我が父は鬼王と呼ばれる鬼のうちの一鬼、我が母は人であった。
私に流れる鬼の王と呼ばれた鬼の血は強い神通力を、人の血は流れる血に鬼を狂わす力を与えたが鬼の血は理性を狂わせ、人の血は人と変わらぬ脆弱な身体をも与えた。
鬼と人の血は相容れぬもの、鬼の血は人を求め人の血は鬼を恐れる。
己の中に流れる二つの血はこの身を引き裂く人を喰らえと鬼を殺せと。
どちらの血の誘惑にこの身を委ねたとしても結末同じ。同胞を殺め同胞から追われる生き方。
どちらの血もこの身を救うてはくれず、ただただこの身に流れるのみ。
父とされる鬼王にも興味を示されず、母には近づけば悲鳴を上げられる。
華姫であるがゆえに人の世から鬼の世に引きずり込まれ、あげくには鬼の子を産ませられたのだからその証である私は彼女にとっては恐ろしいものであったのだろう。
繰り返される日々の中、己の存在する価値すら感じることがないままに生きてきた。
無意味な生を歩んでいた私を救ってくれたのは貴き方であった。
父である鬼より与えられた屋敷で狂った母と共に暮していた屋敷の一室で雷鳴轟く空を見上げていた。
今にも振り出しそうなその雨を、暇つぶしに雨音を聞こうと待ち望んでもいた。
だが、待ち望んでいる雨よりも早く天より落ちてきたものがあった。
天より落ちてきた雷(いかずち)が屋敷にあった大木を壊し焼き、荒ぶる炎は鬼を生んだ。
その天より落ちてきた鬼の神々しいまでに輝く金の瞳と炎の如き髪は私を魅了した。
この血の如き赤く濁った瞳に映った素晴らしき方に私は駆け寄り、手が顔が衣が焼けるを気にせずに手を伸ばせばその手を鬼は握り、金の瞳で私を捕らえた。
「天から降りて?」
私は真剣であった。紅い鬼が私にとって目の放せぬ存在であったから……。
「天?……ああ、では俺は天鬼と名乗ろうか」
そして、その行動は正しかったのだ。
鬼は何者かに名を付けられれば名付けた相手に縛られる。
実力差があればすぐさま殺すことも出来ようが多少の差では名の効力のほうが強い。
この美しい鬼が誰の物にもならなかったことに満足した。
焼けた肉体の痛みなどその満足感を消してしまうものではなかった。
「お前は?」
人と変わらぬ弱い身体は徐々に動かなくなっていく。
だが、天鬼と自ら名乗った紅い鬼の問いかけに答えたかった。答えるものなど元より持ってなかったというのに……。
誰かに私の名を強請ればよかったかもしれない。そうしたら、この紅い鬼は一度は私の名を呼んでくれたかもしれなかったのにと残念に思った。
「名がないのか?なら、白紅はどうだ?お前の肌は驚くほど白いくせにその下には紅い血が流れている」
「しらく?」
白紅。そう呼ばれて心臓が高鳴った。
耳に届くほどに自分の心臓は強く高鳴り、同時に名が私を縛るのを感じた。
ああ、そうか。鬼の血の暴走は名がないゆえの物であったのだ。
私の理性を強固なその名の縛りはおおっていき、傷が癒えていく。
確かにこの身体は脆弱ではあったが鬼の治癒力は備えていたらしく名を得たことでそれが発揮されるようになった。
「間抜けだな。生まれたばかりの鬼に縛られるなど」
自らの主である紅い鬼の笑みに私は瞬いた。
鬼は何時の間にか知識を得られているものだ。
誕生した瞬間なのか、名を得た瞬間なのかはわからない。
唯一つだけ私に解るのは名を得た瞬間に私はまた生まれたということだけだ。
「いいえ、唯一の主に出会ったことをどうして疎いと思いましょうか」
この出会いこそが私の生において最も素晴らしき幸運であった。
紅き鬼、天鬼様との出会いは私にとって生の始まりなのだから…――