冥王の微笑み


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少しも嬉しくはないけど冥界に生きたままの生身で行くことが出来ました。それもこれもデスマスクの必殺技のおかげです。殴りこみですか?とか、考えてごめんよ。しかし、あまりありがたくないのは亡者の行進を冥界到着初っ端に見せられたかもしれない。
泣きたい気持ちを堪えて冥界側の案内人であるワイバーンのラダマンティスという人が案内するままのルートを通り、恐れ多くも冥界の主であるハーデスと彼の側近である双子神に会うことになった。
ただし、一人で。相方であるデスマスクは使者の代表者は私という理由によって途中で足止めされやがりました。うん、彼のせいではないけど役に立たないと舌打ちを打ちそうになったのは仕方がないと思って欲しい。
そんなこんなで嬉し恥ずかしの味方でない神様方との初対面はぼっちという仕打ちを受けてます。聖域の使者としての案内の口上を謁見の間で受け、進む先には中央にハーデスらしき人その斜め後ろに立ってる女の人、左右にはよく似た男性とこれは双子神だろう。
彼らの小宇宙が女性は除いてだが神々はそれぞれそれほど高めてはいないはずなのに恐ろしく感じるのは、仕えているアテナのものでないからなのだろうか。いやいや、考えてると動けなくなりそうだ。もうここは無心だ無心。
神様相手に逆らっちゃいけない。一応は私は正式な使者なわけで聖戦をする気がないはずの相手は害を与えないはずだし……我等が偽教皇様ことサガがしたように妙な技を使って洗脳とかしようと考えてないかぎりはね。
「冥界の主たるハーデス神、拝謁つかまつり光栄でございます。私はクレーターのと申します。聖域からの書状を届けに参りました」
アテナの時よりも離れた位置で立ち止まり膝をつき頭を下げる。書状自体はもうとっくに渡しているので内容はあちらは確認済みだ。
ようは今の平和な状態を保ちましょうと確認するような内容らしいので、重要は重要でも断わられなければいいというものだ。
「ほう……アテナの従者たる聖闘士が頭をたれるのか」
声が聞こえてきたのは中央から、それが意外であったのは本来であれば代弁者であるという女性から声をかけられるはずだと説明を受けていたからだ。
何故、神それもハーデス自身から声をかけられたのか。その迷いが出たがゆえにすぐに答えられず……
「アテナの聖闘士よ。面を上げ、答えることを許す」
聞こえてきたのは別の声、右側。双子のうちどちらの神様なのかは実は判別ついてない。
確か説明を受けたような気がするがすっかり忘れました。もちろん、そんなことを言ったら死亡フラグだとは自覚してるので言わないけどね。
「はい」
一拍後に顔を上げると合ってしまったように感じたハーデス神からの眼差しに蛇に睨まれたかえるの如く思わず動きを止めてしまう。
それは多少離れていたところで感じることが出来る神々しすぎる小宇宙と、この身体になったおかげな優秀な視力のせいで確認できたその美麗な相貌のせいか。
「先の聖戦より以前に聖闘士として闘った者達の魂を解放して下さった。慈悲深きその心ゆえに」
使者となったために今回の聖戦だけでなく今までの聖戦のことを説明はされてきた。聖域側からの主な要求は今回の聖戦で散った者達の復活が優先事項だったと聞いている。
それ以前の聖戦で散った聖闘士の魂は冥界で囚われ、輪廻転生もかなわなかったのだというがアテナはそれを知らず蘇った教皇シオンによって知らされたのだという。そこでやっと聖域側が冥界側に魂の解放を要請したらしい。
私としては交渉が終わった後の要求はいかがなものかと思わないでもなかった。非道なことだと聖域側の人々は言っていたが、冥府の主を相手取っているのだから安らかな死後を約束されているはずがないと思わないのだろうか?
死んだら関係ない?いやいや、冥界側からしてみれば死んだ後からのほうが本領発揮だろうし、聖闘士は輪廻転生して聖闘士にまたなる人も多いとかいう話なので魂の拘束とか当然だと思う。私は遠慮したいけど。うん、我が身は可愛いです。
「それがアテナからの要求の一つであったではないか」
左に立つ双子神の一柱から聞こえてきた声は双子であるはずなのに皮肉さを感じさせるものだった。
右側の神のほうは感情があまり感じられない落ち着いたものであったがゆえに、神もまた双子であっても同じとはいかないらしい。
「はい。ですが、聖域が魂の解放を要求したのは戦後処理としておこなった交渉後のことです」
私からすれば今回で決着がついたと大地、海、冥府で定められてはいても聖戦がまた起きないとは保証はできないと思う。
だというのに、聖戦において敵になる可能性が高い魂を輪廻の輪に戻してくれたのだからハーデス神は太っ腹だ。見る限りは細そうだけど。
「面白い。その考え聖域の者としては異端過ぎるというもの」
本当に面白いのかは不明ではあるがハーデス神はあまり抑揚の感じられない口調でそう言うと口の端を僅かに上げ。
「そなた、しばし私の元に居れ」
神の宣告だ。そうだと感じたのはハーデス神が言葉に発した瞬間に感じる濃い小宇宙のせいか。
気まぐれであっても神というものは、その意思を妨げられることを嫌うだろう。それは、私が知る多くのギリシャ神話からも伺えることだった。
マジで冥界の主からの死亡宣言にしか感じられないお言葉とか勘弁して欲しいです。そういえば奥さんとかもこれに近いノリだよね。
嫌よ嫌よも好きのうちっていうか……って、今の私は男だしそういう意味ではないよね?うん、まさか冥府の主であるハーデス神が薔薇的な思考の持ち主とか勘弁だ。そうは思えど腹心であるという双子神ってサガ、カノンみたいに似たような美形なのに性格違うというちょっと美味しい感じだし。うわわわわわ!勘弁、勘弁っ!本気で勘弁してよっ!そういったご趣味でしたら私を巻き込まないでくれっと心底思いつつ、まずは現状を打破しようと私は脳みそをフル回転させるが私の脳みそはあまり優秀ではないらしく。
「……私が死の眠りに触れた時には」
どう乗り切ればいいのか良い案が思い浮かばず、そう言ってから許して欲しいという気持ちで私は頭を下げる。
死んだらここに来ることになるかもしれないので、それまで待っててねという逃げの姿勢だ。希望としては死ぬ前に元の私に戻りたいです。
冥界の主のところでかつての聖闘士の先輩方のように輪廻転生の輪からはじき出されるとか勘弁です。
「――…クッ、ククク……その時を待つとしよう。クレーターのよ。アテナからの書状、確かに受け取った」
怒りではなく低く艶のある笑い声の後にあたりに満ちていたハーデス神が小宇宙が気配ごと消える。続いて双子神達の小宇宙も消えてしまい謁見の間には私と一言も口を利いていない女性だけが取り残されてしまった。
「聖域の使者よ。聖域へ届ける書状を改めてこちらから出そう……キャンサーの黄金聖闘士と共に聖域に戻られるがよい」
「はい。ありがとうございます」
凛としたその声に返答をしながらも、声でかなり女性が若いことに気づく。プロポーションの良さと黒いドレスを着ているために本来以上に私は彼女の年齢を上のように感じていたみたいだ。
神々が去った後の謁見の間からまたラダマンティスに案内され、デスマスクに合流した後は来た時とたぶん同じところで地上へと戻ることができた。
気に入られたような感じはするけど、使者には金輪際なりたくはないものだと思いつつ、沙織嬢ことアテナにどう報告をするか頭を悩ませていた。
だって、話していたことって聖域側の二度目の要求ってどうよ?という聖域の使者としてダメダメなこと言ってたことに気づいたんだよね。今更ではあってもどう誤魔化すかとまた私は頭を悩ませることになったのだった。あと、ハーデスが薔薇的な思考かどうかを聞いたりしたらダメかな?ダメだよねぇ。





冥王ハーデス視点

聖域からの使者として筆頭である黄金聖闘士ではなく白銀聖闘士が来るという。
アテナの聖闘士、黄金と白銀の力の差は明確であるというのに白銀が使者を務めるということに興味が湧いた。生きたまま冥界へと下りるために黄金聖闘士が共にという話ではあったが、本来であれば考えられないことだ。
聖戦に参加しなかったがゆえに選んだと説明はあったが、アテナの性質を考えれば実力がない者に使者を任せるとも思えず、白銀であれど黄金に次ぐと考えられているのだろうとは容易に想像がついた。
それゆえに共としてくるという黄金聖闘士と離れさせ、一人だけで謁見するようにとこちらから要求した。
冥界へと訪れる前にそのようなことを一言も伝えはしなかったというのに、聖闘士達は文句を言うことなどなくその要求をのんだ。
先にそれに頷いたのは白銀であったというのだから、剛胆な者であるのだろうと考えておれば近づいてくる奇妙な小宇宙にタナトスの小宇宙が揺れた。
それ自体は脅威ではないと認識出来るというのに僅かであれ動揺をみせたのは人の小宇宙とは思えぬからだろう。
謁見の間に現れたのは小柄な少年、闘う者としての覇気は感じられず、そして敵愾心、畏怖といった明確な感情もまた感じることは出来ないというのに確かにそこに感情はあった。
様々な感情を感じているような混乱した者の混沌染みたものでもないというのに、使者として現れた人の子の小宇宙は神代の頃から考えても感じたことのないものだった。
何よりここまで近づいてこなければ神である私ですら、この小宇宙がただ一人から感じられるということに気づいていなかったのだ。
使者を案内してきたワイバーンの表情もまたその動揺を隠しきれておらず、役者の違いというものを感じさせる。むろん、我が配下たるワイバーンが劣るというわけではない。
ありえないほどの深みをただ人であるはずの黄金ですらない聖闘士が持っているという思いつくことすら出来ない事態が起きているだけなのだ。それゆえに聖域の使者としてこの白銀でしかないはずの者が選ばれたことを納得せざるおえないと観察の眼を向けていると。
「ほう……アテナの従者たる聖闘士が頭をたれるのか」
緊張しているのか警戒しているのか硬い声で口上を述べた使者は、当たり前のように膝をつきその頭をたれる。
仕える神以外の神に礼節として礼儀を示す者はいるであろうが、聖戦のことを思えば聖闘士が何のためらいもなく行うとは考えはいなかった。
それゆえに直接的に問うとてしまったのだが、頭をたれる聖闘士は答えることをためらうように肩を震わせた。
「アテナの聖闘士よ。面を上げ、答えることを許す」
同じように捉えたのだろうヒュプノスが声をかければ、目の前の聖闘士は顔を上げ。
真っ直ぐに向けられる瞳、神代から護っていた身体を傷つけた者と似た色合いをしたその瞳に心が揺さぶられる。
神の瞳と目を合わせるなどと無礼な行為であるというのに、この者はきっと合えてそうしたのだろう。
「先の聖戦より以前に聖闘士として闘った者達の魂を解放して下さった。慈悲深きその心ゆえに」
冥界の主である余にアテナの聖闘士が慈悲を感じたと信じさせるために。
逸らされることのない瞳、迷いのないその言葉。確かにそれは余の琴線を震わた。
「それがアテナからの要求の一つであったではないか」
タナトスが皮肉交じりに勝者が敗者に要求したことだと告げれば。
「はい。ですが、聖域が魂の解放を要求したのは戦後処理としておこなった交渉後のことです」
言外に聖域からの要求は過多であったのだとうかがわせるという使者としては考えられないことをした聖闘士に呆気にとられ、それゆえに気まぐれを起こした。
「そなた、しばし私の元に居れ」
どのような返答をするのかと愉快な気持ちで待つ。頷けば二人できた使者は黄金聖闘士のみが戻ることになり、この者のことは飽きるまで冥界に留め置き。神に対する礼儀なく断わればその身に罰を与える心積もりであったのだ。
どちらにしても聖域とは多少、衝突することになると考えていたというのに。
「……私が死の眠りに触れた時には」
死はタナトス、眠りはヒュプノスを示し。冥界に属する二神の管轄である死の眠りに触れた時に余の望みどおりとすると言っているのだ。
余に謁見し、礼儀を示しながらもアテナの聖闘士として余の元に留まるつもりはなく。死という生ある者であれば逃れられぬものが訪れた時、余の元に留まる答えるとは。
「――…クッ、ククク」
抑えきらぬ笑いがこみ上げる。死者の魂となれば余が支配するもの、アテナの庇護下にある今ではなくそれを抜けた後にとはその魂の扱いに何も保障などないのだ。
今まで聖戦で散った多くの聖闘士の魂を冥府へと閉じ込めていた者に対する返答とは思えない答え。
「その時を待つとしよう。クレーターのよ」
この者が死した時に変わらぬままであったのならエリュシオンに招くとしよう…――





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