じゃれ合い


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聖域に滞在するようになってからの私は聖闘士というよりも治療師のような役割を与えられている。
他にも聖域だけでなく怪我をした聖闘士がいる場所まで出張ヒーリングと忙しい日々だ。
戦闘要員扱いでないのは正直なところは助かっていたりもするが、聖戦前の日本での暇をしていた時が懐かしいと思うのは致し方ないと思う。
もちろん、私の小宇宙で怪我や病気が治るのなら嬉しいことだとも思うけど、誰かが助からなかった時の覚悟が私にはない。
世の医者や看護婦という人達はどのように理想と現実の違いを受け入れているのだろうかと真面目に悩むことがある。
幸いなことに私が治療する人々は無事に治ってくれているけれど、いつかを考えると怖い。人の命を預かることの重さが私にはとても重くて逃げ出したい。それでも、逃げ出さずにいるのは信頼してくれる人達がいるからだ。
そんな信頼してくれる人達の代表な師カミュが聖域にヒーリングが出来る人間として、私を聖域に召喚したのが始まりなんだけどね。
私は今日も今日とて円満退職の道を探しつつ、聖域のヒーリング要員として私の最初の担当である星矢へとヒーリングを施している。
「手を握ったり開いたりしてみて」
いつものように小宇宙で星矢の小宇宙の流れを整えたあと、引っかかる感じもしない様子に手を動かしてくれるように頼めば両手を開いたり握ったりした。
動いている様子から指が痺れているようにも見えず、途中で指が止まりもせずしっかりと握り締めているように見える。
「違和感はない?」
「ないぜ!」
「うん、治療終了よく頑張ったね」
元気よく答えた星矢に私は頷いて、治療が終わったことを告げると彼は身体をバネのように跳ね上がらせてベットから起き上がった。
「よっしゃ!感謝してるぜ!
当人自身にも違和感がないのなら完治したと判断したのだが、聖闘士として第一線で任務をこなせるかどうかはまた別の問題だ。
でも、この調子なら復帰は早そうだと彼が腕を伸ばしたりと身体を動かす様子を見ながら聖衣をボックスへとしまう。
「どういたしまして。でも、何か違和感とか感じたら言うんだよ?」
「わかってるわかってる」
気のない返事をされてしまった。口煩いことを言いたくはないが半年前はベットの上だったのだからと説教染みたことを言いたくなるが、彼の周囲は人が多いので何かあれば気付くだろうと気にしないことにした。
「星矢、治療が終わったの?」
星矢の歓喜の声が聞こえたらしく扉を開けて瞬が顔を覗かせた。
「おう」
「よかったね。星矢! あっ、が良ければなんだけど星矢の完治祝いも兼ねてギリシャ観光でもしよかって前から話しててリッカも一緒にどうかな?」
「今から?」
嬉しそうに頷く星矢に瞬もまた嬉しそうに微笑んだ後に私をお出かけへと誘ってくれる。
治療の前や後に氷河の兄弟達と話す機会もあり、仲良くはなってきたとは思うけれど一度も一緒に外出したことはないので誘い自体は嬉しい。
「ううん、今からだと急すぎるから一週間後とかどうかな? 沙織さんには僕から許可を貰っておくから」
「兄弟水入らずじゃなくてもいいの?」
こちらの事情も考えてくれている様子の彼の言葉に頷きたいとは思うが、出かけるとしたら兄弟達の間に他人が入り込むことになる。
「いいのいいの!が来てくれたほうが楽しめそうだし!」
「星矢がお世話になったのだから是非」
「そう?それなら喜んで」
星矢がにんまりといつもと違うような笑みを浮かべたことに疑問に思うが続く瞬の言葉に了承した。
「よかった!」
「よしっ!何か奢ってくれよな」
「星矢、お世話になってる人にたからないでよ」
「だってよぉ」
瞬の注意に頬を膨らませている星矢の様子が微笑ましく感じてしまう。
こういうちょっとした兄弟の言い合いとかいいよね。子犬のじゃれあいを見ているような気になる。
「いいけど」
「やりぃ!何か美味いもん食わせてよ」
要望を言った星矢を見た瞬が私へと矛先を向け。
、星矢を甘やかさないで」
「今回はお祝いだしね。じゃあ、他の人の治療があるから」
仕事を言い訳にして私は部屋から撤退することにした。私が居なくなった後の部屋のことは与り知らないことだ。
外見はともかく中身は年下である彼らを奢ることに抵抗はないし、年上の甲斐性じゃないかと思う。
実際、この面子のなかで自由に使えるお金を多く持っているのは私ではあるだろうしね。
聖闘士や聖域で女神に仕えている人には一定の給与が支給されていて、任務をこなすと増える。命の危機がある任務はかなり凄いらしい。
神様であっても仕えてる人にお金は払うんですねっと聞いた時には妙に感心したが、実はアテナである沙織さんが金銭が入用なこともあるだろうと支給し始めたとのことだ。
それまでは色んな物の購入代金とかを必要経費という形で請求したりしていたらしいので、どんぶり勘定もいいとこだったという愚痴めいたことを彼女から直接聞いた。
見た目に反して意外とアグレッシブルなお嬢様の行動を見ていると聖域もまた近代化という波は押し寄せているのかもしれないと思う。



約束した当日は晴れて絶好のお出掛け日和。
集合場所はある隠し通路を使用してたどり着く広場で、私は約束の時間より三十分以上早くついていた。
隠し通路は多くても三人ぐらいでしか通らないものなので現地集合のほうが面倒がなかったからだ。
聖域で待ち合わせした場合に三人が出て十五分は待ってから出て行くとか無駄すぎる。
待っていると二十分前に紫龍と氷河が来たので名を呼び手を上げると気付いた二人が小走りで近づいてくる。
「おはよう。二人共」
近くまで来たごく一般的な私服姿の二人へと朝の挨拶。
、おはよう」
「おはよう、早いな」
紫龍が先に着ていた私を見て言った言葉に曖昧に笑い。
「まぁ、あまり待たせたくないから」
早朝に起きて日課の鍛錬以上に身体を動かしたが身嗜みを整えても、約束の時刻よりも1時間以上も余裕があった。
時間を潰そうとして読書とかして、うっかり遅刻ギリギリな時間になるとか避けたいと早めに集合場所で待っていようと思っただけだ。
星矢と瞬が来るまでは何気ない日常会話をしていると。
「お待たせ、皆!遅れてごめんね。星矢、ちゃんと歩いて」
「おはよう。そんなに待ってないから大丈夫だよ」
集合時間を五分ほど過ぎたところで眠そうな星矢を瞬が引っ張ってきた。
瞬の性格からすると十五分前には集まっていそうなのに来なかったのは星矢の面倒を見ていたらしい。
「星矢、しっかりしろ」
「ふあぁぁ……久しぶりの外出に興奮して、眠れなかったんだから仕方がないだろ」
鋭い眼をした氷河の言葉に大あくびをしてから答えた星矢は大物だ。
「それで肝心な日に眠気とは意味がない」
「うっせぇ!あっ!小腹空いたし、あれ買ってくれよ!」
紫龍の呆れたような言葉にムスッとした顔をした星矢だがその視線が屋台を捉えると指を差し。
「いいよ」
「やった!」
久しぶりの外出が嬉しいのかはしゃぐ星矢に引っ張られるままに屋台のクルーリというドーナツ型のゴマパンを人数分買う。
「はい。皆も」
買ったクルーリを渡していけばそれぞれの反応があった。
「ああ」
頷いて受け取る氷河は兄弟弟子として親しいからだろう。
「……ありがとう」
一瞬、受け取るか迷った様子だが礼を言って受け取ってくれた紫龍。
「僕らの分まで、ごめん」
星矢だけでなく人数分を私が買ったことに謝罪する瞬。その横では嬉しそうにクルーリを頬張っている星矢がいたりと個性的な兄弟だ。
思わず噴出しそうになったが、ここで噴出したりしたら空気を読んでないことになりそうなので堪えた。
「聖戦で頑張った皆に私からのご褒美みたいなものだから今日は遠慮しないで」
「えっ」
「本当かっ!」
瞬が何か言おうとした言葉を遮って星矢が身を乗り出してきた。
「うん、私の弟みたいな氷河の兄弟なら私にとって弟みたいなものだよ。お兄さんが面倒を見てあげよう」
「……一つしか違わないだろう」
ポンッと軽く自分の胸を叩いてみせたが、氷河が不満そうに言うので笑い。
「それでも私のほうが年上だからね」
実は二人よりも一つとはいえ年上だと知った時は驚きはした。
見た目からすると私のほうが年下に見えるのは筋肉量のせいか……
って兄さんと同い年だったんだ」
「ああ、一輝君だっけ?まだ会ってないんだよね」
星矢達との会話で時々上がる名前だが会ってはない。
私が来た頃にはよく聖域にも姿を現していたと聞くが会ったことはなかった。
「一輝はしんせつきぜつって奴だからな」
「それを言うなら神出鬼没だろう」
しんせつきぜつ、音としては惜しいような気もする。
「俺はそう言っただろ!紫龍」
星矢がムキになって言い、紫龍が流すようでいて流していない返答をするという口喧嘩が始まった。
「二人共、やめなよ」
「……」
二人を止めようとしている瞬、少し離れたところで氷河がそっぽを向いている。
ここでもまたそれぞれの性格が出てしまっているらしい。
「今日はギリシャ観光するんでしょう?行こう!」
「うわっ!押すなって」
星矢の両肩に手を置いて軽く押して歩く。
ギリシャに居るのに観光をしたことがない私達は今日は折角の機会だからと今更ながらなギリシャ観光をしようと決めているけど、ぶっちゃけると観光名所も真っ青なところで普通に生活しているとは思う。
まぁ、それはそれということで今日はとことん楽しまないとね。




瞬視点

待ち合わせの場所まではそれぞれ行くという話しだったけれど、僕は念のために星矢のところへ寄った。
それが正解だったと知ったのは幸せそうに眠りこけている星矢の姿を見た時だ。
慌てて星矢を起こして、待ち合わせの場所に半分寝惚け眼な星矢を引っ張っていく。
「急いで、遅れてるんだから!」
「大丈夫だって。五分や十分ぐらい」
欠伸混じりにそう答えられてもちっとも安心できないよ。
隠しもせずにため息をついた僕が待ち合わせ場所まで着いたのは集合時間を過ぎてしまっていた。
「お待たせ、皆!遅れてごめんね。星矢、ちゃんと歩いて」
「おはよう。そんなに待ってないから大丈夫だよ」
他の三人は待っていて談笑している様子だったけど僕がそう声をかけると笑顔でがそう言ってくれた。
怒ってはいないみたいなので胸を撫で下ろしていると星矢が氷河から注意を流してに早速強請っていた。
僕が起こしてからそのまま来たから確かに何も食べてないけど、遠慮しなさすぎだよ。星矢の行動に呆れていると僕達の分までが買ってくれていた。
「僕らの分まで、ごめん」
買う前に断わるべきだったと思って謝ると微笑んでいたようだったが少し苦しげな表情になった。
「聖戦で頑張った皆に私からのご褒美みたいなものだから今日は遠慮しないで」
「えっ……」
いつもと変わらない口調なのにやっぱり何かに耐えているように見えて、意味のない声がもれた。
「本当かっ!」
表情のことを訊ねる暇もなく星矢がへと身を乗り出し、それにが笑顔で答えている。
近くに居た僕だけが見ていただろうの表情、何が彼のことを苦しめたのだろうと考えて思いついたのは確かは聖戦で頑張った皆と言ったことだった。
彼が聖戦に参加することのないままに聖戦は終結してしまったから……は含まれない。弟弟子の兄弟である僕達の面倒までみようとする彼にとって、それはとても辛いことだと思う。
僕達にはいつも笑顔を見せてくれる彼の心の奥底に隠している思いに僕は触れてしまったのかもしれない。





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