王を求めて三千里


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「どちらでもよろしいのではありませんか?」
その一言が腹に据えかねたのは日頃の鬱憤が堪っていたということだったのかもしれない。
適度な息抜きと称し、ケーキの腹に軽い一発を入れたりはしていたが日々のストレスにはそれだけでは足りなかったらしい。
「どちらでも?」
しかし、機会をもう一度あげようと私は藤色と薄紅の衣を両肩それぞれにかけたまま笑顔で問う。
勤務歴百年以上なはずのベテラン女官がヒッと小さく悲鳴をあげていたが、それは無視だ。
即位して百五十年経った今では本性を少しずつ出しているので、今回のことも我慢してもらうしかない。
「ええ、衣装などたいしたことでは……いかがなさいましたか?」
「いえ、夫が妻の実家を蔑ろにされる心境ってこんな感じかしらって思ってたところなの」
うふふっと可愛らしさを意識して頬に右手を当てて小首を傾げる。
視界の隅でフルフルと首を振りながら、「あの、台輔……」とケーキに忠告をしてくれようとしている女官に目線を向けて首を振れば、彼女の動きは止まった。
「実家、妻とは私達は夫婦ではないのですから当てはまらな…いぃっ!……何をなさるのですかっ!」
百五十年もの間、こいつは私の行動を見ていなかったのかと思いっきりスネを蹴っただけだ。
「私の家は着物を扱う店だったでしょうがっ!それに、着ている物というのは人柄を表すんだから『どうでもいい』わけがないのよ」
衣装に拘った結果のためか今ではファッションリーダー的な感じで王宮では見られているというのに……
「この朴念仁で鉄面皮め今度という今度は我慢できない!」
肩に掛けていた明日着る予定だった衣を青ざめている女官に手渡せば、青ざめながらも素直に受け取ってくれたので私は普段から準備している旅支度の荷物を手にとり。
「実家に帰らせて頂きますからねっ!」
そう捨て台詞を残して私は?虞が繋がれている厩舎へと駆け出す。
「何を仰っているのですかっ!」
もちろん、実家などはない。妹の玄孫だか何だかか店主をしている店はあるだろうがそこに転がり込めるはずはないのだ。
それを知ってはいてもこういう時はこの台詞がぴったりだろうと口に出したに過ぎなかった。
ケーキの言葉に苛立って飛び出しはしたものの、気が済んだら帰るつもりだったのだ。ちゃんと。



色々な国を転々と移動し一ヶ月ほど。流石は世界最速の麒麟と言うべきか私と交流がある各国で慶東国の麒麟が目撃されているらしい。
使令を使っての捜索を私の影に潜んでいた冗祐から禁止させたがために自らの足で探しているためらしいが、王が唐突に居なくなってから一ヶ月、ごく普通に王宮が回っていることに気づかないものだろうか。
「ケーキって抜けてるのかしら?女官にでも聞けばいいのに。ねぇ、冗祐」
延の王宮である玄英宮の東屋でお茶を六太と共に飲みながら、ケーキの近況について彼から聞き終えたところで私がそう言えば私の影に潜む使令は賢明なことに無言を貫いた。
「いやいや、。王が王宮を抜け出すとか普通は焦るだろ?」
「貴方達には言われたくはないんだけれど」
王と麒麟がそろって王宮から姿を晦ましてるじゃないか。
「家出とか言って外に出たりしてないぞ。俺達は」
流石に家出宣言はやり過ぎだっただろうかと思うものの、ケーキに見つからぬようにあれから何度か戻って急ぎの仕事は終わらせているのだから仕事を溜めている延主従よりはマシだ。
ケーキに問われぬ限りは私のことは言わないことと言いつけているので、ケーキは知らないようだ。
今回の騒ぎの発端を聞いていた女官のせいか王宮で夫婦喧嘩みたいな扱いにされているのはどうかと思うけどね。
「麒麟にとって王は大切なもんなんだよ。苛めてやるなよ」
「私の大切な物を蔑ろにされたの」
「衣装ぐらいで大げ……いや、何でもねぇよ」
六太の言葉に視線を向けたところ途中で黙ったので私は笑みを浮かべた。
どれだけ年齢が上だろうと人の趣味にケチをつける輩には遠慮をしてはいけないと私は思う。
うん、これは国政ではなく友人間での問題なので私の行動は悪くはない。
「おっ、景麒が来たみたいだぞ」
六太の言葉に彼と同じ方向を見れば東屋に近づいてくる人影があった。
どちらも見覚えがあるもので二人共、背が高い。黒髪と金髪が並んでいると絵になるものだと思っていると片方の人影がこちらへと走ってくる。
「主上っ!」
近づいてきた彼の瞳からポロリッと一滴、涙と呼ばれるものがこぼれ落ちた。怜悧なその美貌であるがゆえにどこか儚さも漂わせる今のケーキ。
お前、そんなキャラではないだろっ!と、叫びたくなるほどに必死なその様子に呆気にとられ、当初は一度は見つかっても逃げようとか考えていたのにそのタイミングを逃してしまった。
「お探し致しましたよっ!」
座っている私の両腕を握るケーキのそれぞれの手。潤むその瞳。
「……何、これ」
助けを求めて近くの六太へと視線を向けるが彼も唖然とした様子で固まっていた。
ああ、この様子だと私の目の前にいるケーキもどきは見間違いではないようだ。
「使令は一切使っておりません。ですから、王を止めるなど禅譲されるなどとは……」
もう一滴とかではなくボロボロと涙が流れていくその様子に視線を六太からケーキへと戻した。
感情をあまり表にださないがないわけではなく、それどころか人一倍、精細なものを持っている彼には今回のことは許容範囲外であったのだろう。
「泣かないの、ケーキ」
濡れる頬を指で拭う。あまり泣かないがためか鼻もいつの間にか真っ赤になっていて、子どもを泣かせたかのような後ろめたさがある。
延の王宮に居るために一応は王の前でも失礼にならない程度に衣装を整えていたので袖が涙で濡れた。
「今、禅譲をする気などないわよ」
この涙が止まって欲しいと思う間は出来るはずもない。
「まことですか?」
「ええ」
涙目で見上げてくる彼に私がしっかりと頷くと、私が慌てている間に近づいてきていたのか。
「まるで親子のようではないか」
「見た目は景麒のほうが上だけどな」
からかうような延王と何とか復活したのか呆れ顔の六太がこちらを見ている。
私は彼らの前で少しばかり恥ずかしい思いをしたものの、雨降って地固まるということで今回のことは水に流してあげようと私はまだ泣いてるケーキの背中を軽くトントンっと叩く。本当に子どもを相手にしている気分になってきたぞ。



金波宮に戻ってから各国の王から、麒麟を泣かすなという書簡を頂いた。
悲しませるとかでなくて泣かすなという時点で、ケーキは文字通りに泣いてたんじゃないだろうか?
延でのことが最初ではなかったとしたら、泣き虫麒麟という印象を各国に与えた可能性がある。
それに、堯天に久しぶりに下りた時に変わったことがないかと聞いた時に、妹の子孫が商っている店の前で女の名を呼ぶ男がいたとかいないとかいう噂話を聞いたけど……きっ、気のせいだよね。うん、気のせい気のせい。
私は噂話を頭の中から抹消すると、各国の王へとわびの書簡を書きはじめた。





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