遠き空へ


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私は不審者扱いされていた。それを不満に思う気持ちがないとは言えないが彼らからしてみればマルクトの軍服を着たジェイド・カーティスによく似た女が突如として移動中のタルタロスの甲板に現れたのだから当然だとは思う。
そう理解出来てはいても、こちらとしては部下として認識している彼らに警戒の眼差しを向けられるのは外見上では笑っていても辛いものがあると、現実逃避として私は空を見上げる。
「あの、一体どのようにこちらへ?」
軍服についた階級証からこちらが佐官であると考えて甲板で見張りをしていた兵の一人が丁寧な物言いで声をかけてきた。
「リール兵長、外郭大地は降りたはずなのに空が近いのは何故でしょうか?」
「はっ?」
声が覚えのある者であったので彼の名を呼び、私はこちらに現れてから早々に自分の手札をきったのは突拍子もないことをいいそれが事実であると認識されれば、私のいうことをもしかしたら程度には考えてもらえる可能性があるからだ。
脳みそが足りないどころか脳みそのないローレライのおかげで私はどのタイミングかは知らないが、任務遂行中の軍艦の上に放り出されたのだ。移動している時点で運が悪ければ空に放り出されていたことだろう。
そうなったらローレライの妙なたくらみなのか行為は無駄となり、私は考えたくも無い状態へと陥っていただろう事実にローレライを絞める要因が一つ増えたと忘れないように脳内に刻み込み。
「意味がわかりませんか? では、今日の日付と時刻を答えて下さい」
知っているようで知らないタルタロスでの初会話はこのようにはじまったのだ。



机とクッションも無い椅子だけの殺風景な部屋は取調室。そこに私は取り調べる側としてではなく取り調べられる側として椅子に腰掛けていた。
日付と時刻は答えては貰えはしたが名前と階級を名乗った時点で責任者であるジェイド・カーティスが呼ばれることとなり、その結果が現状だ。
「名乗らせて頂きましょうか。私の名はジェイド・カーティス。マルクトの大佐ですよ」
「私は・カーティス、奇遇なことに私もマルクトの佐官、階級は大佐です」
にっこり、にっこりと二人して微笑み合っていると部屋の隅で直立している兵が目線を彷徨わせているのが確認できた。瞬きはともかく視線を彷徨わせるのはダメだぞ。
「いやぁ、カーティスの姓を持つ佐官が私以外にいるとははじめて知りました。尉官以下はともかく佐官以上にはカーティス姓のものはいないはずなんですがねぇ」
確かに私以外にいないと自分の知識と照らし合わせたところで動きを止める。それは少しおかしなことのような気がしたのだ。
「……貴方の養父は?」
自分の養父はアリエッタを養女としたことで彼女の面倒をみることにしたと軍を引退した。
ジェイドには養女などいないのでこちらでの養父が引退しているとは考えづらい。アリエッタが来るまでは生涯現役を貫きそうな勢いだったと記憶している。
「おや、私が養子だと知っているのですね。まぁ、質問に答えておきますと養父は亡くなりましたよ。歳も歳でしたので寿命……どうかしましたか?」
「……」
こちらでの養父は私の養父とは別人だ。それを理解できているのに胸が締め付けられる思いがした。
私は意図しないところで本来とは違う結果を知ることはあったが、今回のこともその一つで養父はアリエッタが私の養女にならなければ、あの頑固な親父殿は亡くなっていたらしい。
死因を聞きたいところではあるがこの場において聞くべきことではないだろうと一先ずは思考の外に置き。
「いえ、何でもありません。理由はともかくとして佐官以上にカーティス姓の者がいない事実は一緒なのは理解しました」
「貴方は何を理解したと言うんですか?」
ジェイド・カーティスとそれに成り代わっていたのだろう自分、ここは彼の世界で私の生きた世界ではないことも理解している。深く息を吸って、吐く。
「腹の探り合いは非効率的です。私の知る事実を話させて頂くことにします」
覚悟を決めよう。この世界の事実を語り、知っているだけの傍観者であることを選ばない覚悟を。
「それはありがたいですね」
赤い瞳と二枚のレンズ越しに視線が合わさる。
元より世界にただ一人しか居ないはずの譜眼、それを持っている私をジェイド・カーティスは逃しはしないだろう。
「私はこの世界の人間ではないのだと認識しています」
「この世界のっとはこれまた変わったことを仰いますね」
信じていないのだろう冷ややかな瞳が私を見ている。
「私が狂人かどうかは私には判断出来ませんが、正常であるとして理由は外郭大地の降下が未だなされていないからです」
「外郭大地とは何ですか?」
狂人であれば狂人であると認識出来ないだろうし、そもそも今の私の知識が狂人の妄想なら不幸ではない。
そう少なくともこの世界の人の滅亡が事実ではないという可能性が高くなるのだ逆に幸せなこととも言える。
「外郭大地とは…――」
私の口から外郭大地に関する知る限りの知識、ダアトの、それも極一部しか知らない機密。
それを淡々と語り、耐久年数の限界がとっくにきていることアクゼリュスの瘴気もそのせいだと言えば、目の前の男はその目を細めた。
淡々と、淡々と、感情の交えない男女の差のために高低差はあれど似たような声が会話、いや、知識交換をおこなう。持ち出しは私のほうが多い。
「信じられない話ではありますが矛盾はありません。貴方の語ることが事実であればですが」
リール兵長に聞いていた日付からして今回の任務はアクゼリュス関連のはずであった。
物語の始まりの年だけしか覚えていないが聞いた日付はその年であったが、悠長に私と彼が会話していることからまだルークはタルタロスに乗っていないと推測できる。
導師イオン、正確にはレプリカであるイオンが乗っているかどうかはゲーム本編中の要人警護へのジェイド・カーティスの対応を知っているので正確なところはわからない。
乗っていないほうが説得できれば楽でいいんだけれどと自分としての希望を考えていると兵がジェイドを呼ぶ。彼はこちらを一瞥した後に立ち上がり部屋の外へと出ていく。
「あっ!大佐〜、すみません。イオン様が…――」
ドアが閉まる前に聞こえてきたのは軍艦で聞くには不釣合いな少女の声だった。
締まるドア、そちらを思わず見つめた後に立っている兵に視線を向けると目が合ったのは監視されているからだろうが。
「先程の声、軍属にしては若過ぎるようですし、イオン様と聞こえてきたんですが?」
「……」
予測はしていたが返答はなく、けれど何だか苛立つものを感じてそれを紛らわすために息を吐き出した。
何故かビクリッとはねたその肩に私は怯えられているらしいと知る。サフィールのおかげで崇拝にも似た目ばかり向けられていたので、こんな反応は珍しすぎる。
この反応はジェイド・カーティスと似たような存在かもしれないからだろうか。どれだけ恐れられているのかと頭が痛くなってきたぞ。



取調べの後、とある事情とやらで引渡しなどでも私を降ろせないといったジェイドのおかげで私は譜業を封じる拘束具な手錠付きで独房の住人となった。
そうして漆黒の翼を追っているらしい放送を聞いたり、その時には思わず「極秘任務中に何をしてるんでしょうね。あの人」と独り言を言ってしまったのは失敗だろう。
しばらく後にタルタロスが停留したらしく駆動音が聞こえなくなり、エンゲーブに確かゲーム中停留したんだったとだいぶ忘れてしまっている流れを思い返す。
そういえばここでルークを連行してくるんだったかと思い出しはしたものの、私がジェイドの時点でゲームの流れはあまり関係ないと思い返すこともあまりなかったせいでうろ覚えだ。
この後に襲撃があったはずだとは思い出しはしてものの、どのタイミングだったかまでは思い出せずに忠告しようにも大したことは出来なかった。精々、空といえど警戒は怠らないようにしているかと見張りの兵に聞いただけだ。
そもそも忘れ去られたかと思うほどに責任者である男に放置されている人間なので、艦内のことですら把握しきれてはいないし今後の扱いに期待は持てそうにない。
駆動音がないままに一夜を過ごし、約半日ぶりに感じた駆動音にもしかしたらルークが乗船した頃合だろうかと推測する。確かかなり失礼な御招きをしていたような記憶がかすかにある。
正確にいつとはわからないが半日もしないだろうと筋肉を解すために身体を動かした後に、両手首を拘束している手錠をはずすタイミングを待つ。筋肉が固まる前に来てくれると助かるんだけど……
「……何だ?」
鳴り響く警告音に戸惑いの声をあげる見張りの兵の声が聞こえてきたが、それを気に止めずにすぐさま手錠を外す。
襟の部分から取り出した針金のおかげだが、着替えもさせずに軍服のままで放置したジェイド・カーティスの責任です。
「お前、何をしているっ!」
独房のドアに譜術で大穴を開ければこちらの行動を制止させようとする優秀すぎる兵に。
「緊急配備に勝手につくだけです。ファミーユ」
「はっ?コンタミネーション現象……」
止めるのなら押しのけてでもと槍を出したところで相手の動きが止まった。
理由を考えるより先に好都合だと脇を走り抜け通信機へと手を伸ばしたところで声をかけられる。
「まっ、待って下さい。皆、戦闘配備についていますのでお戻り下さい」
「今のままですとこの艦は落ちる可能性が高いので出来かねますね」
何があったのか丁重な言葉遣いに内心で首を傾げつつ、私が知るタルタロスでの通信するために必要なコードを打ち込む。
緊急時においての優先回線、それがこちらでも同じコードかどうかは掛けだったが無事に通じた。
「艦橋!魔物の大群ですが空を飛ぶ魔物だけでなく他の魔物も運んできている可能性があります。甲板上空からの魔物降下に警戒を」
タルタロスが落ちた大きな理由は艦橋の制圧があまりにも速すぎたせいだろう。そして、その一つの理由は魔物の群としての行動であったことは想像に難くない。
「師団長、お言葉ですが別種の魔物が群れるとは聞いたことがありません」
「神託の盾騎士団に魔物を操れると言われている者がいるでしょう。導師がこの艦にいらっしゃる時点でその者の関与が疑わしい。砲撃前に念のために呼びかけを!」
譜業を通したせいでジェイドに間違われたらしいので勘違いさせたままにそう言い放つと甲板へと向かう。
その途中で自分とよく似た色合いの髪と瞳を持つ男、赤髪翠の瞳とキムラスカの貴色を持つ少年、聖女の血を引く少女、護衛してない導師守護役、聖獣チーグルを見かけたが声もかけずに無視。
「待ちなさいっ!一体、どうやっ……」
何か言われたような気がするが秘儀聞こえないふりを私は発動したが着いてきていたファミーユは捕まったようだ。
甲板につく間に上空からの魔物の降下の可能性を示唆しての警戒の呼びかけと神託の盾騎士団である可能性も放送されるのを聞きつつ、甲板へと到着する。
「間に合いましたか」
甲板には魔物の姿はなく、導師イオンが兵に護衛されているのが確認できた。
「ジェイド!」
あちらかも私を確認できたようだけれど、離れているせいか性別が違うのにジェイドと思われたようだ。
説明する暇は今はないのでグリフィンの大群を確認後、上空へと視線を走らせれば気のせいかと思うほどの小ささで見える複数の黒い物体に気がつくことが出来た。
「――…へ告ぐ、この艦は任務中である。これ以上近づけば砲撃もやむなし」
グリフィンの群へと向ける警告。それを聞きながら私は詠唱をはじめる。
「雷雲よ我が刃となりて敵を貫け」
上空の影が大きくなってくるのを確認し、タイミングを計り。
『サンダーブレード!』
譜術を発動すれば重なるようにして空を雷が走りぬけ、上空の影の正体であるライガへと当たる。
確認後に譜術と同様に重なった声が聞こえてきたほうへと視線を向ければ紅い瞳と視線が合い。
「お解かりのとおりに緊急事態です。協力をお願いしますよ。報酬は貴方が壊したドアのことを不問とするでいかがでしょう。
コンタミネーション現象により私が持っている槍よりも重そうな槍を出現させた相手の言葉に肩を竦め。
「それが貴方の評価であればそれで結構です。ジェイド」
「……報酬は応相談ということにしましょうか」
貴方の評価というものにジェイドからの私への評価とジェイドの自分自身の評価と二重の意味を含めたのに気づいたのだろう。苦笑めいた笑みを彼は浮かべた。
私達以外にも譜術を打ちはしたものの全てのライガを仕留めることが出来ずにライガが数頭が生きて降ってきた。
近くに降ってきたライガを槍で突けばジェイドが譜術の詠唱をはじめる。動きの止まっている彼へと狙いを定めたライガを槍を揮い牽制する。
「導師が艦内に避難できたのを確認しました。もう少し身体を動かしてみては?」
タービュランスを唱え甲板の端に居たライガを空中へと落としたジェイドへとそう声をかける。
「やれやれ、年甲斐もなく身体を酷使するとしましょうか」
槍を構え私が牽制していたライガへと槍で足を狙った攻撃をした彼に合わせて同じ足へと攻撃をすると、目に見えて動きが鈍くなったライガから攻撃対象を変更したジェイド、それを認識しつつ私は手負いのライガを倒すことにした。
降ってきたライガは怪我をしたものが多かったためマルクト側が有利なようなのと、打たれた砲撃によりグリフィンの群が半数近くがその犠牲となったためか第二段の攻撃となっただろうグリフィンが接近してこないのだ。
「これで終わりのようですね」
最後のライガを倒したのを確認してジェイドへと声をかける。
甲板に居たライガを掃討している間にグリフィンは撤退。ただし、神託の盾の人間は直接襲撃してこなかったので証拠はない状態だ。
そこのところは多少は残念ではあるが本来よりも死傷者は圧倒的に少ないだろうことは救いか。
「そのようです。さて、貴方への報酬なんですが……」
「……」
「とある高貴な血筋の方の護衛はいかがでしょう?護衛ですので独房から出られますし、必要経費はこちら持ちです」
笑みを浮かべて言った相手に答えるようにこちらも笑みを浮かべ。
「独房に居るよりは有意義そうですね。報酬ですがドアのことも忘れずにお願いしますよ」
うっかり忘れてましたなどと言われたくないので念を押しておく。
「おや、忘れるところでした」
胡散臭い笑顔に変わらぬ笑みを向けていると周囲に居た兵達が、何故か離れていく。
師団で一番強いとは言え上官が正体不明の女と向かい合っているのだから、その判断はダメだろうとジェイドから目を逸らし周囲へと眼を向ければ肩を震わす者、目線を逸らす者、どれだけ恐れられているんだろう。
「知っている者もいるでしょうが突如としてタルタロスに現れた彼女は・カーティス。私の妹です」
「何を言ってるんですか?」
唐突に語り出した相手とその内容に呆れて視線を向けるが眉一つ動かすことなく。
「あと、服がないからと兄の軍服を着たりする厚顔無恥で譜術の実験で超振動起こしてここに現れたおちゃめさんです」
似ているゆえに妹という扱いにし、不自然な登場を実験などといい有耶無耶にするつもりらしい。
そんなことが通じるわけがあるかと思えば、周囲から流石は大佐の……やら、よく似てるやらと信じてるっぽい呟きが聞こえてくる。
私の世界に居る彼らよりも頭が柔らかいのかそれだけの無茶を目の前の男に強いられてきたのかどっちだ。
「……ええ、まぁ。おちゃめさんなので気兼ねなく仲良くして頂けますと助かります」
肩を竦めて会釈をからするとざわつく兵達。うん、普通の挨拶ですら驚かれているのは何でなんだろうね。まともっぽいとか思わず呟いちゃった人、気づいたよ。私もだけど私の隣に居るジェイドも……ご愁傷様です。
ジェイドの相談もない発言だが内容としては身分を証明するものがない今の私には好都合だと考え、妹扱いに苛立ちを感じつつも姉扱いも嫌なので若いと思われるほうだったのでまだマシかと自分を慰める。
きっと、都合が良いからそれに乗るだろうと判断しての発言だろうし、これだけ似ていると赤の他人説よりは血の繋がりがある身内のほうが納得がいくものだろう。
「すみませんが研究続きの身の上としては久しぶりの戦闘で疲れたので身体を休めています」
視界に入ったこちらに近づいてくるマルコの姿にジェイドへとそう声をかけると作業の邪魔にならない隅のほうへと移動する。
今回の襲撃の被害報告をしているのだろうマルコとそれを受けているジェイドの姿から眼を逸らす。本来であれば目の前に居る二人の姿のほうが正しいのだ。
それだというのに、師団長として報告を受けるのはサフィールで報告するのは私でないことが奇妙だと思うのは・カーティスとして生きているからだろうか。
・カーティスを知らない私の見知った人々に囲まれながら私は空を見上げれば、空にある音素帯の近さにここは私の世界でない事実を突きつけられる。

「――…私はここに居ます」

届かぬ想いを込めた声は空へと溶けていく。
守りたいと願った愛しい人々のいない空へと溶けた想いは何処へゆくのだろうか。





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