試練?
とある鍾乳洞、そこは死者の穴と周辺の住民に呼ばれる不吉な場所だ。今、私はその鍾乳洞の中に入っているがそこに足を運んだのは自分の意思じゃない。
はじまりはカミュが預かっているキグナスの聖衣争いから私は外され、他の聖衣を得るための試練をするようにと彼に告げられたからだ。
アイザック達と試練として戦わなくていいほうがいいし、聖闘士になれないのなら万々歳。もちろん、そんな本音はカミュに言えないので渋々ながら聖衣を得るため鍾乳洞を探索することになってしまった。
一般の人は入れないほど危険な鍾乳洞に一人で行けって聖闘士になっていない私には厳しすぎると思うんだけどね。
「懐中電灯だけだとかなり暗いし」
近くの村の人に聞いた限りではここは鍾乳洞であるが底には水が溜まっており、その水は冷たく奥へと行けば海水が混じっているというが、足元が濡れていて滑りやすく心積もりないままに水へと落ちれば冷たさに心臓麻痺を起こしたり、すぐに上がれなければ身体が動かなくなることだろう。
この鍾乳洞はつまりは海底洞窟でもあるというわけだが光源が私が手にしている水中でも使える懐中電灯だけなのは心許なく、何かあっても見落としそうな闇が続いている。
ここには聖衣があるはずだという話だけど、シベリアよりは断然マシではあるがここはかなり肌寒いし闇が広がっていて気が滅入る場所だ。
「どうして、こんなところに聖衣を置くかなぁ」
一人きりなので気持ちを落ち着かせるためにも独り言を言いつつ進むが、声が反響していてちょっと怖い。
立ち止まって前方の暗闇を懐中電灯で照らし、その先は狭くなっていて今まで以上の悪路となっていることが確認できた。
「めちゃくちゃ帰りたい」
でも、無傷で聖衣を持って帰らなかったら叱られるだろうとは想像できる。
出来るだけのことはやろうと心の中で泣きながら奥へと進み、屈んでしか通れない狭い通路もびしょ濡れになりながら進む。
私としてはこれだけでも充分過ぎるほどの苦労だと思うけれど、聖衣が入っているパンドラボックスの姿は見えないままに行き止まりとなってしまった。
「これは嫌でも水中に入らないとダメか」
息を充分に吸ってから小宇宙を高めてから冷たい水の中へと入る。
小宇宙を高めることで冷たいという感覚しかないが、本来であれば痛いという痛覚をともなうだろうほどの冷水だ。
地下水の透明度は高く懐中電灯の灯りを遮らずにかなり先のほうまで照らすことが出来た。
「……」
何度か水面から顔を出すことが出来たので息継ぎは出来たものの肝心のものは見つからないまま水温が徐々に上がっていくことから海水が混ざってきたらしいことに気がついた。
この洞窟にあるという話だったので、海のほうまでは行かないはずだよね。
そろそろ息継ぎが出来るところがあるといいんだけどなさそうだから一旦戻って……
「っ!」
戻ることを考えていたところにいきなり強い水流に巻き込まれて止めていた息が漏れそうになると同時に懐中電灯を手から放してしまった。
一瞬、混乱したものの暗闇のままだと戻ることも困難だと水流に流される懐中電灯を追って、狭い穴へと入り込む。
くるりくるりと回転していく光を水流を利用して追っていくと息が続かなくなってきたために懐中電灯のことは一先ず放っておく。
「!」
息が出来ないかと上のほうへと移動したところで暗かったために鍾乳洞に後頭部を思いっきりぶつけた。
痛む頭を押さえたが水中ではどうなっているかはわからないので、息が続く限り先に進むことにして流れのあるほうに進む。
「ぷはっ」
急ぎ泳いで空気があるところを探していると今までよりも広い空間へと出た。
顔を出せば空気も充分にあるようで苦しかった息を整えて、懐中電灯を探しにまた潜って探しに行くと底に落ちていた懐中電灯を今度は苦労することなく拾えた。
「……水から上がれないかな?」
また狭いところを戻るのは嫌で広い空間へと戻り、懐中電灯で辺りを照らしながら進んでいると奥で何かが光を反射した。
「何だろ?」
周囲とは違う光の反射にかなり期待しつつ進んでいくと捜し求めていたものがあった。ただし。
「何か取り込まれてかけてるんだけど……」
流石は鍾乳洞というべきか聖衣が納められているパンドラボックスが一センチ程度取り込まれていた。
少なくとも一世紀以上はここに安置されていたようだと思うのはパンドラボックスが置かれた場所が人為的に平らにされていたからだ。
これを持ってきた人間は何を考えてるの? こんなところに聖衣置くとか発見されなかったら取り込まれて消えるんだけどさ。
「これを持って帰るんだよね?」
背負えるようにとベルトは準備はしてあるが、これを背負って水中を進める気は起きない。
「こっちに進めそうな感じがするし、試してみようかな」
もう苦しい思いをしたくないので戻らずに違う通路を探すことにして、パンドラボックスを背負うと懐中電灯をで照らしながら進んだ。
こちらの通路はパンドラボックスを背負ったまま何とかギリギリ通れそうな比較的に広いところが多かったが結局のところは水中に潜るところもあった。
最終的にはパンドラボックスを背負ってのロッククライミングをさせられたわけだけど、聖衣をこの鍾乳洞に隠した人間は何を考えてたんだろうか?
体力的よりも精神的な疲労を感じながら思い足取りで、人がいると感じられるほうへと進んでいくと私を発見した人に悲鳴をあげられてしまった。
打った頭は怪我していて実は首筋を通って服に血がにじむほどだったらしく、木々の間から血塗れ少年が現れて笑顔で話しかけてくるという恐怖体験を村人にさせて平穏だっただろう1日を私は台無しにしたのだった。
この後に聖域に戻ってカミュへと聖衣を得たことを報告したら、発見し持ってくることが試練だったらしく私はめでたくもなく聖闘士となってしまった。
どうやって見つけたのか彼は聞きたそうだったが、ただの偶然なのだと言うだけに留めた。溺れそうになったり、血まみれの姿で善良な人を脅かした話はしたくない。その時にカミュには何だか誤解されたような気もするが、私はその誤解をそのままにしておくことにした。
鍾乳洞に向かうことはもうないだろうが、村に滞在して詳しく調べてみると海水のみちひきによって、普段はあまりない水流が唐突に強くなることがあるらしくそれに私は巻き込まれたらしかった。
巻き込まれなければ私はクレーターの聖衣を手に入れられなかっただろうが、そんな偶然など正直なところいらなかったと思いたいが聖域に居る不思議な鎧っぽい何かを着ている人達は雑兵らしく彼らは聖闘士になれなかった候補生が大半だという。
私が聖闘士になれなかったらあんなダサい格好をしなければならなかったかもしれないと思うと実は心中は複雑だ。あの格好をしなくてもよくなったのを幸いだと思うことにしとこう。
カミュ視点
長年、纏うものがいなかった聖衣を求めて試練へと挑んだが聖域に戻ったとその小宇宙を感じてわかった。
試練に打ち勝った弟子を迎えようと途中まで出迎えたが聖闘士となる資格を得たというのに試練より聖域に戻った弟子の顔色は優れなかったのが気にかかった。
「ただいま戻りました。師カミュ」
「うむ」
必要になるだろうと私が与えたパンドラボックスのためのベルトを握る手にはその指が白くなるほどに力を込めて、常とは違う態度に戸惑う。
彼のしっかりとした足取りに大きな怪我などはしていないだろうと考えていたのだがパンドラボックスを下すために屈んだの背を見た時にそれが間違いであると理解した。
試練の洞窟に向かった時と同じ衣服なのだろうソレには肩から背中にかけて大きな染みが出来ており、戦いに身を置く者である私にはその染みが血によって出来たものだと推測することはたやすかった。
「よくぞクレーターの聖衣を持ち帰った。」
背に出来た血の痕からするとかなりの怪我を負ったのだろうと声をかける。
「ありがとうございます」
「苦労したか?」
「いえ……」
静かに頭を下げて礼を言うに試練のことを問いかけるが言いたくない様子で言葉を濁す。
「言いたくないのか?」
「私は聖衣を偶然によって手にしたもの、語るべきことなどありません」
普段とは違う態度ではあるが、罪悪感を感じているようにもみえず聖闘士として許されざることをしたわけではないようだった。
どのように手にしたのかと聞きたくはあったが、弟子が語るべきことではないと考えているのであればそれを信じて黙すのも必要かもしれん。
「よ。お前がそう思うのであればもう何も聞かん。過酷であっただろう試練よりただ無事に戻ったことを師として喜ぼう」
「……」
無言のままに頭を下げたの肩にそっと手を置く。
アイザックや氷河と比べてその細い肩にどれほどの試練が圧し掛かったのだろうか?
多くの者が挑み破れたその試練に打ち勝ち、聖闘士として一人前に彼はなった。
「白銀聖闘士クレーターの、共にアテナに仕え地上を守ってゆこう」
もはや彼は守られるべき者ではなく地上を守護する者となったのだ。