信頼のその先


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ミロ視点

聖戦後の荒れた聖域の復興が一段落したので夜、親友を天蝎宮に招いた。
量より質なカミュのために味の良いワインとチーズといった酒の肴を準備をしていたのと、前々からストックしていた酒類を出すことでカミュから不満を言われることもなく二人で静かに酒を飲みながら、時々思い出したように取り留めない会話をしていた。
「ミロ、のことをどう思う?」
か。オレ個人としては親しいわけではないからな」
聞かれた以外の親友の弟子達もそれぞれ才能ある者達だと思っている。戦ったこともある氷河以外の二人についてはカミュの弟子としてしか認識はしていない。
いや、アイザックのほうは今は敵対してはいないが海闘士であるので最低限の警戒はしてはいるが、これは彼個人というよりも海闘士への対応だ。
「そうなのか。は黄金聖闘士と話しているのをよく見かけるので、お前とも話していると思っていた」
特に注目していたわけではないが、思い返せば聖域での彼はアテナや黄金聖闘士、氷河達と共に居ることが多いように思う。
星矢以外の者に対してもヒーリングをほどこしているという話なので、他に知り合いがいないというわけではないのだろうが……
「確かに。デスマスクとかとよく話してるな」
「デスマスクとか?」
怪訝そうな表情のカミュに頷き返しながら、真面目そうなカミュの弟子がよくデスマスクと話すことがあるものだとは思う。
それともカミュや氷河とは違って、あのという少年はデスマスクと話が合うような性格をしていたりするのか?
「妙な影響を受けなければいいが……」
眉をひそめたその様子に氷河と違って流されやすい性格なのかもしれないと推測しつつ。
「何だ。心配か?」
「ああ、いや。心配というわけではないのだが、デスマスクの女性観などに影響を受けて欲しくないと思ってな」
「あいつがアテナへの不敬とも言える態度をとるとかのほうが、問題じゃないのか?」
アテナのことよりも女性についての影響を心配するってどういうことだ。
これがカミュでなければふざけているのかとでも声をあげるところだが、彼がこのようなことでふざけるような性格はしていないと知っているので聞けば。
「聖闘士のことは教えてある。心配するようなことではない。ただ弟子達には異性についてのことは特に話したことはなかったのでな」
聖闘士としての振る舞いには己の教えに自信がある様子のカミュに頷く、少なくともオレが交流を持つ氷河には特に問題はない。
オレも特に師に教えられた記憶はなくそれが普通だろう。任務として聖域の外に出て、普通の人々と触れ合いながら覚えていったことだ。
そう考えたところで多感な時期真っ只中であろうカミュの弟子達に、異性に対する教師としては反面教師にしたほうがいい男デスマスクからの影響など遠慮したいことだろう。
「デスマスクのように女ったらしになっては困ると?」
「故意に誰かを傷つけるような子ではないが、女性には優しくしているなどとうそぶくデスマスクだぞ。その言葉通りに女性に優しく振舞って多くの女性に想われたりしたら大変だろう」
「……はっ?」
何を言っているのかと戸惑う。
「そんなことになれば、が面倒なことになる」
オレを置いてけぼりにして何やら起きてもいないことを心配している親友。顔に出ていないが酔っているようだ。
「くっ!私は師としてどう導けばいいのか」
悔しげに唇を噛み、苦しげな吐息と共に吐き出される言葉。
お前、苦しい時でもそんな風にあからさまな様子を出すことなかったじゃないか。
「クールになれ、カミュ」
まさに今、クールさが彼には必要だ。
「そうだな。ミロ、にはどれほど秋波を向けられようともクールにしているように教えなければ」
「いや、そんな意味でオレは言ったわけじゃない」
女に色目使われまくってる無視とかスカした奴じゃないか。
そんなことしていると変な恨みとか受けたりしそうだと思うんだが……
「何だと?が異性にもてないと言ってるのか?」
「……」
まずい。今のカミュは酔いと弟子への愛情のために普段のクールさが何処かに出かけているらしい。
この顔に出ない酔い方は共に飲んでいるほうからするとかなり面倒な酔い方だ。
普段はクールさについて熱く語るぐらいで特に問題はないのだが、今回は面倒な話になってしまっている。
「お前の弟子達は異性にもてそうだとは思うぞ」
「うむ。私の弟子達は異性にもてるだろうな」
異性など数えるほどしかいない聖域暮らしが長い俺には世間一般において彼らがもてるかどうかなどは知らないが、満足して話が流れていくのならいいだろうと同意を示せば嬉しげに頷くカミュ。
聖闘士は任務で命を落とすことも多く、一生独身である者達が多いのだが若い男達であるのでやはり異性からの好意というものに対しては優劣を競うようなこともある。そのような争いからは一歩離れたような位置にいたカミュだが、弟子に対する評価としてならば参戦するようだ。
「そういえば、についてオレに聞いたのは何故だ?」
「それは……の今後のためだ」
「今後?」
白銀聖闘士となっているのだから、年齢など関係なく一人前だ。
師であろうともその行動を縛ることはあまりよいことでないと、カミュもまた知っているはずなんだが。
「聖闘士であるのに聖戦に参加していないことで、一部の者達からは臆病者と思われているようだ」
そのような噂が聖域であるのは知っていた。聖闘士であるのに聖戦に参加しなかったという事実は彼の汚点となっている。
聖域からの指示がなくとも星矢の姉を守った青銅聖闘士達などがおり、『何もしなかった』彼に風当たりは強い。
「アイザックは海闘士となったことでアテナと敵対した自分の立場というものを理解している。
 氷河は師である私がするべきことであったアテナに仕え、守るということをしてくれた。
 二人はそれぞれ、己の道を進みその結果を受け入れているのだ。だが、だけは……」
「何もしなかったのは事実だ」
小宇宙の扱いに長けているというカミュの弟子であれば、きっと、カミュの死を感じたはずだ。どれだけ離れていようとも。
だというのにカミュの死を問い合わせることもなかったというのだから、オレからすれば行動をしなさすぎだと思うんだが……
は弟子達の中で聖闘士としての振る舞いは私に一番似ている」
「何?」
カミュと氷河を見ていると似た師弟だと感じていたのだが、カミュ自身はと似ていると感じているらしい。
「以前の私は聖域からの任務こそが第一だった。それがアテナに仕える聖闘士として正しいことだとな。そう振る舞うように弟子達にも教え、はその教えに最も忠実だった」
その言葉はオレ自身にも耳が痛い。知らぬことであったとはいえ、偽教皇であったサガに命じられるままに踊らされたのだ。
「『聖域から指令あるまで待機せよ』それが、聖闘士となったへの指令だった。彼は何も問わず受け取った。
 そうして、にそのような指令が下されたまま彼を知る者全てが逝った……指令を守り続けたことが悪いことなのか?」
任務を遂行した聖闘士、それは正しいことだ。
結果として聖闘士として最も最重要であるはずの聖戦に不参加となったのが不幸なのだ。
「私が一時蘇った時にに一瞬でも時間を割き、任務を解いていれば……」
アテナのために不名誉な汚名を被ろうとしたカミュが悪いわけではない。限られた時間の中で出来る限りのことをしていた。
「必ず聖戦に駆けつけたと?」
「ああ」
力強く頷くカミュに、心のどこかにあったへの不信感が溶けていくのを感じる。
「ならば、今後の聖域をお前の弟子は支えていくだろう」
「そうだな。にはにしか出来ない役目があるのかもしれない」
己の不安を語ってくれた親友の肩を心配要らないと叩き。
「何を心配する必要がある?お前の弟子だろう」
彼は今後の聖域を支えていく者の一人に今も充分になっているはずだ。
聖闘士や雑兵といった立場に関係なく聖戦での怪我やその後遺症に悩む者達にヒーリングを施しているとも聞いている。
「そうだな」
「よし、酒飲みの再開といこう」
カミュのグラスにワインを注ぎ自分にも注ぐ。オレ達は酔い潰れるほどまで飲んで、カミュの不安もオレの不信も酒で完全に流した。
その代償はオレがストックしていたはずの酒コレクションがほぼ全滅というものだったが、心がスッキリとしたのなら安い代償だ。



カノン視点

「アイザック」
「カノン、何か?」
報告を終え双児宮に戻る途中、見覚えのある姿を見つけ声を掛ければ立ち止まり振り返るアイザック。
感情を見せないようにとしているためかわかり辛いが疲労の色があることに気づく。
「調子はどうだ?」
「悪くはありません」
良くもないということかとすぐに思い当たり、つい渋い顔になる。
「聖域には馴染めたか?」
俺とは違い聖闘士でもなく、純粋な海側からの協力者として派遣されているアイザック。
元は聖闘士候補生だとしても海闘士となり、聖域と敵対したのだからアウェー感もかなりのものだろう。
「……俺の役目としては充分な程度には」
笑うのを失敗したかのようなその表情にその頭に手を置き。
「何かあったら言えよ」
「はい」
素直に頷きはしたがその表情が言う気はないと告げていた。
「そういえばお前の弟弟子達はどうなんだ?」
「どちらも元気ですよ」
あらためて様子を見に行くような間柄ではないので青銅達の近況をたずねれば、少し妙な言い回しで返ってきた。
「どちらも?」
「えっ?ああ、カノンが任務で出かけている間にオレのもう一人の弟弟子であるが聖域に来て」
隠しきれていない感情、嬉しそうなその様子は彼がその弟弟子を大切に思っている証だろう。
師や弟弟子達のことを海底神殿に居た頃も、気に掛けていたと知ってはいてもここまであからさまでなかったのだが何かあったのだろうか。
「何かいいことがあったのか?」
「そう思いますか?……その、ただオレをが受け入れてくれたことが嬉しくて」
居心地の悪い聖域において自分を受け入れてくれた弟弟子が本当に嬉しかったのだろう。
否定されることの辛さを俺は知っているがゆえにその喜びの気持ちが理解できた。
「よかったな」
「ええ、は白銀聖闘士なんです……きっと俺より強い」
「そんなことはないだろ」
聖闘士候補生であったから俺と出会った時には小宇宙を扱えたアイザックとは海底神殿で共に鍛錬したこともあり、その実力は下手な青銅聖闘士では敵わないし白銀といえどいい勝負をするはずだ。
と会えばわかりますよ。カノン」
自分より強いと弟弟子を称したアイザックの表情にどこか誇らしく思っているように感じる。
「オレ以上の実力がある貴方だからこそ」
「強者は強者を知ると言いたいのか?」
「さぁ、どうでしょう」
楽しげに笑うアイザック。
「それじゃあ、オレは行きますね」
「ああ、呼び止めて悪かったな」
何処かに行く途中だったのだろう相手に頷けば。
「いえ、カノンは任務帰りなんですから身体を休めてくださいよ」
こちらのことを心配する言葉を残し、彼は背を向けて去っていく。
「まったく、好奇心を植え付けていきやがって……」
飾り立てた言葉で語られるよりも、強く己の心に刻まれたソレに笑みが浮ぶ。
彼の言うという聖闘士との出会いは楽しいことになりそうだ。



紫龍視点

「クッ……星矢、馴れ馴れしいぞ」
星矢の治療の様子を覗……影ながら見守っている氷河にため息が出そうになったので飲み込み。
「何をしてる?」
「星矢がに迷惑をかけはしないか見張っている」
慌てもせずに堂々と言い切られたことに頭痛がしてきた。
半分とはいえ血の繋がった兄弟であり、信頼できる仲間でもある男のこんな一面は知りたくはなかった。
「部屋に一緒に居ればいいだろう」
こんなところで星矢との様子を伺っているより、彼の目的にはそうはずだ。
「治療の邪魔になるかもしれない」
部屋の中の様子を外から伺っている理由はそれでかと、一応は理解はしたもののこのような姿を他者に見られるのはまずい。
「星矢は治療後は眠ることが多いのだから大丈夫だろう。それよりも治療後に疲れているだろうに茶の準備でもしてやったらどうだ?」
「……そうだな。治療もあと少しで終わりそうだ。そうしよう」
兄弟子を労うという方向に思考が動いたらしい氷河の様子に一先ずは安心かと胸を撫で下ろす。
今後、聖闘士がストーカー行為のせいで逮捕されたというようなことにならないでほしいものだ。
「弟子同士、仲が良いのだな」
師を慕う気持ちは理解できるが兄弟弟子は自分にはいなかったため、兄弟子二人を慕っている様子の氷河へとそう言ったのだが氷河は硬い表情をし。
「仲が良いわけではない。特にとは……」
敵対したアイザックではないのほうと仲が良いわけではないと言った氷河の言葉に首を傾げる。
兄弟子との再会時に喜ぶ氷河と、それを受けて笑みを浮かべていたの二人の様子からして仲が良さそうだと感じた。
「何かあったのか?」
「特に何かあったというわけではない。オレのつまらぬ嫉妬心のせいだ」
「お前が?」
普段からクールなこの男が兄弟子に対して嫉妬していたというのか。
白銀聖闘士と青銅聖闘士とはいえ、同じ聖闘士であるというのに。
「オレは出会った当初、に対抗心を燃やすばかりだった」
「悪いことではないぞ」
共に切磋琢磨することに繋がるため、対抗心を持つことは悪いことばかりではない。
「対抗心だけでなければな……修行を始めて二年ほど経った頃、オレはを身体的能力においては超え、その関係が変わると何故か漠然と思っていた。勝てば彼に認められると考えていたのだろう。
 けれど、彼の態度は変わらなかった。当たり前だ。最初からはオレをオレとして受け入れてくれていたのに勝手に認められていないと感じていたのはオレなのだからな」
兄弟弟子がいるというのも大変なようだ。俺自身は人間関係は修行時代に苦労することがなかったのでわからない苦労だ。
「今ならそれが理解できている。だが、が聖闘士としてシベリアを離れるまでオレはずっと理解できず、変わらなかった彼に理不尽な怒りを感じていた」
「気まずいのか?」
必要以上に兄弟子を気に掛けていると思えば、久方ぶりに接する兄弟子に対して気を使っていた面もあるらしい。
「……が気にしていないと知っているからこそ感じるものだろう」
目線を伏せて答えた氷河に、彼の話から推測するという兄弟子は度量が広い人間のようだ。
大人気ないのではないかと思う黄金聖闘士達がいるなかで、そのような白銀聖闘士が同世代に居ることは素晴らしい。
初対面の時の女と間違った星矢の無礼な言葉にも怒りを見せず、治療をすぐさま施していた様子からして人格者でもあるようだしな。
聖戦に参加しなかったこと悔やまれる人物だ。心強い味方となってくれていたことだろう。
「兄弟子に美味しい茶を淹れてやればいい。その心遣いを酌んでくれる」
折角なので、老師から頂いたとっておきの茶っ葉を出そうか。
いつの間にか立ち止まっていた足を動かし、進む。星矢の治療が終わるまでに準備できればいいんだが……



視点

黄金聖闘士達とは聖域で滞在しているために会話することはあったが、それほど深い交流はしていない。
師であるカミュ以外で親しいのはデスマスク、アルデバランだ。
その他の黄金聖闘士とは挨拶か当たり障りのない短時間の会話ぐらいであったはずなのに。
「おっ、
時間が空いたことを利用して読書へと勤しもうと司書官から借りた本を手に与えられた部屋に戻る途中で聞き覚えのある声に名を呼ばれ。
「……はい?」
頭の中はすっかりと読書モードだったけれど私より激強い人に声を掛けられれば無視など出来ない。
立ち止まり、身体ごと声の方向へと向けばカミュとは親しいらしい蠍座の黄金聖闘士の姿があった。
いつも挨拶をするぐらいで特に会話したこともなかったはずだけど何か用があるのかと近づけば。
「ああ、悪い。特に用があったというわけじゃない」
見覚えのある人間を見つけて名を呟いただけらしい。
「そうですか。それでは、失礼します。スコーピオンのミロ」
「……」
用事がないほうが私としてはいいのでそのまま別れてしまおうと別れの言葉を言ったが、相手からの返答がなかったので様子を伺うために視線を上げる。
カミュとは違うがやはり美しい顔立ちに聖闘士、美形説は本気でありなんじゃなかろうかと下らないことを考えつつ相手の反応を待つ。
「なぁ、オレのことはミロでいいぞ」
「わかりました。ミロ」
色々と濃い聖域の人間達に逆らうのは面倒なので素直に頷く。
こんなスタンスな私は八方美人とか言われてるだろうが、表立っての敵がいないのなら別にいい。
もう聖戦が終わったのだから戦いで足を引っ張られるとかいう問題はないだろうし。
「何か硬いな」
「気に障りましたか?」
彼の言葉に礼儀知らずとか言われて黄金聖闘士を敵に回すよりはマシだと思っての態度だけれど、問題があっただろうか。
デスマスクは黄金聖闘士は変に敬うなって普段どおりの口調を求めてきたし、私としては聖闘士とかは私に関わりにならないでくれたほうが楽なんだけど。
「いや、悪くないんだが……お前はカミュの弟子だろ?カミュはオレの親友だからな」
だからどうしたという気持ちが湧いたが、きっと彼は人との距離が近いタイプなんだろう。
「ミロは黄金聖闘士で、私は白銀聖闘士なので……」
「気にするな」
明るい笑顔で私の肩を叩いた彼に対して若干の苦手意識が出来る。
私は日本人なためかスキンシップが苦手だ。距離感というものは人それぞれだが、ミロと私はその距離感が致命的に違う。
カミュは共に暮したこともあり大丈夫だし、アイザック達ぐらいだと年下というか子どもという印象で気にならないのだけど。
「……はぁ」
曖昧に頷き、壁代わりに少しでもなればと手に持っていた本を両手で抱えてみる。
「本か」
「ええ、聖域の歴史を詳しく書かれた本だと司書官の方に薦められたので」
大体のことは聞いてはいるが本としてまとめられたものを一度読んでみるのもいいだろうと選んだものだ。
司書官に言わせると精神や身体を鍛えることのほうに重点を置き、知識はあまり重点は置かれていないためにあまり本を読む人はいないらしい。
ただ極端に読む人がいるらしいので利用者が一人もいないという事態になることも少ないとも聞いたけどね。
「あの司書官にか?」
「そうですが?」
「司書官は本の扱いが悪い人間には本を貸し出さないことで有名なんだ。相手が聖闘士でも容赦ないんだぞ」
相手の言葉に大人しく頷く。本の貸し出し禁止がされるかもという重要なことを教えてもらえたのは助かった。
本を故意に破くつもりはないが、身体が動くようになってきた星矢に巻き込まれることで汚したりすることはありえる。本は部屋で一人きりの時に読もう。
「気に留めて置きます」
「カミュの弟子というのは真面目だな。オレとしてはもう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだがな」
「私は真面目というわけでは……聖戦に参加しなかったなどと聖闘士としてあるまじきことをしたのだから」
こうやって卑屈っぽい気弱な態度をとっていれば聖闘士として相応しくないという印象をもってもらえるだろう。
そうなれば聖域で偉いっぽい黄金聖闘士のうちの一人からの言葉ということで、私の引退も早くなるはずだ。
「カミュに似てるというのも強ち違わないのだな」
「……はい?」
見た目ではないことは確かだ。西洋人なカミュと東洋人なこの身体では外観から受ける印象は違う。
そうなると別の要素ということになるが、性格も私はカミュと似ているとは思えないので思い当たるものはない。
「そういえばはしばらく日本で過ごしていたと聞いたが異性にもてたのか?」
そういえばって何が何なのかと問いかけてきた相手を無言で見つめる。
「真面目だな」
何だ。微妙なこの会話のループ。
「もてるかって聞いたのは、カミュが弟子達はもてると言い切っていたからな」
「カミュが?」
彼に何があった?普段、クールなカミュが弟子達がもてると言ったという状況が想像できなかった。
「酒の場でのことだが思ってもいないことは言わないだろうからな」
楽しげに笑うミロに何と答えればいいのだろうか。
正直なところ、デスマスク以外の黄金聖闘士と恋話というこんな個人的な会話をしたのは初めてである。
「秋波を向けられようともクールに振る舞えとお前に教えるとか言っていたんだが、聞いたか?」
「いえ」
いつそのような話をしていたのかは知らないが、今のところカミュからそのような教えはない。
そもそも秋波を受けたら言われなくとも無視する。今の状況の私が応えるようなものではないから。
ただ同年代の女の子達と知り合い機会が極端にないので、そんな経験はないので要らない心配だとも思う。
「まぁ、オレとしては若さから突っ走るのもありだとは思うんだけどな」
「……」
若さゆえの過ちを勧める勢いのデスマスクよりはマシだが、この人も氷河達には近づいて欲しくない人種じゃなかろうか。
カミュの親友というのが不思議だ。真逆ともいえる性格でも何故か親しいっということもあるのでなくはないんだろうけどね。
「そうそうカノンが会いたいと言っていたぞ」
飛んだ会話についていけない。
「名だけではわからないか?ジェミニのカノンだ」
「双子座の方ですか?」
「そうだ。お前の兄弟子からお前のことを聞いたとかで興味を持っていた」
偽教皇の双子の弟で実は海闘士のふりをしていた人っとかいう色々と面倒な過去がある人のはずだ。
我等が女神アテナ様こと、沙織さんが許して黄金聖闘士の一人となったという話だけど会ったことは一度もない。
別に避けているというわけではないし、カノンという人が私に興味があるのなら彼のほうも避けてはいないはずなので純粋にタイミングが悪いのだろう。
「私は興味をもたれるような人間ではないと思うんですが……」
「そうか?黄金聖闘士の弟子にして白銀聖闘士、アテナの危機を幾度も救った星矢の治療を任されるほど信頼が厚く。
 師や兄弟弟子達から好意的な評価ばかりが広まっていれば、本当にそんな人間なのかと興味を持つ者も少なくないだろう」
「えっ?」
好意的な評価。それは普通であれば歓迎するべきことかもしれないけど、聖闘士としての高評価になりそうなものは私には無用な物だった。
何より私の行動を時々、妙な方向に認識していることがカミュ達にあるのでそこから発展した話であれば、想像すら出来ない。
「カミュは己のせいでお前を聖戦より遠ざけたと思っている。待機という指示さえなければ、お前は聖闘士として立派に闘ったとな」
「それは……」
何でか知らないけど放置プレイしてくれたのは偽教皇だったサガという方のおかげです。
「カミュのせいじゃない」
「本当にそう思っているようだな」
もちろん私としては当然のことだ。連絡がなかったおかげで平和に過ごせたので万々歳だった。
「私が聖戦に聖闘士として参戦しなかったことは、なるべくしてなったこと」
私は未だ明確な殺し合いという戦いをしたことはない。
聖闘士達は聖戦以外にもこの世に現れた人外と戦ったりとかするらしいのに、私は幸いなことに穏やかに過ごさせてもらった。
他の人のことを考えれば何てズルイ人間なのかとは思うが、戦うことは怖くて周囲に甘えたまま生きている。
そのような卑怯者が聖域の聖闘士として聖戦に参加すること自体が相応しくないのだと運命とかそういったのが動いたんじゃないだろうか。
「聖戦があった時に聖闘士でありながら、聖戦を知らぬ」
何やら意味深な台詞と共に微笑んだ相手に私の心境と何やら違う方向性のことを思われていそうな気がした。
「お前にはお前にしか出来ない役目があるとも、カミュは言っていたぞ」
「……っ!」
あまりもの言葉に思わず呼吸を止めた。きっと、驚きで眼を見開きもしてしまったことだろう。
カミュが弟子である私達に家族へ向けるような愛情を持っていてくれることは知っていたけど、それはない。本気でない。師であるカミュのことだから、冗談ではなく本気でそう思っていることだろう。
期待してくれることは嬉しいけれど、他の黄金聖闘士に私を売り込まないでほしいと込み上げる悲しみに涙が溢れてくる。
「大丈夫だ。、お前は聖闘士として胸を張ればいい」
慰めてくれているのだろうミロには悪いのだけど、私が泣きそうになっているのは別の理由なんだよ。
聖闘士としての役目なんてこれっぽっちも必要としてない。

……我が師カミュ、こういう時はどうやってクールになればいいの?





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