「に」と「ね」の違いは大きいようです
今日も今日とて起きれば修行が待っている。辛いという気持ちは4年余り修行を続けてはいるが消えてはくれない。
小宇宙なる不思議パワーが自在に使えるようになったところで闘いたくない私には不必要なものだ。
それを正直に師匠に言えば何が起きるのかは明白なので言わないし、アイザックに言っても明白なので言わない。
痛い目を見るとわかっているのに馬鹿正直に闘いたくないとか言うのはまさに馬鹿がすることだ。
聖闘士を目指す者としてはずるいかもしれないが目指していないから大丈夫。女神様に忠誠を元から誓ってないからね。
こんなことを考えているとは知らない我が師と兄弟弟子達と今日も修行をするためにベットから起き上がり、いつものように着替えるために服をだし上の服を脱いだところで違和感に気付いた。
めくった服で擦った胸が何だか痛いと確認すれば膨らみ始めた乳房が見えた。
この身体は12歳で確かに以前のことを考えればこの頃に膨らみ始めたような。
「いやいや、男だったよね?」
男の子になって4年目、嫌でも毎日見ていた男としての証を見ようとして下を恐る恐る覗き込む。
慣れたとはいえやはり他人の身体なのでいつもは見ないようにしていたそこには無かった。
「……戻った?やっ……」
女に戻ったのだとしたら嬉しいと喜びの声をだそうとして慌てて口を閉じる。
気がついた部屋は男の子をしていた頃と同じカミュに与えられた部屋だ。
つまり男の子として生活していた場に女の子としての自分がいる。
修行している間にのびた髪はそのままなので性別だけが変わったとしても普通はありえない。
二度目な自分は変とは思いつつも性別だけでも戻ったのだと考えれば喜ぶことだと考えたがカミュ達にとってはそうではない。
ここは何食わぬ顔をして着替えて修行の場に行くべきだ。一応は布か何かで胸をおさえて……
「、おはよう!起きて……る……か?」
「ひっ、ひゃああぁぁぁ!」
いきなり開いたドアに飛び上がる。
相手は見慣れた人間ではあるが見られてはまずいと考えていた一人だ。
兄弟子アイザックはばっちりと見てしまったのか私の裸の胸を見ている。
「、アイザック!どうし……」
光速の動きを可能としているという我が師カミュはその力をいかんなく発揮して声が私の悲鳴が消えるか消えないかといったところでアイザックの後ろに立った。
そうしてアイザックと同じように瞳を見開きその視線は私の……
「へっ、変態っ!」
慌てて今だ手に持っていた服を胸に当てる。
まだ11歳の少年に見られたことは仕方がないと諦めるとしても17歳であるカミュはダメだ。
私自身の精神は大人だし、身体はまだ12歳だがいきなり男性に裸を見られたという生理的嫌悪感に涙が浮かぶ。
「待て、!このカミュ、変態ではないぞ」
カミュが私の身体の異変を訊ねるより先に変態疑惑を否定した。
常にクールでいろと色々な意味でかっこつけている17歳の少年に変態という言葉は重かったようだと思考の隅で反省しておく。
だが、否定するより先にカミュは扉を閉めるべきだと思う。
「カミュ先生、何が?」
「氷河、来るな」
アイザックが氷河を止めた。兄弟子が姉弟子になりましたという緊急事態のことの成り行きがわからないから間違いではないかな。
そうは思いつつもちょっとばかり傷ついて下を向く。
「アイザックもがどうかした……」
止まった言葉に氷河も今の私を視界に入れたのだろうとため息をついた。
「カミュ先生、アイザック。に服を着てもらったらどうだろう」
氷河の言葉に視線を上げて扉の方を見ると氷河は2人の方を見ていてこちらを見ていない。
服で胸を押さえているから彼は私の異変に気付かなかったのかな。
それにしては少しとはいえ言葉が止まったのはおかしいか。
「そうだな。すまなかった」
「俺も悪かった」
カミュとアイザックの謝罪が聞こえた後に扉が閉まった。
氷河がくれたチャンスだと慌てて服を着替える。いつもと違って上着は二枚着込む。
髪を梳いたりする時間はないが4年で長くなった髪はそのままにしておくと鬱陶しいので手で簡単に梳いて紐で括る。
ここには髪ゴムなどという便利アイテムは存在しないので紐で髪を括るのも馴れたものだ。
「、大丈夫か?」
準備が整ったところで扉を叩く音が聞こえ、氷河が私へと声をかけてきた。
「大丈夫」
返事を返して私が扉を開けて部屋の外へと顔を覗かせればまだ少年の柔らかさが残る顔をした氷河。
アイザックのほうは成長が氷河より速いのか頬の輪郭にだいぶシャープさを感じさせるようになった。
「氷河、さっきは助かったよ」
感謝の気持ちを込めて微笑むと氷河が頬を赤くした。
こうして感謝の言葉などを言うと彼はよく照れるので照れやなのだろう。
「別に、気にしてはいない。師カミュとアイザックは居間のほうにいる」
「そう……行かないとダメだろうね」
この事態を説明しなければ彼らは納得しないだろう。
彼らに説明できるようなことを私自身も知っているわけではないので正直なところは逃げ出したい。
その思いが口から零れ落ちてしまったが氷河はそれを咎めようとはせずに私を黙って見つめてくる。
青い澄んだ湖面のようなその瞳に映る私は笑おうとして失敗したような奇妙な笑みを浮かべていた。逃げたいという気持ちがさせている顔だ。
「心配要らない。師カミュもアイザックもがどんな姿になろうとも受け入れてくれる」
氷河の手が私の手を握り、力強くそう言ってくれたが私としてはそれは無理ではないかと思う。
男だと思っていた人間が女となってしまったと聞いたら普通の人は態度が変ることだろう。
出来ることならあまり関わりたくないと無意識のうちに考えても責められることではないのではないかと思う。
私だったら師や兄弟弟子達の性別が急に変わってしまったらと想像する。
カミュや氷河なら女の子になっても問題なさそうだ。アイザックは少しばかり目付きが悪いがこれも許容範囲かもしれない。
……あれ?意外と性別変わるぐらいは問題なさそうな気もしはじめてきたのは何でだろう。
「氷河」
「何だ?」
カミュに憧れでもしているのか口調がどんどんと男らしいというか硬い口調になっていく兄弟弟子達。
普段は可愛い顔なのに勿体無いとちょっと残念に思ったものだけどこういう時には頼りになりそうに聞こえるものだ。
「ありがとう」
近頃、身長も伸びてきた弟弟子は自分より少し背が高い。
最初は私のほうが高かったのに今では四人の中で一番チビなのは自分だ。
まだまだ成長すると考えてはいたが身長伸びる前に性別が変わったのは残念かもしれない。
この先も女のままであるのなら年下の兄弟子と弟弟子に身長は抜かされたままになるのか。
そんなくだらないことを考えた自分に笑えて、それが表情に出てしまったのだろう氷河が戸惑ったように目を瞬かせたので私はその頬を両手で包み。
「氷河、君が私の弟弟子でよかった」
すべらかな頬から手を放して私はカミュ達がいる居間へと向かう。
その後をだいぶ遅れて続く足音、何かあったのだろうかと思わず首を傾げてしまったが、居間に入った時に窓の外を見つめて話すカミュと壁に向かって座るアイザックの姿に氷河の少しばかりおかしい態度などすっかり頭から飛んでしまった。
変態って言われたことで頭がどうかしたとかだったら責任を取るべきだろうか?と、実はかなり本気で考えてしまったのは私だけの秘密だ。
アイザック視点
修行を開始する時間よりいつも早めに出てくるが家から出てこずもしかして病気ではないかと心配になり様子を見に家へと戻った。
珍しく寝坊しているのだとしても起こしてやるのは兄弟子としての優しさだろうと元気よく扉を開けたら弟弟子が妹弟子になっていた。
僅かに膨らんだ胸は女の子はそういうものだとカミュ先生に教えてもらった記憶がある。あるが、どうしてがそうなるのかは理解できない。
着替えようとしていたのか右手には服を持っていたが左手は自分の胸にあてそれを見つめていたはどこか戸惑っているようにも見えた。
男である自分が胸が膨らみ始めたら戸惑うだろうなっとの戸惑いに賛同していると我が師カミュがまさに光速の動きで駆けつけた。
これでこの場は何とかなると人任せにしようとした罰か……。
「へっ、変態っ!」
の目尻にじわりっと浮かんだ大粒の涙。今にも毀れそうなその涙と責めるような視線に怯む。
どれほど厳しい修行をしていても泣いたりした姿を俺は見たことはない。だからこそ、その涙は俺の心に響いた。
変態ではないと否定する師のどこか必死な姿に普段のクールさの欠片もない気がするのは気のせいか?いや、気のせいのはずだ。
そう考えていた自分の耳に届いた氷河の声に氷河にまで見られては不味いと何とか彼に声をかけたはずだが、普段とは違う様子に氷河は来てしまい今のを見てしまった。
だが、俺達とは違って氷河はすぐに立ち直ったのか彼に促がされて何とか師カミュと俺は扉を閉めた。
氷河に居間で気持ちを静めるように言われて頷いて歩いていく師の背中を見つめる。
「あっ……素顔を見てしまった」
呟いてしまったその言葉に我が師カミュが絶望の表情を浮かべて振り返った。
聖闘士の女性は女を捨てるために仮面を身に付けており、その素顔を見せることは裸を見せることより屈辱的なことであり見られた場合はその男を愛するか殺すかの選択だけだという。
つまりは師カミュ、俺、氷河のうち三人を愛するか殺すかを選択するということか?不可抗力だと言いたいが掟は掟っか。
……が女の子であったというのなら師には仮面を用意するように言わないといけないだろう。
「仮面は必要ですよね?」
「……は男のはずなんだが」
そう呟いたカミュではあるが一応は準備しておくかと呟いたのが俺の耳に届いた。
今後、どうすればいいのか見当もつかないが一先ずはの素顔を見ないように気をつけるしかない。
そう考えた俺がが部屋に入ってきた時に壁を見続けたのも無理はないと思う。
カミュ視点
修行が厳しいのか私の元に来る子ども達の多くが逃げ出した。
数人弟子とした中からアイザックが残り聖域からもう一人の子どもを弟子とするように言われた。
小宇宙に凍気をまとっているからと連れてこられた子どもは冷めた瞳をする子どもらしくない子どもだった。
聖闘士となるために連れてこられた子どもの多くが辛い過去を持っていることが多いが、
彼の場合はその過去をまるでなかったことのように振舞いながら姉の名を名乗るという矛盾した行動。
その矛盾さゆえに危うい彼の小宇宙は不安定に揺らぎ修行をしても小宇宙は大きくなるのに小宇宙は安定しないという聖闘士として不安が残る成長をしている。バランスよく成長しているアイザックや氷河が才能に恵まれているのだろうか。
いや、才能だけでいうのならばとて負けてはいないのだ。確かに凍気を感じさせる小宇宙であるがはムウと同じ超能力に才があるように思う。
自分とて多少は使用できるが彼の才能を開花させるほどに指導出来てはいないのではないかと、いつも不安を感じていた。
そんなものを感じていると弟子に悟られるのはクールではないので何でもないように振舞ってはいたがのことは常に正しい修行を模索していた。
なので、聞こえてきたの悲鳴にしては少々高いその音にかけつけて彼女を見た時に一番に感じたのは小宇宙が安定しているという安堵感だ。
よかった。ちゃんと弟子は成長して立派な聖闘士になれるという満足感で満たされた私の耳に届いた変態というその言葉に安堵感や満足感は一気に吹っ飛んだ。
傍から見ればまだ大人のなりきれていない少女の半裸を見つめる男だとは認める。認めるが私は変態ではない。
その必死な想いを伝えようとしたが心なしか弟子達の視線の温度は低い……クールになれ、クールになるんだ。
女に涙を溜めた瞳で見つめられるのは堪ったもんじゃないと言っていたとある蟹の言葉に心底同意したい。ヤツは違う意味で言っていただろうがな。
弟子の半裸を見て、涙目で変態と詰られるのは堪ったものではなかった。私の中で色々なものが崩れていくような音がしている気がする。
素顔を見てしまったという呟きにアイザックを振り返った自分の頭の中ではに涙目で刺されている状況が浮かんでいた。
実力差があるとか、聖闘士は武器を使わないとかそういう常識はなかった……このカミュ、まだまだ修行が足りない。
「仮面は必要ですよね?」
「……は男のはずなんだが……一応は準備しておくか」
アイザックの言葉に仮面が必要かどうか考えて念のために手配をすることにした。
しかし、性別は男と言われていたし、弟子入りさせた当初は裸の付き合いということで共に風呂にも入った。
その時は確かに男であったはずなのに何が起きた?いや、上だけだから下は見ていな……下を見せろと今の状況で言えばまさに変態ではないか。
窓の外に広がるいつもと変わらぬ風景が何故か目に沁みる。
氷河視点
俺にとって二人目の兄弟子はよくわからない子だった。
一つだけ年上なだけのはずなのに彼はいつも冷めた瞳をしていて、それは時にカミュよりも彼を年上のようにも感じさせた。
カミュが言うクールというのがのような振る舞いであるのなら俺には一生無理だと思う。
アイザックはは感情を表現するのが少し苦手なだけだと笑っていたが俺にはそうは思えなかった。
笑うといっても声をだして笑うような笑い方をしないし、不機嫌になったとしても少し目を細めるかその場を離れるかするだけ、
まるで俺と意志の疎通をする気はないように振舞われているようで俺は意地になってとは必要最低限しか話さなくなった。
カミュにはにも事情があるのだと言っていたがが少しでも俺に興味があるのなら自分から話しかけてくるはずだ。
そう思って俺がとあまり話さなくなったのにが気にした様子がなかったことに俺は勝手だけど傷ついていたらしい。
「ありがとう……氷河、君が私の弟弟子でよかった」
それに気付いたのは彼がいつもとは違って唇だけ上げるような笑いではなくてちゃんと笑って俺に礼を言ってくれたからだ。
の瞳に映る俺は間抜け面をしていたけどそれが嫌じゃなかったのは俺はの綺麗な瞳に自分が映りたかったのだと思う。
カミュの話に耳を傾け、アイザックの言葉に頷く彼を見て、そんな風に俺もに自分のことを認めてほしかったらしい。
そうと解ったことと綺麗な笑顔に血が頭に上ってきたので頭が冷えるまで動けなかったんだ。
しかし、肥ったことを気にしているには悪いけど、仲良くなる切っ掛けになったのは俺としてはよかったと思った。
カミュ先生やアイザックに肥ったことで叱られるかもしれないがダイエットに協力しようと俺は誓って三人がいる居間へと入った。
……兄弟子は姉弟子になったという奇想天外な話を聞いて一人固まった。
カミュ先生やアイザックがどうしてああなっていたのか理解したけど、背中だけ見たら丸みを帯びてたから肥ったと思ってもしょうがないと思う。