女神の微睡み


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「クレーターの、冥界への使者となりこの書状をハーデスへと届けるように」
死刑宣告をされました。可愛い顔して酷すぎる我等が女神なアテナ様に。酷すぎると思うのは私だけだろうか。
聖戦で傷ついたという星矢の治療は順調に進み、だいぶ回復しているのでそろそろ私がいなくても大丈夫そうだと告げた二週間後であることに作為を感じる。
私は聖域から離れたかったが、それは日本に戻るかシベリアの修行地に行きたいのであり、どこぞの危険地帯とか冥界というわけのわからない場所に行きたいわけじゃない。
聖戦前から普通に休暇しまくっていた私へのペナルティだとでも言うのだろうか。私に言わさせてもらえばそれは聖域側の連絡ミスであり、私自身に罪はないはずだ。
聖戦終了、後片付けのゴタゴタもひと段落ついた頃に私を思い出したのは、師であるカミュだったらしい。それについてはカミュも死んでたり、生き返ったりと大変だったのだろうと理解しているし、タイミング的には悪くなかったと思う。
難しい治療とか無理とか思っていたけど、星矢への治療は私が得意とする小宇宙の練り上げで何とか出来るタイプだったから、まだ若いどころか若すぎる彼の身体がリハビリをすれば元のようになりそうなのは喜ばしいことだった。
だが、聖戦の立役者の一人である彼への治療をした私への聖域からの対応は謁見の間にてアテナ様から直々の新たな任務。それも冥界に逝けとか無茶過ぎる要求で勘弁してほしい。ペーペーの新米聖闘士に敵地に逝けとかドSじゃないですか?この方。
「私がですか?」
アルカイック・スマイルを浮かべ、十代半ばとか嘘だろうと叫びたくなるほどのプロポーションの持ち主でもある彼女は否定して欲しい私の前で優雅な仕草で頷き。
「ええ、此度の戦では地上、冥界の戦士達の血が多く流れました。この戦いに参加していない聖闘士は貴方一人。使者として相応しいと判断しました」
中身はともかく重大の若者が使者とか相応しくないと叫びたいが、師であるカミュを筆頭に何でか揃ってる黄金聖闘士、仮面をつけた正真正銘本物らしい教皇、その補佐であり最初に会った教皇の中身だったというサガ。
これだけ私よりも強いだろう人間に見られつつ、そんな彼らが敬愛どころか崇めている女神様に命じられた私にはこの場においてすぐさま彼女の命を断わるということは出来ない。
「わかりました」
選ばれた理由は理解出来たので頭を下げたものの、冥界への使者って文字通り逝って来いってことなんだよね。
全員死んでいたらしいカミュ達がここに生き返っている時点で死んだままとかいうオチはないと信じよう。
「デスマスクと共に任務にあたれ」
「キャンサーのデスマスク、任務承りました」
女神の涼やかな声とは違う仮面のせいでくぐもって性別不明な声が私へと告げた言葉に、疑問の声を上げたくなったが続いたデスマスクの言葉に声に出すことはなく。
デスマスクが使者って冥界にまた聖戦しましょうねとかいうお誘いですか? 宣戦布告ですか?
中身は結構、気のいいお兄さんだって知ってるけど顔つきは怖いし、喧嘩っ早いしで使者としてはどうかと思うのは私だけなの?
「クレーターの、任務承りました」
何にせよ。黄金である彼が承ってしまったのだから私も頷くしかないと頭を下げて了承した。
私よりも経験豊富だろう黄金の方々が止めていないのだから、問題ないんだよね。うん。きっとそのはず。
次は退室を促がされるはずなので、この聖域のお偉いさんが勢ぞろいな状態から抜け出すことが出来る。
「それでは……」
、紅茶はお好きかしら」
型通りの退室を促がすはずの教皇の発言をさえぎるタイミングで笑顔の女神様が日本語で私に話しかけてきた。
いきなりのその言葉に驚いて頭を上げてしまったけれど、咎められなかったのでセーフだ。
「はい」
もしも嫌いだとしても女神大好き集団の前で嫌いなどと言える勇気はこれっぽっちも持ち合わせていない。
「では、よいウバの葉を頂きましたの。ミルクティーで頂きましょう」
手を合わせて楽しげに言うその姿はギリシャ語で任務を言い渡された時よりも年相応に見える。
女神様がよい葉という紅茶には期待してもいいだろうしと思ったとき、覚えのある小宇宙を感じた気がした。
それは誰とは特定できなかったし気のせいかも知れないと、女神へと集中する。
「星矢達も招待しているのですよ」
なるほど、お友達とのお茶会といったところらしい。女神アテナは人としての姿もあり、青銅達とは女神としてよりも人として接しているのだろう。
そんなお茶会なら黄金聖闘士が大量にいるこの場よりは居心地は良いだろうし、それに女神に誘われて断わるとか無理だろうしね。
「お招き頂きまして光栄です」
「ふふ、硬くなる必要はないわ。歳が近いんですもの」
無理無理。黄金と白銀のスペック差を考えてください。女神に無礼を働いたとか思われたら私の命は文字通り消し炭になりそうなんです。
小宇宙という不思議パワーはおかしい。自分も使用できるし便利だけどおかしい。素手で岩を殴って粉砕とかおかしいとしか言いようが無い。
シベリアではカミュと兄弟弟子達とかいなかったので感覚が麻痺してたけど、日本で過ごした身には聖域の人間の理不尽ともいえる力は怖すぎる。
「ありがとうございます」
そう訴えたい気持ちはあれどここで訴えるほど馬鹿にはなれない。
「アテナ」
私がこの謁見の間に入ってからのはじめてのカミュの発言に私も視線を向けると。
「カミュ、弟子達も参加するならお茶会に出たいと言い出すなよ」
「なっ!ミロ、何を言っている。私はそんなことを言いはしない」
別の黄金聖闘士が口を開いたことでこの場が少し気軽なものになっていることに気がついた。
私自身は挨拶した程度で話したことはないがカミュとは親しいらしいミロという人が発言したことと、その口調が気安く聞こえるからだ。
「そうですよ、ミロ。カミュといえどそこまで弟子に過保護な真似はしないでしょう」
「ええ、アテナの言うとおりでしょう。私は貴鬼も参加しますし、心配なのでお茶会に参加しますが」
微笑みを浮かべるアテナとムウという二人が、本当にそう考えているのかどうか悩むところだ。
それにお茶会に参加する人って星矢達以外にもいるのか。黄金聖闘士のムウが参加するみたいだし、他の人も参加するのかな。
「お前は参加するのかよ」
「はい。シオンも参加しますしね。文句でもおありですか?デスマスク」
「別にねぇよ」
私も気になっていたことをデスマスクが質問してくれたので、その答えに耳を傾けたが笑顔で答えるムウからは妙な迫力があった。
小宇宙を高めているわけでもないのに圧力感じるとか一体、何なんだろう。そっと視線をそらした私の視界の隅で同じように視線をそらすデスマスクを認識できた。
この人、何か立場が弱いような。チラッとそう脳内で考えただけなのに何故かデスマスクに睨まれたのは理不尽だ。
あと、シオンって黄金聖闘士ではないはずの人だけど誰? 双子座みたいに新しく発見された二人目とか?
「それで、カミュは何を言うつもりだったのかしら?」
「不肖な弟子達ですがよろしくお願いします。アテナ」
「不肖などと思ってもいないでしょうに」
カミュの言葉に笑う女神。微笑みあう二人の美形の男女とかはかなり絵になる。
「さぁ、シオン、。お茶会に行きましょう」
呼ばれたので立ち上がってついていったもののシオンという黄金聖闘士ではないはずの人もこの場に居るのかと周囲を見回すと女神の後に続いたのは教皇とムウに獅子座のアイオリアだ。
アテナの護衛には聖域であろうと二人の黄金聖闘士がつくという話なので、ムウとアイオリアの二人は護衛だとして教皇は何なんだろう。その疑問の答えはお茶会の場で教皇が仮面を外した時に出た。
星矢への治療後に一度だけ会った訓練生達とあまり変わらない格好をしていた青年だった。会った時に夢とするようにとか言っていたのは普段着で出歩いて、聖域の人の仕事振りとか見ていたせいか。
ヒーリングとか小宇宙のコントロールに長けてないと出来ないらしいく、それだけで実力者と思われるらしいので黙っていて欲しかったんだろうと推測でき、かつての疑問に答えが出たでけでもお茶会に参加した意味はあったのかな。
「何でシオンが参加してるんだよ」
「小僧、教皇に対しての態度とは思えんぞ」
「今日はぶれーこーだろ。ぶれーこー」
「最低限の礼儀は弁えよと言っているのだ」
教皇が星矢と同レベルの言い合いをしているような気もするのは気のせいだろうしね。気のせいだって言ったら気のせいだ。あははは。何か笑うしかない。
あと、女神様はドSらしいと確信できました。近頃の女神というか女王様はムチではなく杖を使うみたいです。



女神アテナな沙織嬢の視点

謁見の間に並ぶ黄金聖闘士達。それだけでも気の弱い者はのまれてしまうというのに今、入ってきた者に惑いはない。
真っ直ぐに向けられた視線、一定のリズムと歩幅で近づいてくるのはこの場に居る黄金聖闘士の水瓶座のカミュの弟子の一人であり、自身もまた聖闘士である杯座の
戦いで傷ついた星矢を癒すほどの稀代なヒーリング能力の持ち主というだけあり、彼の小宇宙はどこか女性的なものを感じさせる。
「クレーターの、参りました」
この空間に澄んだ声が響く、まだ声変わりをしていない高い声は性差を感じさはしなかった。性別を聞いていなかったら私は彼の性別を間違えてしまっていただろう。
「よく来てくれました」
膝をつき、伏せられた顔に彼の瞳が見れないことを残念に思う。
「貴方を呼んだのはとある任務を受けてもらいたいためです」
「……」
私の言葉に沈黙でこたえた相手に私は任務内容を告げる。
「クレーターの、冥界への使者となりこの書状をハーデスへと届けるように」
「私がですか?」
意外であったのだろう。私の言葉に顔を上げたその顔には驚きが浮かんでいる。
黄金聖闘士達がそろう謁見の間を堂々と歩いていた人物とは思えないほどに、素直にその顔に浮かぶ表情は年相応に見えた。
華やかな美しさではないけれど、そこなあれば眼を向けずにはいられないような目を惹くものを彼は持っている。それは見た目ではなく雰囲気といったもの。
「ええ、此度の戦では地上、冥界の戦士達の血が多く流れました。この戦いに参加していない聖闘士は貴方一人。使者として相応しいと判断しました」
その顔を彼はほんの僅かに歪ませ。
「……わかりました」
了承の言葉を言った貴方は気づいているのだろうか。いいえ、きっと気づいていない。
聖域からの命令を守り日本に居続けたことに彼は罪悪感を感じているのだろう。知らなかったこととはいえ、聖戦に参加することも出来なかったことに。
貴方はそんな罪悪感など抱かなくても大丈夫なのだと伝えてあげたい。でも、日本という近くに居たというのに彼のことを気づきもしなかった私が何を言えるというのでしょう。
迷う私の沈黙をどう思ったのかシオンが彼にデスマスクと共に任務にあたるように伝えている。
「キャンサーのデスマスク、任務承りました」
任務であるために真面目に聞こえる声で返答をしたが、その声に含む楽しげな色に気づく。
それに気づいた様子のサガの厳しい視線が彼に向けられるが、デスマスクはそれを気にする様子はない。だが、私としては今回のデスマスクの態度が不思議でならなかった。
どんな時であれ面倒臭いといった態度を崩さない彼が、今は表面上であれ他の黄金聖闘士と同じく沈黙して立ち並ぶ姿は奇妙にも感じる。
未だ女神である私に忠誠を誓ってはいない彼は普段であれば、このような場にはいなかっただろう。それは今回の任務を任命される人物を彼が気にかけているという何よりの証。
デスマスクはかつてより私のことを認めてはくれてはいるとは思いはすれど、一歩引いているように感じている。きっとデスマスクにとっては私よりもに心響くものがあるのでしょうね。
「それでは」
シオンが退室を促がすように言葉を発したことに気づき。
、紅茶はお好きかしら」
本来であれば共に任務にあたるデスマスクと過ごす時間を与えるべきだった。それでも、このまま彼と離れたくはなかった。理由は色々とある。
星矢への治療の礼、デスマスクが認めているのは彼の何を認めているのか。何より、神の小宇宙ではなくあくまでも人の小宇宙であるはずなのに深いその小宇宙を持つその人柄を。
「では、よいウバの葉を頂きましたの。ミルクティーで頂きましょう」
戸惑う彼を押し切るように言葉を紡げば、吐き出されるシオンのため息。
『アテナ、何をお考えですか?』
『私は彼を知りたいの。とても不思議な小宇宙の持ち主ですもの』
聞こえてきたシオンの思念に口ではへと話しながら、シオンに同じようにテレパスで私は答える。
流石は教皇といったことか彼の小宇宙の僅かな高まりに気づける者は聖域では黄金聖闘士達ぐらいだろう。だというのに目の前の白銀聖闘士の表情が僅かに動いたということが信じられなかった。
小宇宙の扱いにたけたとは聞いてはいたけれど、シオンの小宇宙の動きに気づいたとは考えていたよりもその実力は高いのでしょう。星矢がよく話題として出すのも頷けるというもの。
『……なるほど、それならばこのシオンもお茶会に参加致します』
何故、それならばなのだろうと疑問に思うも反対する理由はないために頷く。仮面でその表情をうかがうことは出来ないものの、テレパスは波長を合わせることでお互いの意思を感じ取ることが出来るために、彼の感情が少し流れてきた。
それは好意的なもののように感じるのでシオンは彼のことを気に入ってはいるのだろう。ただ心配なのはシオンは気に入っている相手に対して二通りの対応をすることだ。
孫弟子である貴鬼に対するもののような年齢的には好々爺といった姿と黄金聖闘士や星矢達に対する厳しく接する姿とがある。彼に対してはシオンはどんな風に接するつもりなのでしょう。
「さぁ、シオン、。お茶会に行きましょう」
シオンはムウにテレパスで参加すると伝えたようだけれど、星矢達に予定していた人数よりも参加人数が二人増えたことは内緒にしておこう。
彼らはが参加することは喜び、シオンが参加することに難色を、特に星矢が示しそうだけれど悪いことではないだろう。
教皇シオン、前々回の聖戦から常に聖域の頂としてあった彼は星矢の気安い触れ合いも楽しそうにしている様子もあるのですもの。でも、星矢との言い合いは大人気ないように思うのは気のせいではないわよね?
止めようとする瞬達と我関せずとでもいうように呆れた様子で傍観しているムウとは違って、言い合う二人に微笑んでいるは大らかな人なのだろう。人としては深いその小宇宙のままに。
私は何て幸せなのだろうか。アテナとしての自覚はあれど前世のことなどほとんど覚えていない私を支えてくれる彼らとの未来は明るいものだと信じられるのだから!



清々しく澄んだ私の心とは裏腹に周囲は騒がしい。
「小僧小僧って、だったらあんたはジジイだろっ!」
「ジジイだと?」
「へっ、見た目はともかく中身は年寄じゃん」
晴れ渡った青空。陽の光に黄金の杖は煌き、勝利は私の手にあった。
「さすがはアテナです」
星矢はともかく師であるシオンにタンコブが出来ているのに気にした様子のないムウは弟子としてよいのでしょうか?
そう疑問が浮かんだけれどお茶のおかわりをリッカが注いでくれたので、私は気にしないことにしました。だって、平和な時間ですものね。





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