雪だるま


寒さに朝早くに目が覚めて、その寒さの原因は何なのかと襖を開けた。
昨夜のうちに雪が降っていたようで、その雪は庭に積もっている。
昨日は確かにその雪はなかったのに一夜にして降り積もった雪は、天にある太陽の光に庭を白く輝かせている。
工場も車も無いのだろうこの世界に降り積もる雪は真っ白で寝巻きのままに縁側へと出て腰掛けると積もった雪に素手で手を伸ばす。
今のままに流石に庭にでる気はないけれどもう少し温かい恰好をしたのなら雪だるまを作ったらどうだろう。
少しもべた付かないその雪の感触、その雪を握り雪玉を一つ作り出す。
綺麗に形を整える頃にはいつの間にか自分の手は冷え切って赤くなっていた。
「冷たぁ」
一先ずは雪の上に雪玉を置き、温かくなるように自分で息をその手に吹き掛けていると背後から声が降ってくる。
、貴女は愚かにも程がありますね」
弁解の余地も無いかもしれないが、早朝から人を愚か者呼ばわりはひどい。
ただ何か言っても無駄であろうから睨むように見るだけにしておいた。
「……文句があるなら言ってごらんなさい」
最初の頃であれば無視をしていただろうその視線に近頃は彼はそう返事を返す。
もちろん、此処で文句を言ってもその倍以上の事は言われる。
「別に、何も」
「そう言うのなら、そんな不満そうな顔をしない事ですね」
下手な言葉を返すよりもこの返答の方が白紅の文句は少ない。
人間とはどんな環境でも慣れていくものらしい。
「何をしていたんですか?雪なんて固めて」
「雪だるまを作りたいなぁっとね」
私の行為が気になったのだろう質問に素直に答える。
此処で隠したところで意味も無い。
「雪の達磨ですか?」
訝しげなその視線は、私の言葉を理解していないようだった。
色々と知っている彼なのに逆に人がしている事、特に遊びについてはよく知らないらしい。
「雪玉を転がして丸めて、その上に同じように丸めたそれよりも少し小さい雪玉を乗せるの。
 本当はもっと大きくしてから木炭とかで目とか口をつけるんだけど知らない?」
手に持っていた雪玉を少し転がして見せてから、また小さい雪玉を作って乗せる。
ミニミニ雪だるまの完成ってところ。
「どんな意味があるんです?」
「いっ、意味?普通は子どもの遊びだからないと思うけど……少なくとも、私には無いかなぁ。綺麗な雪で作られた雪だるまをみたいだけで」
完成したそれを両手で持ち上げて見せてみたが、白紅の反応は冷淡なものだった。
手放しで喜ばないにしても、何がしかの反応を見せて欲しいと思うのはワガママよね。
「その恰好で、ですか?」
逆に今の恰好の方が気になるらしい。
「着替えようかとは思うんだけど」
「着替えたとても軟弱な貴女の事です。風邪を引くでしょうから了承できません」
信用がこれっぽっちもない。私は言わせて貰えば人間としては並だと思う。
鬼である彼らが人という常識から外れているだけだ。
、着替えていらっしゃい。その間に朝餉の支度を整えてきますから」
「はい」
仕方が無い。すぐに雪が解けるという事も無いのだから、一先ずは彼の言う通りにしよう。
部屋に戻り襖を閉めて、しばらくの生活で着付けできるようになったので着物を着る。
白紅のように素早くとはいかないまでも、当初よりはまずまずの出来だろうか。
「膳を運んできましたが、着替えましたか?」
その出来を確認しているときに白紅の声が掛かり。
「大丈夫、着れたよ」
見えはしないのに頷いて襖の向こうの白紅へ返答を返せば、襖が開けられる。
「何とか見れますね」
一応は合格という事だろう。
鬼のような、というか鬼な白紅は気に入るまでやり直しをさせるので今回は一回ですんでよかった。
「食べ終わったら部屋に外に膳は出して置いて下さい」
「うん……いえ、はい」
白紅の視線に慌てて言い方を変更する。
実の母よりも白紅の教育方針はシビアだ。
言葉遣いから立ち居振る舞いまで、彼が言うには最低限だと言うのだけれど……。
「では、後に膳を取りにきます」
今日は食事を見てはいかないらしい。
彼が見ているとはしの持ち方から使い方までうるさいのでいないと自分の好きなように食べられて楽だ。
そう思いながら食べ始めたけれど、逆に静かな部屋で一人で食べる事の味気なさを感じる。
「白紅がいるのに慣れてる自分が怖い」
出会いは最悪であったのに、今の自分は白紅の存在に慣れている。
時間で言うのであれば天鬼よりも彼といる時間の方が長いのだから、慣れるのはおかしくないんだろうけどさ。
食事を食べ終わると立ち上がり、膳を持ち上げて運んで襖を開ける。
「……えっ?」
庭に特大の雪だるま。
私と同じかそれ以上の身長があるだろう雪だるまが存在していた。
雪だるまを私が作っていないのならば、誰が作るというのか。
白紅が知らなかった事を天鬼は知らないだろうし、彼が作るとも思えない。
つまり、これは白紅が作ったという事になる……。
「ただ顔は変だわ」
目と口が横に長く、鼻は縦に長い木炭。
適当に書いた人の顔という感じだった。
「どんな顔して作ってたんだか」
思わず、小さく笑ってしまう。あの白い鬼は時折こんな優しさを見せるのだ。
冷たさだけであったのなら恐れ続ける事もできただろう。
けれど、優しさを見せられてしまえばそうし続けることは難しいものだ。