こんにちは、世界


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ファブレ邸の中庭にある陽だまりにティーテーブルと三脚のイス。
テーブルの上には焼きたてのマフィンと華やかな香りを漂わせている紅茶はたった今、淹れたもの。
私の瞳には紅茶に負けない鮮やかな朱と深い紅が風で揺れていることが嬉しくて笑みが零れる。
「ふふふ」
幸せで、幸せで私は締まりのない顔で笑っていることだろう。
「ねー?」
「どうした?」
不思議そうに私を見つめる二人に私は笑みを深める。
普段は笑顔と仏頂面だというのに、何かあった時にはよく似た表情となる双子よりも近しい彼ら。
紅茶を淹れるという役割を果たしたティーポットを置いて。
「幸せなの」
言葉に表せないほどに私は幸せだ。温かな想いだけが私の中にある。
「今、この時が永遠に続けばいいと思えるほど……」
「それは困るな」
私の願いに言葉どおりに僅かに眉を寄せた困ったような表情となったルーク。
「どうして?」
かつてアッシュと呼ばれていたルークのその髪は今は手入れがされてあの頃よりも艶があった。
王族の証である赤、この場に居る三人の中で最も濃い色をした彼はいつか王となる人間だ。
「止まってしまったら何も出来ないだろ? まだ俺は、俺達は出来ることをすべてしていない」
「もう充分だと思うけど……」
二人が居なければ預言によって世界は滅びていたのだ。
世界を救っただけでもルウとルークがしたことは人が出来ることの一生分以上だと私は思う。
「ねー、ルークはナタリアと結婚したいんだよ」
「なるほど」
確かに子どもの頃からの初恋を大事に抱えてきた二人が結ばれないままに終わるのは悲しいことだ。
それに王家に入ってしまう息子のために親として最後に出来ることだと、婚礼のための準備にファブレ公爵夫妻の入れ込みようはすごい。
ルークの知らないところで歴代の王族の中で一位を争うほどに盛大な式になりそうな気配がしてる。
花嫁であるナタリアの希望も取り入れるようにとは私から助言したので、蚊帳の外なのは彼だけだ。
気づいた時が楽しそうだとルウが言ったので内緒にしているが、悪いことではないのでいいだろう。
「なっ!馬鹿か!も頷くな」
照れて頬が赤くなった顔で怒鳴られても迫力なんてない。
「馬鹿って言うほうが馬鹿」
「子どもの喧嘩か」
頬を膨らませてルウは怒鳴ったルークへと言葉を返したが、内容のためにルークの勢いは落ち着いた。
「子どもじゃない」
逆にルウのほうが子ども扱いされたとご機嫌が斜めになったみたいだ。
「お前は十年も生きてないだろ。ルウ」
「身体はアッシュと同じ!」
それぞれの言い分は平行線のため、決着はつくことがないだろうし二人の喧嘩が発展して決闘ごっこになってしまったら堪らないと私は口を挟む。
「二人共、紅茶が冷めてしまうよ?」
今日はお茶会なのだと睨み合う二人にそう声をかけて、私は自分の紅茶が入ったティーカップを手にとってて飲む。
「「……」」
無言のままにそっぽを向いた二人のタイミングはまったく同じで、思わず笑ってしまいそうになった。
ここで笑ったら矛先が私のほうに来るだろうと笑いを飲み込み、マフィンに手を伸ばしたルウがマフィンを食べる様子を見つめる。
甘い物が好きなルウの頬が嬉しそうに緩むのを見ているだけで私も幸せな気分になる。
、ルウに構ってばかりいないで自分の子どもや結婚とか考えないのか?」
流石は生粋の貴族といったところなのか言葉遣いはともかくとして紅茶のカップを持つその姿は様になっている。
「あら、『お兄様』は妹が嫌いなの?」
対外的には私はルークの妹でありルウと私は双子とされている。ファブレ公爵夫人であるシュザンヌが公式の場にもあまり姿を現さなかった理由が、身体が弱いだけでなく預言になかった双子を産んだからだとされたのは正直なところ驚きだった。
ルークのレプリカであるルウだけでなく、私まで気にかけてくれる彼女のことはこの世界の母親なのだと素直に思うことが出来る。
「俺をからかうな」
元から鋭い目を鋭くしたルークの隣で口に入ってたマフィンをルウが飲み込み。
「ガイがうるさいからだよね」
「ガイが?」
楽しげな表情のルウ、どうしてそんな表情になるのかわからない。
ガイはガルディオス伯爵となったことで、もうファブレ家には仕えていないのだからそこの家の娘が嫁ぐかどうかなど関係ないだろうに。
「お前とガイは付き合ってるんだろう?」
「何それ?」
「違うのか?」
二人揃って首を傾げてしまった。ガイが護衛として仕えていた頃には頼りにしろっというようなことを言われたことはあるが、ルウの身体の中に居たのだから当然のことながら男女の仲ではなかったし。
「次のマルクト訪問の時は俺だけでなく、ねーも来たら?」
「私も?」
世界を救った英雄としてルウ達は世界に知られているが私は世間に知られていない人間だ。
彼らが旅をしている間は病弱な母親と共にファブレ邸に居たと思われている。実際にはルウの身体の中に居たので一緒に行動していたのだけれど。
「難しく考えなくいいよ。ガイ達がねーに会いたいって言ってただけだし」
「ガイ達?」
「ピオニー陛下とかジェイドが会いたがってた」
共に旅はしたが大佐とは仲が良いとはお世辞にも言えないし、ピオニー陛下と接触したのなんか数えるほどだ。どうしてそんな彼らが私と会いたがるというのか。
ガイだけならいいけど他の人に会うとか正直なところ嫌だ。ルウがマルクトに行くのは国同士の外交のためでもあるので同行したら人に会うのは避けられないだろう。
「その仏頂面は止めておけ」
「元からこんな顔だから」
「はぁ」
ルークはわざとらしいため息をつくとマフィンを手にとり食べはじめる。
「ねーは外に出たくないの?」
「二人を待つにはここがいいもの」
忙しいルウ達だが帰るところはこのファブレ邸で、休みの日であればこうして私との時間をとってくれる。
もしも別のところで私が暮すようになれば、こうした機会は少なくなってしまうことだろう。
、そんなことだから父上達に心配をかけるんだぞ」
「心配?」
父上達ということはお母様も私について何か心配しているのだろう。
ファブレ公爵が要らぬ気苦労を背負い込んでもどうでもいいけど、お母様に心配をかけてはダメだ。何かしただろうかと思い返してみたがすぐには思い浮かばない。
「お前、俺達がいないと笑わないんだってな」
「そんなことはないと思うんだけど、どうなんだろう?」
心配をかけてしまうほどに笑わなかったのだろうか?
自分のことなので二人がいない時にはどんな風な表情をしているかなどの記憶はない。
頬を手で揉みながら二人がいない時には笑顔を意識しようと考えていると。
「ガイが来た時は笑ったらしいけど」
「ああ、伯爵になったっていうのに私の世話をやこうとするからね。世話役ではもうないのに」
ガイがマルクトからキムラスカに来る時はマルクト皇帝の使者として来ることが多く、王宮に行くことのない私と会う機会は彼がファブレ邸に訪ねて来るときぐらいだ。
かつてとは違って客分として訪れることに最初の頃は戸惑っていたようだが、仕方がないことだとでも思ったのか今では戸惑う様子は見せない。
それだというのにルウに仕えていた頃の癖なのか私に茶を注ごうとしたり、欲しい物を聞いてきたりと細々とした世話をやこうとするのだから可笑しいなものだった。
「なぁ、ルーク」
「何だ。ルウ」
私がガイのことを思い出している間に二人はこそこそと何事かを喋っている。
どんな話をしているのかと気になるけれど二人が仲よくしているのを邪魔はしたくないと聞くのを我慢する。
「世話役として世話やいてるわけじゃないと思うんだけど?」
「だろうな。がわかってないのはガイがヘタレなせいだろ」
何故だか鼻で笑ったルークだが、ルウが怒っていないので鼻で笑った対象はルウではないようだ。
「それにわざわざキムラスカから出す理由もないしな」
「……ルークってさ。シスコンってヤツなんじゃないか?」
「お前には言われたくない」
声量が急に上がったルークへと視線を向ければ彼はルウを睨みつけている。
仲良く話していたはずが何故だかまた喧嘩へと発展しそうになっていた。喧嘩するほど仲が良いとはいうけれど、こうも頻繁だといかがなものだろう。
「ねーとルウは一心同体だからいいのっ!」
胸を張っていきなりの宣言に私は理解できずに二人を交互に見つめ。
「お茶のおかわりは?」
譜業によってまだ温かいお湯が入ったポットを手にして聞く。
「いるっ!」
「もらう」
声の調子は違っても了承の言葉に三人分のお茶を淹れるための準備をしながら、また言い合いをはじめてしまった二人の様子に笑う。
陽だまりの中で朱と紅がある。それがどれほどの奇跡なのかと知っているのは私だけだとしてもこの光景を得るために尽力したのは私だけではなかった。
世界をルウを通してでしか見れなかった私に、この世界を様々な面を見せてくれたのはそんな人々だ。
陽だまりを作り出す太陽をかざした手の隙間から仰ぎ見た。煌々と輝くその光は私の知る世界の太陽と同じように世界を照らしている。


さようなら、私を育ててくれた世界。

「こんにちは、世界」

私はそっと呟いた。





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