積み重ねる『また』
電脳世界から現実世界へと戻り、時差ぼけではなく世界の違いによる感覚ぼけに違和感を感じつつコンピューターやら何やら大事な機械が置かれている部屋を出ると物音が聞こえた。
一応は独り暮らしではあるけれど鍵は私以外にも持っているので、彼が来たのだろうと音が聞こえたと思われるリビングをのぞいてみるとキッチンで何か作業をしている大きな背中が見える。
「オラトリオ?」
「ああ、時間通りだな。」
声をかければ振り返った彼の手にはティーセットをのせたトレー。
「お茶でも如何かな?お嬢さん」
微笑んだ彼の視線に促がされるようにして視線を向けた先はベランダ。
電脳世界にダイブする前までにはなかったはずのティーテーブルが窓辺に置かれ、その上には赤と白のバラが使われたテーブルフラワーが飾られていた。
「これ、どうしたの?」
ティーセットを運んできたオラトリオに問いかければ楽しげに。
「一緒にお茶でも飲もうと思ってな」
「それでティーテーブルって……」
どういう思考からそうなったのかと不思議に思い首を傾げる。
ティーセットはあるし、紅茶の茶葉もダージリンは常備しているのだから紅茶を飲むだけであれば充分だからだ。
「気に入らなかったか?」
「そういうわけじゃないけど」
「それならいいだろう。さぁ、座ってくれ」
どうして買ったのかを聞けないままに促がされて座れば手馴れた様子で彼は紅茶を淹れてくれる。
元から紅茶のこと知識としてはあったらしいオラトリオだが、紅茶を煎れるうになったのは私と出会ってからだ。
読書のお供として紅茶を飲むことがある私に淹れてくれるようになったのが切っ掛けだった。
「……あれ?」
普段は私一人しか飲まないのだけれど目の前には二つのティーカップ。
「どうした?」
「オラトリオも紅茶飲むの?」
潜入捜査のようなこともあるらしい彼は飲食物を一時的に取り入れることは可能らしい。
彼の弟であるシグナルはエネルギーに変換まで出来るというのだから、この世界の科学力というのは凄いと感心したものだ。
オラトリオ達に言わせると生身の身体でそのまま電脳世界にダイブできる私のほうが常識外っと言われたけど。
「今日は特別なんでな」
楽しげに笑うオラトリオ、今日の彼は楽しそうだ。その理由はティーテーブルを買ってきたことと同様にわからない。
「特別?」
「そうヒントは日付だ」
日付と言われてカレンダーを見るが特別な日付ではない。答えが浮ばずに早々と降参してしまおうとオラトリオを見ると。
「と初めて会った日」
「えっ?」
「今日と同じ日付、君を初めてお茶に誘った」
オラトリオとの最初の出会いである空港でのことを思い出す。うさんくさいロボットだと彼のことを思った私は彼から離れようとし、彼が逃がすまいと私の腕を放さなかった。
「あの時は断わられたが、今日は断わらないだろう?」
彼にしてみれば不審者であり、目の前でいきなり消えた怪しい娘。お互いがそんな第一印象であったはずなのに世の中というものは不思議だ。
「ここに座ってるのだから答えはわかってるでしょう」
「……そうだな」
オラトリオが笑った。豪快に声をあげて笑うのでもなく、守護者としての冷酷な笑いでもないその笑み。
穏やかな笑みであるのにオラクルよりも男性らしいと感じるのは彼とオラクルの普段の印象の違いのせいなのだろうか。
普段とは違うその笑みに調子が狂うと視線を落とし、ティーカップへと手を伸ばして彼が淹れてくれた紅茶を飲む。
「今度は私が淹れるから」
「ああ」
「意味わかって返事してる?」
返答にオラトリオへと視線を戻す。
「俺とこれからも一緒に居るってことだろう?」
「違うっ!また一緒にお茶を飲もうという意味で言ったの」
彼の言葉に照れそうになるのでそれを隠すためにも強めに睨めば。
「これから俺達は『また』を積み重ねていくのだから間違いじゃない」
その言葉を違うとは言えず、何て言おうかと頭を悩ませる。
「間違いじゃないけどさ」
「だろう?」
いっそうのこと開き直ってしまえとそう言えばオラトリオが当たり前のように肯定した。
「もう、そういう恥ずかしいことばっかり言って」
頬に熱を感じる。
「俺の正直な気持ちだからな」
彼のその言葉ににもっと熱を高めさせられたけれど、それは何処か心地良い熱さだった。