんが腰をあげ。
「昼餉の仕度をしてこちらに運んで来ますから。あっ、娘さんには軽めの物を用意するわね」
「悪いな」
「すみません、ご迷惑をお掛けします」
ここで食事までお世話になる気はなかったが仕度をしてくれるという相手に悪いのでお世話になろう。
支払いについては後々に延王に返したほうがいいのかここはゴチになりますっとか言えばいいのか迷うな。
「先程わからんと言ったが女将と接する様子を見ると何となく解った。お前の素の性格も俺は嫌いではないんだが普通の娘はせんからな」
「……それって貶してる?」
普段の態度が嫌いではないという相手のために被っていた猫をとって話しかける。
「いやいや、貶してなどおらんぞ。女は演じるのが上手いと思っただけだ」
手を振って否定した彼は話しづらいと思ったのか立ち上がり部屋へと入ってくる。
「それは延王が下手すぎるだけだと思う」
「何を言ってる。これでも演技は中々のものなんだぞ」
抗議をしつつ近くに座った延王を見て起き上がろうか迷い。
「起きても?」
「起きるな。お前が起きていたら叱られるのは俺だ。流石にあれ以上の小言は要らん」
問うために少し身を起した私の額に手が置かれて押されることで布団の上へと逆戻りする。
起きている人が居るのに横になっているとか性に合わない。これが病気とか怪我ならともかく仮病だから余計だ。
小言は要らないといいながらもどこか嬉しそうな彼を見て少し不思議になるが彼の感性は私とは違うのだろうと理由を問うのは止めておく。
「小言が要らないなら大人しくしていればいいのに」
「それはつまらんだろう?それに俺の次に外をほっつき回るお前には言われたくはない」
「うちは麒麟は大人しいので釣り合いが取れてるの」
王と麒麟のどちらも出歩くのは雁ぐらいだ。国の重要な書類は大抵は王か台輔の判子がいるので大変な思いをするのは臣下だ。
その分、我が国は私だけしか出奔しないのできちんと書類は回るし、私達の判子が要るような重要事項は前以って話が通されるのでそういう時には大人しくしてるしね。
もちろん国が傾かない様子から延王達もそういった匙加減はおこなっており失敗していないからこその反映だろうけど。
「……合わぬかと思っていたが、存外にお前達は合っていたようだな」
「合ってないと思うけど?合わせてるのお互いに。違う生き方をしていた二人が一緒に過ごすには相互努力が必要よ」
自分なりケーキと歩むために努力をしているのだ。その為、意思を知るために彼には意見を求めるしただ否定だけはしないようにしている。
お互いに納得できるまで話さなければわだかまりが出来るからとそれだけは忘れないようにしてきた。
出来ていないことも多かったかもしれないがその努力だけはしてきたつもりだ。
「自分を変えてもよいと思うほどには嫌ってはいないということだろう?」
楽しげに言った男の顔が安心しているようにも感じた。
彼は長い治世の間に幾組もの王と麒麟が消え行くのを見てきたのだろう。
直接話した者ばかりだけでなく知っていただけの者もいただろうが……
「隣に居てもいいという程度には嫌いではないかな」
まだしばらくは死ぬ予定はないので彼の言葉に頷いておいた。


延王 視点

第一印象は面白いヤツというものだった。そういった風に俺に思わせる者は大抵は一角の者であったり後々にそうなることが多い。
何某かを彼女もまたするのだろうかと期待していれば期待以上の大物であった。
延麒からは線の細い印象を受けたと話があった景の女王、王となることを一度は断り殺されそうになったがために受け入れたという娘。
聞いた話だけで思い描いていた人物像は当人を知れば知るほどに壊され最早修復は不可能だ。だからこそ聞いた通りのような人柄を演じる彼女を見ていると不思議な気持ちとなるのだろう。
慶の女王は改革派であるというのが世間の常識であるがそれはすべて臣下に任せているというのが一般的だ。出回っているたおやかな絵姿から王宮を抜け出している姿など想像することも出来ないだろう。
多くの臣下からも何やら気質が優しいがゆえに時に気に病んで部屋に篭る王だと言われることがあるらしいが事実を知っている者達は逃亡しているのを必死で隠すところが雁とは違う。
もう少し多くの臣下に知られればも本性を出す相手が増えるだろうにとは思うが、そうなれば着飾るようなこともしなくなりそうなので勿体無いのかもしれない。
王の逃亡が隠されるのは慶と雁の国力差のせいであるのかもしれないが慶が豊かになったとしても彼らは隠し通すのかもしれない。
演じている自分を彼女は相応しい時に相応しいように行動しているだけだと認識しているようだ。つまり本質を見せる相手とはそうするべきだと認識した相手だということになる。
その中の一人に自分が入っているのに悪い気はしないが、見た目は一応お互いに年頃の男女であるはずなのに艶めいた雰囲気にもならないのはその所為かもしれない。
本質を見せる相手のことをある意味で懐の深いところに入れているのでそれ以上の関係となる可能性を考えていない節がある。
天然というよりも一つの予防策であるかもしれないが王が恋をすることは悪いことではないのだが……さて、何か明確な理由があるかどうか。
確かめたい気もするがその為には今一歩踏み出さねばならぬし、俺もまたその一歩を踏み出す気が起きないのはこのままで良いとは思うのは今の距離が居心地が良すぎるからか。本気となれば身を焦がす覚悟を決めねばならぬと知っているがためか。
己の中にある感情を焚きつければ恋や愛と呼べるものとなるかもしれぬが、そうするには互いに背負う物が大きすぎるのだと冷静に論じる自分の臆病さには笑ってしまうものがある。
自分のことを女のことについて散々に言う奴らが今の俺の内情を知ったのであれば小言の雨が降るだろう。
「……人の心とは度し難い」
小言を聞くぐらいであれば本気になってみても良いかもしれないと迷う時点で愚か者だ。
国を滅ぼすのであればそれは人のせいではなく己だけの為でありたい。
「何か?」
「いいや、何も」
運ばれてきた昼餉を遠慮なく食べている相手に首を振る。
体調不良で運ばれてきた人間にしては食欲が旺盛すぎると思うんだが仮病なのだから致し方が無い。
、もの欲しそうに焼き魚を見るな。食べたいのなら食え」
「ありがとうございます!流石は延王様。それじゃ遠慮なく」
言葉の通りに遠慮なく箸をのばして焼き魚の身を解して一番柔らかいだろう腹の部分を持っていかれたがそれよりも気になるのは焼き魚をやらなければ彼女の中でケチな男だと評価されたのだろうかということだ……普通にされそうな気がするな。




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