トキメキは気付かないと危険です
いつもと変わらない日々だが三ヶ月前と変わったことは低血圧気味になって朝起きるのが少しばかり辛いことだ。叱られる前には起きるけどそれだけは前よりも面倒になった。
他は特に問題はないし逆に男の子の頃より何だが小宇宙とやらは感じやすくなっているので修行の成果とやらはでている。あと、カミュは戦女神のアテナを崇拝する宗教団体に所属するセイントとかいう超能力者に育成されてるらしいとやっと理解した。
信仰の自由度が戦った日本で生きていた私としてはカミュとアイザックの女神信仰は理解できない。氷河はニ人に頷いているがそれほど信仰している感じはしないので彼といても女神の話はないのは楽かな。
思えばあの金髪男性に手を引かれて此処に来てから色々とあったが私は普通の人でありたい。
子どもになったり、性別がニ回変わったり、小宇宙とかいう不思議パワーで水とか氷とか出したり、怪我を癒せたからって……ダメだ。考えれば考えるほど普通というカテゴリーからは外れる。
「……遠すぎる」
思い浮かべたこと一つだけでも普通の人が経験するようなことではないことに気付いて遠い目で空を見上げる。
せめて心だけは一般人の気持ちを忘れないようにしよう。ノースリーブで極寒の地を歩けるようになってもそれが常識的でないってぐらいは自覚するぐらいの常識だけは無くしたくない。
「どうかした?」
居間の窓から外を見ていた私に話しかけてきたのは弟弟子の氷河だ。
修行が終わるとぼんやりとすることが多いのは前からだが女になってから遠慮しているらしい兄弟子のアイザックよりも近頃は話しているのではないだろうか?
「何でもないよ。氷河」
好意で声をかけてくれているのは嬉しいけど今考えている自分達は非常識の固まりだというような話しは出来ないので首を振る。
最初に来た時は長袖で厚着をしていた私も氷河も今では当たり前のようにノースリーブ。
この寒さに慣れたというよりも小宇宙とかいう不思議パワーで自分自身を守っているわけなんだけどカミュが言うには暑いどころか熱いところでもいけるらしい。
つまりはマグマの中で泳ぐことも出来るようになったりするのだろうかとも思ったけどカミュにはきかなかった。その答えがどちらでも妙な質問をするなと叱られそうだしね。
今ではカミュ達との会話は慣れたがちょっとした冗談もあまり言えないほど真面目というか天然なので誤解されないように話すことを心掛けている。
「は日本人なんだよね」
「うん」
氷河に聞かれて頷いたものの彼に日本人と話した記憶はないのでカミュにでも聞いたのかもしれない。
そういえばこの身体の名前とかあったのだろうか?多少は元の私に似ているがちょっとばかり顔立ちが違う気がするんだよね。
「日本に帰りたい?」
「わからない」
正直なところ、私は家に帰りたいが帰れないとも思う。私を知る人に出会ったとしても元の私だと納得させられる自信はないし、セイントなる不思議な集団を聞いたことはないので世界すら違うとかいうオチじゃないだろうかと思うと日本には行けない。
信じられないほどの痛みや苦しみを味わっているのに今も心の何処かにあるこれは夢ではないかという考えが消せないのは私の弱さか。
「俺はにここに居てほしいよ」
夢から覚めてほしいと今も願っている私に氷河の言葉が届く。
彼に手を伸ばされて握られた手が温かいと思いつつ握り返す。
まだ子どもである氷河は時々、寂しくなるのか触れ合いを求めてくるのだ。
彼を見れば澄んだ空の色をした瞳と目が合って逸らせずに見続ければ氷河は握っていた手を離し。
「アイザックもそう思うだろ?」
視線を私の後ろの方へと向けたのでつられて振り返ればアイザックがこちらを見ていた。
「ああ、俺もそう思う」
アイザックは頷くとこちらへと歩いてきたので身体の向きを変えて二人が見える位置へと立つ。
子どもとは思えない体つきとなった2人だがまだ身長は私とあまり変わらないので威圧感はないのが救いだ。
これが5年後とかには私よりも背が高くなるだろうことを考えると極寒の地なのに潤いのない暑苦しい環境になるのだろうか。
「は?」
「……皆と過ごすのは好きだよ」
色々と濃いが良い人ばかりなのは確かだし、慣れた今では愛着というか家族愛的なものもある。
3人が怪我したと聞けば心配するし、出来るだけのことをしてあげようとは考えるとは思う。
それでもかつてに思いをはせるのはかつてを忘れられないからだ。
「、氷河。カミュ先生は俺達全員が聖闘士になる可能性は低いと言っていたが俺は可能性があるのなら俺達なら聖闘士となることが出来ると考えている」
アイザックの唐突な語りに戸惑うが氷河はアイザックを真剣に見ていた。
それは彼がカミュを見る時と変わらないので氷河にとってアイザックはカミュと変わらないほどに尊敬できる兄弟子なんだろう。
「もちろんそれは簡単なことではないと思うが、この地上の平和を守るために俺達なら出来る」
真剣な様子の彼に悪いが私としては地上の平和とか言われてもあまり想像がつかない。
「うん……聖闘士になる」
氷河は頷いたがどこか言い辛そうな気もしたのは気のせいかな?
改めて彼を見てみたがいもつ変わらないようにも見えたので気のせいだったのだろうと思いつつ、真剣にこちらを見ているアイザックの視線に耐えられず。
「そうだね。きっとセイントになれるよ」
笑みを浮かべて答える。私はなるつもりはないが言葉にして言うと面倒なことになるのは予測できるので否定はしない。
ずるい大人な思考だが二人が笑っているのでここは正解であったとしておこう。
なれると思ったのは嘘じゃないし、カミュと同じように細マッチョな道を無事に歩いている二人は思考も何か似てきているみたいだしね。
クールになる教えとか私としてはあまり理解できないのだが熱くクールになるように伝えるカミュの教えを二人はクールになるために熱心に頑張っている。
私としてはその教えを復唱したりはするがカミュのいうクールにはなれそうにはない。
「そろそろ寝る時間だ」
3人で話をしていたらカミュから注意をされる。時間を見れば確かにそろそろ眠らなければならない時間だ。
明日も早いからと素直に従おうとして近づいてきたカミュに3人とも頭を軽く撫でられる。
「さぁ、部屋に戻れ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。カミュ先生」
いきなり頭を撫でた理由は不明だがカミュ先生だからっと納得し、アイザック、私、氷河と口々に返事をした。
良い子のお手本のような返事に良い子に育ったものだと自分が育てたわけでもないが二人の態度に感心してしまう。
極寒の地のせいで世間ズレせずに純粋に育つんだろうとは思うが私が彼らの年の頃はもう少し色々と口うるさかった気がする。
「、少し話がある」
考えごとをしていたら私だけ少し遅れてしまったので注意される前に二人に続いて部屋へと向かおうとしたが呼び止められた。
「何でしょう?」
振り返って問えば珍しくカミュが困ったように視線を下げる。
いつも話す時は真っ直ぐな視線を向けてくるが珍しいと思いつつ話し辛い内容なのかもしれないとしばらく待つ覚悟を決める。
「……お前は聖闘士になりたいか?」
「えっ?」
ためらった後に言ったカミュの言葉に驚きで声が漏れた。
私としては今更な質問過ぎるとは思うがなりたいかどうかを正直に答えれば……
「なりたいとは思っていないのだろう。」
考えていたことを見透かされていたらしいことに曖昧な笑みを浮かべてしまう。
笑っていればどうにかなるとは思ってないけど、どう反応するか迷ってこうなってしまった。
「聖闘士になりたくないのならば修行をやめてもいい。お前の姉のことは面倒を私がみよう」
修行やめられるの?やったね!とか姉って誰?姉をカミュが面倒みるの?カミュはお兄さん?などなど色々な考えがグルグルと頭の中を回る。
人間って想像してもいなかったことを言われると思考が固まるもんなんだと学んだけど、何て答えればいいのか答えが出ない。
「お前に才がないといっているわけではない。それどころかその若さでは素晴らしい小宇宙を持っている」
カミュは膝をつくと私と視線を合わせ。
「小宇宙を高めることが出来るようになったためにお前は無意識に身体を変質させてしまったのかもしれないと考えた。それならばお前は姉のことをそれほどに考えていたのかと察することが出来なかった己が情けなくなった」
頬に伸ばされたた手は触れれば優しく撫でる。
「どういう?」
「タクミ、お前がと姉の名を名乗ろうともそれが覚悟に繋がるのならと私は何も言わなかった。だが、身体を変質させてまで姉の代わりとなるのはダメだ」
いやいや、そんなことはこれっぽっちも考えてないんですけど。
この身体の名をはじめて知ったがタクミ君のお姉さんにいったい何があったわけ?
「姉の代わりとか考えてな……」
ついていくことの出来ない展開に私が否定をしようとしたがカミュの手が両手に置かれ。
「あくまでも聖闘士となるというのならば身体を元に戻すために他の者のところに修行に行かそう」
「嫌っ!」
カミュの発言に強く否定した。やっとこさ慣れたというのに別の修行先とか勘弁してほしい。
「タク……」
慣れるまでの辛い日々を思い出し、新しい修行先で行われるかもしれないひどい修行を想像して涙が溢れてきた。
今までは男の子だからと我慢していたがこの身体は限定的だとしても女の子なので遠慮なく泣いてやる。
他の修行先に移動させようというカミュへの意趣返しになるとは思わないがこれで止めてくれるのなら儲けものだ。そう考えていたせいでカミュの反応に遅れた。
「私ではお前を戻してやれない」
カミュに抱き締められ頭を撫でられ、彼の声を耳元で聞く。
「女のままでいい」
元のタクミ君には悪いが私としてはこのままのほうが楽なんだ。
タクミ君と入れ替わることがもしもあったら彼には根性で男の子に戻ってほしい。
「他の修行場所なんて行きたくない」
私のこの願いを叶えてほしいとカミュの腕に手をおいて顔を少し離して見上げる。
見詰め合って先に視線を逸らしたのはカミュ。
「……しばらくは様子を見よう」
勝負はしていなかったが何となく勝った気持ちになった。
つまりこのままここで修行継続って、あれ?修行したくないって言えばよかったんじゃない?
「カミュ……」
修行止めますっと言おうとして口を開こうとしたがカミュの微笑みに言いたいことも言えずに口を閉じる。
「もう少しお前は賢いと思っていたんだがな」
褒められている言葉ではないが彼はどこか嬉しそうだ。
弟子である私が他のところに行くことを承知しなかったことを喜んでいるのだろうと思うとやっぱり止める宣言は出来ない。
とはいえ、男の子にならなかったらしばらくしたら違うところに修行に行かされるのだろうか?
その時は修行を止めると言おう。そして、カミュ先生に出世払いでお金を借りて一般人ライフに戻るとしよう。
アイザック視点
弟弟子の性別が変わって俺は戸惑った。の態度は驚くほど変わらないから余計にどうすればいいのかわからない。
動揺していたのなら大丈夫だと慰めればいいとわかるが何事もなかったように振る舞われると俺もそうすべきと思いつつも以前との違いを考えてしまう。
の組み手の時には胸に触れないように気をつけたり、前は当たり前のように触れていた身体に触れないようしているといつのまにかと過ごす時間が減った。
避けられているというわけじゃないのは知っている。修行の後にいつも物静かに過ごしているに話しかけるのは俺が多くてそれを俺が止めたからだ。
師カミュがいうにはは緩急なのだという。普段はそれほど動きが良いわけではないがいざという時の動きには目を見張るものがあると。
確かに組み手をしている時もの動きは基本の型ばかりで捌くのは楽だが唐突にその動きが変化して冷や汗をかいたことが何度もあった。
俺や氷河に比べると体力がないせいで長期戦に持ち込めば負けることはないが実戦であれば俺は負けてしまうかもしれない。
まだ弟弟子達には負けられないというその思いから俺は必死に修行に励んできたが……今はよくわからない。
は性別が変わってもその実力は変わらなかった。いや、逆に小宇宙の扱いが上手くなったようにも思う。
伸び悩んでいた様子ののことを思えば喜べばいいかもしれないが性別が変わったからと言いたくはない。
……俺だったら性別が変わったらショックだ。でも、クールに振る舞って人には何も言わないかもと思うとも実はそうだったらと心配になった。
いつも自分の気持ちを隠してばかりのはカミュや俺が心配すると頑なに否定してばかりで素直に心配させてはくれなかった。
それは性別の違いで変わるものでもないだろうから俺が心配すれば逆に重荷になるかもしれないと考えて何も言えなくなる。
一人過ごしているにこうして声もかけられずに見ているだけなんて何の意味もないのに。
「アイザック、どうした?」
が窓から外を眺める様子を見つめていた自分に声をかけてきたのは氷河だった。
今の入り口で中に入ろうともしていなかったのだから変に思われても仕方がないだろう。
「を見てたのか」
俺の横に立って部屋を覗いた氷河が小さな声でそう言ったので頷く。
「アイザックは考えすぎじゃないかな?」
「どういう意味だ?」
氷河の言葉に視線を向ければ氷河は俺ではなくを見つめて。
「は俺たちが知るであることに変わりはないよ」
そう言うと氷河はへと近づいていく。
ほんの数ヶ月前までその役目は俺であったはずなのに……
を気にしていても近づこうとしなかった氷河と氷河が模索する様子に合わせてあまり近づこうとしなかった。
師カミュと俺とで気を揉んでいたはずの二人の距離はこの三ヶ月で驚くほどに近くなった。
「……違う。俺が離れたんだ」
が人との距離を相手に合わせるところを知っていたのに離れたのは俺だ。
離れればは必要以上に追おうとはしないだろうことは予測がつくし事実そうだった。
馬鹿な自分に呆れたが氷河の助け舟に乗って俺は二人に近づき共に聖闘士となろうと言えば。
「そうだね。きっとセイントになれるよ」
久しぶりに近くで見るの微笑みがとても綺麗に見えた。女の子みたいだと思ったが今が大変な弟弟子にそんなふうに思う本当に馬鹿な自分に落ち込む。
元に戻らなければは男なのに女として生きなきゃならなくて大変なのに……俺が近くに居る時はを守ろう。
もちろんが弱くないのは知ってはいるが一人よりも二人のほうがきっとも心強いはずだ。
氷河視点
は性別が変わってから付き合いやすくなった。態度が変わったというわけではなくてその顔に表情が浮かぶようになったからだ。
ほんの少しだけだけどその違いで俺はどこか近づき難く感じていたに近づけるようになったので大きな違いだとも思う。
アイザックは今のに少し戸惑っているようだけど慣れればまたすぐに話せるようになるだろう。だって、の中身は変わっていない。
「……遠すぎる」
窓の外を眺めていたへと近づくと聞こえてきた声が悲しそうだった。
「どうかした?」
「何でもないよ。氷河」
答えるの瞳が揺れていて、何でもないはずはないじゃないかと言いたくなる。
でも、そんなことを言えばはきっとその感情を隠してしまうだろうから俺は必死に考えた。
が悲しそうなのはどうしてか。思い当たるのはが一人で居ると声をかけたのはアイザックだ。
二人が話していれば俺も加わるのが気が楽になって話しかけていたがアイザックは俺がと話していても会話にこの3ヶ月加わることは少なかった。
それだけでなくアイザックと話している姿を見ることすら稀になっていたし、寂しいと感じているんじゃないかと思い当たる。
そういえばちょうどこの窓の方角は日本があって、師カミュから日本人の弟子がいるとここに来るまでに聞いていたからが日本人だとは知っていた。
一応は確かめて帰りたいかと聞けばその返答はわからないで、は自分の中にある感情をどうしたらいいのか悩んでいるみたいだった。
俺はが寂しくないようにその手を強く握り締める。俺よりも柔らかな手が握り返してくれたことに勇気をもらい。
「俺はにここに居てほしいよ」
彼の気持ちを素直に言うのは少し恥ずかしくも感じたけど嘘じゃないという気持ちを込めて俺は言った。
に俺が弟弟子であってよかったと言ってもらえた時に感じた喜びをにも知ってほしかったから。
「アイザックもそう思うだろ?」
「ああ、俺もそう思う」
アイザックに声をかければアイザックは頷いて近づいたきた。
「は?」
俺達の言葉に実感がわかないのか戸惑った様子ににきけばは瞬きをした。
「……皆と過ごすのは好きだよ」
笑っているようなそうじゃないような表情だけど俺達の言葉を嫌がってはいないとは感じた。
はいつも自分の感情をあまり表に出さないから会ったばかりの俺はそれを嫌われていると思い込んだ。
そうじゃないと知るのに時間がかかってしまったけれど俺はもうに嫌われているとは思わないだろう。
カミュ視点
居間に入るとどこかギクシャクとしていた三人がまた仲良くしている様子に心が温まったがすぐにへと提案するべきと考えていることを思い出してそれもすぐに消えてしまう。
が私が考える提案に乗ればこの二人とは離れ離れになってしまいこのように三人が仲良く話す様子を見る機会は減るだろう。いや、もしかしたらもう無くなるかもしれない。
「そろそろ寝る時間だ……さぁ、部屋に戻れ」
話すべきかとここ数日ほど悩んでいることに頭を悩ませつつも三人に就寝するように告げれば大人しく部屋へと戻り始めたがの歩みが止まる。
もしかしたら自分のことについて私が何か考えていることに気付いていたのかもしれない。流石に弟子から話の機会を向けられるのは師としては情けないとが何も言う前に口を開く。
「、少し話がある」
「何でしょう?」
驚く様子もないことにやはり私から何か話があるとは予測していたのだろう。
私の弟子達はそれぞれ聡い子どもではあるが、特には子ども特有の甘えを少しも見せない。
まるで自分は子どもではないかのように振る舞うことすらあるほどだ。
「……お前は聖闘士になりたいか?」
「えっ?」
私にこのような質問をされるとは考えていなかったようで驚きで目を見開き口も開けた。その表情がいつもよりもを幼くみせて彼の今の状況に胸が締め付けられる。
姉の名を名乗ったのは決意の表れだとばかり考えていたが、もしかしたら自分よりも姉が生きるべきだという考えの表れだったのかもしれないと今更ながらに思い当たった。
タクミという己を消して姉として生きようとするあまりに小宇宙によって己の肉体を作り変えたのかもしれないと……。
そのようなことは並大抵のことで出来ないはずだが小宇宙というものは意志を強く反映させるもの絶対にないとは言えない。
彼がそれほどまでに追い詰められていたというのならばそれに気付かなかった不甲斐ない私などではなく他の者に彼を頼むことを考えた。
の才は凍気よりも超能力のほうにあるのだと前々から気付いていたが性別が変わってから超能力の力が飛躍的に伸びたのだ。
黄金聖闘士である私の修行に耐えられているのだから超能力が得意なムウに頼めばその実力を伸ばし、もしかしたら性別を戻せるかもしれない。
一人前になるまで自分が面倒をみてやりたい気持ちはあれどその方が彼のためだと考えて提案をすれば、驚くほどに顔を青ざめさせ。
「嫌っ!」
「タク……」
彼が人前で泣いた姿を見せるとは思わなかった。
誰かが近くに居れば涙を隠してしまうばかりで弱音を見せようとしなかった弟子がはじめてとも言えるほどにあらわにした強い感情。
「私ではお前を戻してやれない」
「女のままでいい。他の修行場所なんて行きたくない」
胸が締め付けられるような思いにその小さな身体を抱き締めれば大きく肩を震わした。の為になればと考えての行動でも彼にとっては辛い選択でしかないのか。
流れる涙は止まっていないというのに身を離して見上げるその様子は感情をあらわにしようとも彼にある気概は変わらぬと教えているようだ。
濡れたその瞳を見つめていると深みへと引き摺り込まれてしまいそうな感覚になり思わず目線を逸らした。
「……しばらくは様子を見よう」
「カミュ……」
戸惑ったように名を呼ばれそれにどこかくすぐったさのようなものを感じるのは私や兄弟弟子達と離れたくないと泣くほどに此処に居たいと考えている愛弟子を愛しいと感じているからか。
「もう少しお前は賢いと思っていたんだがな」
両手を動かしてその頬に流れた涙を拭う。
瞳は濡れたままでも新しい涙が零れ落ちる様子がないことに安堵の息を吐き。
「お前は私の弟子だ。これからもな」
しばらくはまだ手元に置き、そうして私やアイザック達との絆は離れても大丈夫なものだと信じられた時に再度告げよう。
この心に湧き上がった庇護欲はの成長を妨げてしまうだろうから、の才を枯らしてしまう前にこの子を私の元から放してやらなければ……