貴婦人の足跡


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外殻降下作戦の開始を一週間後に控え体調を整えるためと言い渡された休日の日に屋敷に訪ねてきた柔らかな色合いの金色の髪を結い上げ、青い瞳で私を見つめる一人の美しき貴婦人。
軍人である私の元に訊ねてくる人間としては珍しい人種であるが、彼女のことを知らぬわけではない私はどのような理由かと気になり屋敷の応接間で会うこととした。
「お久しぶりです。カーティス大佐」
目の前にいる自分より年下の女性に顔面が引き攣りそうになった。彼女の名はマリィベル・ラダン・フェンデ、旧姓はガルディオス。
マルクトの女性方に大人気の若き伯爵ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの姉にして今話題のユリアの子孫であるヴァン・グランツことヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデの奥方だ。
弟が一人前になるまではと婚姻を延ばしていると噂されていたが1年ほど前、ヴァンがユリアの子孫と発表する少し前に彼と婚姻したと聞いてはいた。
そんな彼女と会うのは確かにはじめてではないがその時は私は私とはわからぬように変装していたはずだ。
「お会いしたことがありましたか?フェンデ夫人」
「はい、15年も前になりましょうか。あの時はお名前を教えて頂けませんでしたが私は貴方の瞳と声を覚えています」
凛とした声と力強い眼差しは彼女が人の意見に容易く流される人ではないことを表している。
「驚きました。貴女はまだ少女と呼べる歳でしたでしょうにあの時のことをよく覚えていましたね」
その眼差しに負けて素直に認めることにした。もう隠す必要などないのだ。
今更、15年前の人助けが今回の計画に支障をきたすようなこともない。
それどころか計画の要の一人であるヴァンにとっては奥方の命の恩人ってわけになるんだし好印象ではないだろうか。
「あの日のことを忘れることは出来ません。今の私の原点でありもう起きてはならぬことです」
崩れ落ちいく故郷をどのような気持ちで受け止めたのかはわからないが、14歳という少女の心に傷を残したであろう出来事を彼女は受け止めて生きている。
「貴女は御母上によく似ていらっしゃる」
子ども達のことをたくして夫と運命を共にした女性が脳裏に過ぎった。彼女もまた自らの運命を受け入れながらも抗った女性であったから。
「母のことを覚えていらっしゃるのですね」
「はい、私にとって忘れられない女性です。素晴らしい方でした」
もっと生きていたほしい人でもあった。一度だけの出会いだというのにそう思わせた女性。
「ありがとうございます。母も貴女に感謝して逝ったことでしょう。貴女は母の最後の願いを聞き入れてくれたのですから……」
裏の感じられない真っ直ぐなその感謝の気持ちに何ともいえない気持ちになる。
自分は純粋に彼女達のためを思って行動したわけではない。打算的な気持ちで彼女らを助けたのだ。
彼女達が本来の物語で語られるような存在でなければ見捨てていた命だった。
「あの場に私が居合わせた。ただそれだけです。軍人であった私が貴人である貴方がたを守るのは当然のこと」
本来の優先順位であってもそれは間違いではない。
彼女たちはホドの領主であるガルディオス家のご息女とご子息であったのだから。
「……わかりました。そう仰るのならばこの話はこれで」
私の言葉に頷くと彼女は15年前の話を打ち切ったが2度目の出会いである私達に他に語るべきものも思い浮かばない。
「それでフェンデ夫人、私への面会理由ですがお聞きしても?」
15年前のことだけで訊ねてきたわけではないだろう。
彼女が私の瞳を覚えていたというのならもっと早く訊ねてきてもおかしくはないのだ。
「はい、私も作戦に参加させて頂きたいと願いにきたのです」
「貴女がですか?」
貴婦人の鑑とでもいうような装いの彼女の言葉に驚いた。
「ガルディオス家はフェンデ家を守るために存在する家系。弟であるガイラルディアが生まれるまでは私は跡取りとして教育を受けました。その私がフェンデの者の試練の時に傍にいないなどと出来るはずがありません」
「貴女は軍人ではなく、ガルディオスの家を出た身でしょう」
フェンデ家に嫁いだのだとすれば彼女は守られるべき家に入ったということではないか。
そう問えばマリィベルはただ笑い。
「私はガルディオス家の者です。きっと誰に嫁ごうともそれは変わらなかったでしょう」
その笑みが美しければ美しいほどに彼女の中でガルディオス家というものが重いものなのが理解できるようだった。
跡取りとして振る舞うように教育されていたというのに弟が生まれた時にお役御免とは複雑であっただろう。
彼女が弟であるガイラルディアの教育に熱心であった理由がそこにあるのだとすれば説得は骨が折れそうだ。
「今回の作戦は多くのことが前代未聞のこと何が起きるかわかりませんよ」
「覚悟の上です。私はヴァンデスデルカと共に歩むことを誓いました。ならば彼の隣で苦難を乗り越えて行きたいのです」
ガルディオス家の宿命を受け入れ同時に愛する者と共に居ることを選んだ。
貴女は本当に母君によく似ている自らの選んだ道を歩むことをためらいはしない。
「わかりました。貴女の御夫君であるグランツ譜将と共に行動して頂きましょう」
「ありがとうございます!カーティス大佐」
誰に何を言われようと意見を変えなかった自分にも重ねて彼女の願いを受け入れる。
「ただし!……ただし、私も共に行きます」
「それは」
「今回の作戦において私は有事の際に動けるように陛下と共にタルタロスで待機する予定でしたが……」
ピオニーの警護として私達が残る必要はない。今回の作戦でいえば本来はグランツ兄妹を優先すべきであるだろう。
「貴方がたには私がグランツ嬢達にはネイス少将が同行すれば問題はないでしょう」
護衛として加わらなかったのは手柄を立て過ぎれば後々が面倒になるなどと考えたからだ。そもそも他の人間の顔色を窺うなんて正直なところ面倒だ。
最早、今回のことが終われば自分が昇進を断る理由もないし逆に軍人である必要もなくなる。ならば、今回の作戦は自分がしたいように動くとしよう。



私達の世界の命運をかけた作戦は無事に成功した。その知らせを受けて安心したのがいけなかったのだろうか?
起きるはずのない超振動が起きそれに巻き込まれたのは私でマリィベルはその私に手を伸ばした。
作戦遂行している間に私達はマリィ、と呼び合うようになり姉妹のように親しくなったのがいけなかったのか。
ただの護衛に徹していればここに来たのは私だけであったのではないだろうか……。
「お前達は何者だ」
見覚えがある女性から誰何の声がかかった。
「何者?それはこちらが問いたいものですね。これはタルタロスでしょう?神託の盾の者達が何用ですか」
マリィベルを庇うように女性の矢面に立つ。突如として現れた私達は不審人物かもしれないがタルタロスに魔物に乗って現れた貴方達に言われたくないぞ。
リグレットに似た人とか私の娘よりも小柄にみえるアリエッタにルーク様によく似た彼よりも明るい髪質の少年にティアによく似た人にジェイドっぽい人とか否定しようとすればするほどほぼ瓜二つ、ジェイドの場合は瞳の色がよく似ているのだ。
そうかなり嫌なことに私達は何故だか本来の話に異物として紛れ込んでしまったように思う。
たぶん状況からしてタルタロス脱出時だと思うけれどガイが登場していない。タイミング的にはそろそろ落下してくる頃のはずだと思うんだけどね。
ああ、うん降ってきた。ジェイドが動く前にアリエッタへと駆け寄り確保するために動くうら若い乙女の柔肌に見えなくてもおっさんが触れちゃダメです。
「形勢逆転のようですね。さあ、もう一度武器を捨ててタルタロスの中へ戻ってもらいましょうか?」
私がアリエッタを確保している様子を見てジェイドがリグレットへと言えば彼女はしばらくの沈黙の後に上がっていく。
「さあ、次は……」
「アリエッタ、彼と他の魔物をタルタロスの中へ」
弾かれたように顔を上げてて見上げるその顔は私の義娘であるアリエッタよりも幼い。
魔物と引き離される不安と自分だけ入るように言われなかったことの不思議さがあるのだ。
「魔物と言葉を通じる彼女を人質にしていたほうがあちらの機動力は落ちるわ」
「まぁ、一理ありますが……」
こちらを信用したわけではないと目線で訴える男をかまっている暇はない。
「ガイ様、華麗にさんじょ……なっ!」
「ガイ?」
登場シーンの重要な台詞が途中で止まったガイ。
そちらを確認することなくイオンへと視線を向け。
「導師イオン、申し訳ありませんが彼女に同行命令をお願いできますか?」
「えっ!……はい、アリエッタ同行してもえらますか」
「……はい、イオン様」
アリエッタの説得に渋々ながら魔物達はタルタロスへと入っていく。
ハッチが締まっていく時にリグレットがこちらを心配そうに見ていたが下りてくるようなことはなかった。
「それで一体、貴女方はどなたなのかお聞きしてもよろしいですか?そちらの彼とはお知り合いのようですが」
無言で睨んでいるマリィとその顔を見て驚きで青ざめている男ガイ。
何時の間にかそういう状況になっているようだが場の空気を読んで問い詰めるのをマリィは待っていたようだ。
「さて、話したところで納得頂けるかは別ですが……マリィ、その男性は貴女の弟さん自身ではないと思いますよ」
「どういうことですの?
マリィが私の言葉にガイを睨んでいた目線を私へと向ける。
「マリィってやはり姉上なのですか!」
亡くなっていると思っていた姉が生存していたという事実にガイが喜びの声をあげる。
今からその彼の希望を打ち砕くことになるかと思うと頭がいたい。
「何がやはりなのかわかりませんが私はマリィベルです」
「ガイ、知り合いなのか?」
やはりというその言葉にマリィが頷いて答えたが表情には困惑の色を浮かべ。
ティアへと視線を向けるが彼女から声をかけられる様子がないことに私の説明を聴くつもりのようだ。
「私の想像が正しければですが、私達は並行世界に来たのかもしれません」
「並行世界ですか?」
戸惑いの声をあげるマリィと同じように理解不能なのだろう多くの人間が首を傾げているがただ一人だけ眼を細めた人間がいる。
「なるほど、ある世界から分岐し、それに並行して存在する別の世界の住人だと貴女は仰るわけですね」
「全然わかんねぇよ」
「ルーク」
「例えば早朝に目が覚めたとしてそのまま起きた貴方が居る世界が此処だとして、その時にもう一度寝てしまった貴方がいる世界が別に存在するとします。並行世界とはそういったもしもこうしていたらっという少しだけ違った世界のことを示しています」
「……つまりここは私があの時に死んだ世界ということ?」
呆然と呟くマリィに頷くがジェイド以外の人間はマリィへと戸惑いの視線を向けている。
今の話を理解できたとしても信用するかどうかは別だが。
「超振動のようなものに巻き込まれての移動でしたが本来であればそんなことは疑いません。ただ通常ではありえない状態で起きたものでしたし、何よりタルタロスが神託の盾に襲われていることが考えづらい」
「どうしてそのように言えるのですか?」
「私が知る限り皇帝陛下はタルタロスにいらっしゃった。その分警護は厳重でしたからタルタロスを打破される可能性は低い。何より……」
「何より?」
「私は元の世界では養女としてた娘がいました。その娘の名はアリエッタ、ライガに育てられた娘です」
今も肩に手を置いているアリエッタが大きく肩を震わせる。
自分の名前が私の話に出てくるとは考えていなかったようだ。
「一部の魔物と心を通わすことが出来ましたがそのような者が他にいると聞いたことはありませんし、何より彼女は私の娘と同じ名を持ちよく似ている」
瓜二つと言わないのは5センチほど私の娘より低いからだ。
見た時に幼い感じを受けたのは性格から来るものだとしてもこれだけ近ければ背丈の多少の違いもわかる。
「……あ……あの……」
肩に置いている手の下で少し身動きをしたアリエッタ。彼女の話を聞いてあげたいが今はまずいと慰めるために軽く叩く。
それをジェイドに見られているのは知っているがそこは可愛い義娘と同一存在である彼女の気持ちを優先したい。
「では、貴女の名は?私と同じマルクトの将校の制服、その瞳……」
私が言いたいことを予測してはいるだろうが彼は自分から推測を言わない。
だから面倒なことになったんだと事情を知る私は思うが上に立つ者が推測だけで動く危険性も知っているので責めることは出来ない。
彼の行為がすべて間違いであったとは思えないし、軽々しく言うべきことでなかったのは事実だ。
「貴方の想像通りであるでしょうね。私の名は・カーティス、マルクトにおいて大佐として任命を受けています」
「それだけですか?」
名前と地位だけしか言わなかった私にジェイドの鋭い瞳が向けられるが私は大仰な仕草で肩をすくめ。
「他にも何か言うべきだと?私の故郷や幼馴染の話をしろというのでしたら致しましょう。貴方は私とよく似ているが男女の性別の違いは大きいゆえに差異があるとは思いますしね。ただあまり悠長にしている暇もないでしょう」
しばらくとは永遠ではない長く話し込んで六神将に脱出されれば面倒なことになるのは目に見えている。
アリエッタがここにいることで魔物の力を借りれはしないので史実よりも時間がかかったとしてもだ。
「……そうですね。場所を移動しましょう」
ジェイドが納得して多少の移動を受け入れる。離れるか別行動するかを考えるのはその先でと考えているのだろう。
私達の言葉が事実であれば味方となる可能性が高く、偽りだとしても今の現状ならば利用することだろう。そうセントビナーまでは。
「移動って!こいつらが敵か味方かわかんねぇじゃねぇか!」
「貴殿はルーク・フォン・ファブレ様でよろしいでしょうか?」
一先ずの結論に納得がいかないとばかりに叫んだルークへと視線を向けた後にジェイドに話したよりも柔らかく話す。
「ああ、そうだよ。俺はルーク・フォン・ファブレだ」
「ルーク様、疑問は尽きぬことと思いますがもう少し落ち着いた状況となり次第に説明させて頂きます。今しばらくのご辛抱を頂けませんでしょうか?」
肯定の言葉を聞いてから謝罪と共に頭を下げれば、ルークは一度口を閉じた後にそっぽを向き。
「っ……チッ、しょうがねぇな」
彼の態度に可愛いものだと思っていたが視界の隅で舌打ちをしたルークをマリィは驚きの表情で見つめているのが見えた。
私達の世界のルークは貴族としての教育を受けた典型的な高貴なお方な振る舞いだったから人前で舌打ちなど考えられないだろう。
「ルーク、大丈夫か?」
「ああ、問題ねぇよ。ガイ」
気づかってルークへと声をかけたガイだがそれを見ていたマリィが首を傾げる。
「ルーク様とお知り合いなのですか?」
「それは」
「ガイは俺ん家の使用人で俺の世話係だ」
マリィの問いかけにガイが返答に詰まったがそれをかばうようにルークが前に出て彼女へと告げた。
実はその助け舟は泥舟としかならないがルークは親友兼世話係のために頑張った彼は悪くはない。
「ガイが使用人?ルーク様の世話係?……まぁ」
思ってもいなかったのだろう単語にマリィが口元に手を当てた。
これが普通のご令嬢であればショックを受けて気絶をしてしまうかもしれないと心配になるところだが今、心配すべきはガイだ。
死別したのは幼い頃なので姉であるマリィのことをどれだけ覚えているのかはわからないが、思い出とは美化されるもの。
私が知るガルディオス伯爵であれば現在のマリィを目に入れれば青ざめて自分に被害がないように逃げ出すことだろう。
「マリィ、貴女も疑問は尽きぬこととは思いますが後ほどに」
「そうでしたわね。申し訳ありません。
ここで話し続けるのは危険だと言ったばかりなのでマリィの一言声をかければ謝罪されたので首を振る。
彼女達が会話している間にジェイドはイオンにアニスが落ちた親書を追って船窓から落ちたことを聞き、セントビナーへと向かうことを決めたようだがアリエッタと私達がいるからかセントビナーへと向かうことは言わない。
「さぁ、出発しましょうか」
イオンとの会話を終えたジェイドがこちらへと振り返る。
ティアはイオンの護衛なのかイオンの隣に立っていて、こちらの会話には加わっていない。
ローレライ教団の神託の盾に所属する人間としては正しい判断だろう。
「出発?そちらさんの部下は?まだこの陸艦に残ってるだろ?」
「生き残りがいるとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから」
「……何人、艦に乗ってたんだ?」
皆殺しにされたという予測をたてているジェイドの言葉にルークが低い声で問うた。
他者を気にしない人間であればこんな問いかけなどしないだろう。判りづらい優しさの形が此処にもあったようだ。
「今回の任務は極秘でしたから常時の半数――」
赤い瞳がこちらを見る。ああ、これは……
「140名ほど乗っていたのですね」
答えは間違っていなかったようでジェイドが頷く。
「百人以上が殺されたってことか」
「行きましょう。私たちが捕まったらもっとたくさんの人が戦争で亡くなるのだから……」
ティアの声を直接聞いたのははじめてかもしれない。
ユリアの再来と謳われるメシュティアリカ、人々の不安を取り除くために大譜歌を歌う少女、
本当によく似てはいるが何処か硬質的な響きの声に私の知る彼女との違いに目線を伏せる。
俯いた先に映る桃色の髪の少女はこの世界では孤独に泣いたのだろう。
「アリエッタ、行きましょうか」
「あっ……」
肩から手を外して彼女の手をとるとアリエッタは抱えていたぬいぐるみを慌てて開いている左手でだけで持った。
私の左隣がアリエッタ、後ろをマリィが歩く。今は魔物がいないけれど出てきたらマリィにアリエッタを見ててもらおう。



本来での形でもそうだったのかは忘れたがイオンが立ち眩みを起こしたのか身体をふらつかせ。
「イオン様っ!」
アリエッタが一番に声をあげたのは幾度も後ろを歩く彼を見ていたからだろう。
私の手を振り払うようにかけ出した。本来の捕虜であればそのような行動をとった時には殴ってても止めるべきだ。
だというのにこの手を放してしまったのは私は感情によって動いたという証で軍人失格だ。
「おい、大丈夫か?」
アリエッタが支えるのが早かったために膝をつくまではいかなかったらしく青ざめた顔でアリエッタとルークに微笑みかける様子が見える。
どんな形であれどアリエッタにイオンと触れ合わせてあげたいというのはただの感傷でしかない。
「こちらのイオン様、お身体がお悪いのかしら?」
少し離れた場所でルーク達のやり取りを聞いているとマリィが隣に来て小声で話し出す。
元の世界ではしばらく病気治療のために導師イオンの姿が見えなくなっていた時期があったのでこちらのイオンは完治していないと認識しているようだ。
「難しい病気でしたから……これは」
聞こえてきた足音に来た道を振り返れば現れた神託の盾の姿がある。
「あら、剣もないのに」
「やれやれ、ゆっくり話している暇はなくなったようですよ」
買い物に行くのに財布を忘れてしまったかのように少しばかり困ったといった風情に呟くマリィと槍を出現させ構えるジェイド。
確かに作戦時に彼女の腰に帯びていた剣の姿はない。休憩していたので外して脇に置いていた為に持って来れなかったようだ。
私は部下から報告を聞いたりしていたので帯びたままだったので腰の剣を渡す。
「でしたら私の剣をどうぞ。馴れていないでしょうがないよりはマシでしょう?」
「ありがたく使わせて頂きますわ」
「姉上?」
神託の盾の出現に構えていたガイが姉の姿に意外そうにしているがもしかしてマリィが戦えることを知らないのだろうか。
「に……人間……」
「ルーク!下がって!あなたじゃ人は斬れないでしょう!」
「逃がすか!」
ルークに下がるように言ったティアの声に反応して神託の盾が駆け出してくる。
下がるように言った言葉が逃げ出す合図とでも思われたのかもしれないが、ルークに向かっていくのは頂けない。
「貴方がたのお相手は私がしましょう!」
確か封印術によってジェイドは弱体化しているので私が一番に動けるはずだ。
「あら、独り占めはパーティで嫌われますわよ。
ルークを庇うために前へと出て神託の盾の兵に切り込んでいった私の後を追ってきたのはマリィで私の左横を抜けていく。
それに続くガイだが彼女の動きを見ると今のガイよりも彼女のほうが強いのだろうことが推測できる。
姉弟での連係攻撃は姉マリィベルがガイを補佐する動きを混ぜていた。本人でなくとも弟として扱う気なのだろう。
イオンはアリエッタとジェイドが守っているようで任せることにしたがルークの守りはないのでカバーに入ってはいたが敵が途中から私狙いになってしまったせいで離されてしまった。
「ルーク、とどめを!」
「マリィっ!ルークを」
神託の盾が片膝をついたその隙を責めるように告げるジェイドの声に咄嗟に振り返り、ルークの近くにいたマリィへと声をかけるがそれよりも先にマリィの剣は振るわれていた。
「はぁっ!」
ルークの剣が空へと舞うと同時にルークの前にいた神託の盾の兵を切り捨てる。
「ひっ!」
目の前で斬られ崩れ落ちて倒れ込んでくる兵をルークが悲鳴をあげて突き飛ばす。
最後の兵を私自身が倒して周囲の様子をうかがうふりをして視線を彼からそらした。
こうならないように守るつもりであったというのに、本当につもりになってしまったことに唇を噛み。
パアァンッ!
大きな音に振り返れば右手を思いっ切り振りきった様子のマリィと左頬を抑えて尻餅をついているガイの姿、抑える頬がみるみると赤くなっていく。
「あっ、姉上?」
「何を!」
ガイの戸惑い、ティアの非難の声など無視をしてマリィはガイを見ているようだ。
私が居る場所からは彼女の背中側しか見えないがその肩が震えている。
貴婦人の鑑のような彼女がこのような振る舞いをし、今も感情を殺しきれていない様子に驚く。
「ガイ、貴方は何なのですか?」
だというのにその声に一切の感情を感じられない静かなものだった。
「いったい……」
「貴方はルーク様のお世話係だそうですね?」
静けさに包まれる惨状の現場。彼女の雰囲気に飲み込まれでもしたのか誰も口を開かず、問われたガイすら頷くだけだ。
「それは護衛も兼ねているのよね」
またもガイが頷いたが……
「であれば今回の戦い方は何ですか?」
「今回?」
「言わなければ解りませんか?護衛だというのであれば守るべき方を危険に晒すような戦い方を何故したのです。貴方に何か考えがあるというのなら聞きましょう」
右手に剣を持ち、左手に鞘を持って真っ直ぐに立つ彼女は返り血を浴びていてもその美しさを損なってはいない。
いや、返り血を浴びているからこそ彼女のその言葉に重みを増す結果になっているのかもしれない。
「それは、敵の数が……」
「ええ、私達よりも多かったわ。ですが半分近くをカーティス大佐が請け負ってくれていましたのよ?言い訳になると思ってるの」
「……」
実の姉ではないとはしても姉と瓜二つの彼女からの叱責にガイが俯く。彼女の指摘が間違いだとは言えないからこその態度であるのだろう。
マリィの顔の角度が変わったお陰で彼女の表情が見えたが能面のように青ざめている。
「ルーク様、申し訳ありませんでした。世界が違ったとしても私の弟の責は姉である私にもあります」
責任があると告げる彼女がルークを助けるのに間に合ったのは彼女がルークの護衛として動いていたからか。
「……俺は気にしてねぇ。あんたが助けてくれただろうが」
深々と頭を下げて謝罪するマリィにルークが首を振り彼女の言葉を否定する。
「お優しいお言葉をありがとうございます。ですが、ルーク様はお気にするべきなのです。大事な御身が傷つくことは国家の大事であり、ひいては世界の大事となります」
「わけわかんねぇこと言うなよ。国家はともかく世界って何だよ?」
あれ?何だか重要なことを彼女が口にしようとしている。でも、このタイミングで止めると怪しすぎる。
この面々ならば人には話したくないことがあるとか言えば沈黙できそうだけどマリィが納得しないだろうしね。
「貴方様はローレライと同じ振動数を持つ稀有な方。貴方様のお力でローレライを開放し、世界を救う道を世界は歩むことになるのです」
マリィの爆弾発言にジェイドの瞳は見開かれ、ティアの「うそっ」と小さく呟いた声とか。
「ルーク!凄いです」「ご主人様、凄いですの!」と何やら褒め称える声が聞こえ。
「ルークの振動数がローレライと?」
「なっ、何だよ!そのローレライって驚いてないで説明しろっ!ガイ」
未だに座り込んだままのガイにルークが叫ぶ。
この場で冷静なのはイオンのこと以外に興味を示していないアリエッタだけかもしれない。
私といえばマリィがあっさりと話したことによる説明をどうするか考えつつ。
「ここを離れませんか?話は歩きながらでも出来るでしょう」
落ち着いて話せるところを見つける暇などなさそうだと諦めて出発を提案する。
ルークの悩みが一先ずは吹っ飛んだようなのは喜ぶべきか否か。
今回のことがマリィとガイの確執にならなければいいがと私自身の悩みとは関係ないことを考えながら出発した。



この世界のヴァンと出会った時に彼の態度に怒りのあまり剣の柄に手をかけていた彼女は恐ろしかった。
弟に厳しいが夫にも厳しいらしいと友人についての知識が増えたがあまり増えてほしい知識ではなかった。
私と彼女が無事に元の世界に帰れるまで、私の心が本当に休まる日はないのかもしれない。




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