翼なきモノ


Top




聖域からコップ座の聖衣を入手できればコップ座ことクレーターの聖闘士に認めるという指令があったとカミュから言われたのは私が14歳になった頃だった。
その聖衣はある場所は示されていながらも誰も聖衣のところににたどり着けなかったという曰くがあるというもので、それを小宇宙という不思議パワーを身につけたとはいえ三人のうちで最弱だった私に回してきたカミュは鬼であるが、何もしないで無理だと断われば我が師ことカミュの酷い修行がもっと酷いものになりそうだったので諦めて指示のある場所へと向かった。
一応、挑戦はするつもりで向かった先では本当に色々とあった。無理でしたと報告するつもりだったのに、偶然にも聖衣を入手してしまったのだ。どうやってかについては思い出したくもないので記憶の奥底へと沈めておく。本気で死ぬかと思ったし、同時に誰も見てなくてよかったと後に安堵したけど。
聖衣入手後は聖闘士となるわけだし、直接に報告をするべきと聖域へとはじめて私は行くことになった。失敗した場合は基本的には報告書で済ませるらしいというか失敗した人って大抵は命を落とすか報告できないぐらい大怪我していたらしいので、そうするしか出来なかったのだ。……私のなけなしの運がここで発揮されたっぽいのはよかったんだろう。きっとあまり怪我をしてない状態で無理でしたっとか報告したら、カミュに根性なしということで色々と修行をさせられただろうと思わず身を震わせる。
、どうした?」
身を震わせた私を心配そうに見つめてくる視線に私は目線を落とす。
「いえ、カミュ……何でもありません」
当人に貴方の今までの修行の酷さとそれ以上の修行という名の拷問をされることを想像してましたとは言えない。
私の師であるカミュは綺麗な顔をして、大真面目に死ぬような修行を人に課す。怪我をすればヒーリングはしてくれるが、身体の治癒力を下げぬためとか言って最後までは治してくれない。それが聖闘士になるための修行には必要な厳しさかもしれないけど、日々繰り返されるその日常に感覚が麻痺していたのがしばらく一人で過ごしたことで、あれは地獄に近いという認識になったというか常識を取り戻してしまった。
もちろん、彼が弟子である私達が聖闘士となれるようにと心を砕いているのは疑わないし、シベリアで修行しているアイザックと氷河が心配だろうに私が来るのを聖域で待っていてくれたのは嬉しいが、黄金聖闘士である彼が私を弟子として保障してくれたので聖域をほぼフリーパスなものの十二宮を上らされるのは勘弁して欲しかった。
本来は教皇が十二宮から降りてくるのを待って謁見するらしいのに、カミュの弟子ということで私は十二宮を通り教皇宮にて教皇に特別に会えることになったのだ。そんな特別はいりません。お断りしますと言えない私は臆病者である。
十二宮には全員はいなかったが、それでもカミュ以外の黄金聖闘士達にゲームでいうところのヒットポイントをごっそり削られた私は心の中でドナドナを歌いながらカミュの後ろをついて歩いていた。
目の前で揺れる鮮やかな紅、カミュが得意とする冷気の小宇宙と印象は真逆であるはずの色。それなのに彼にはとっても似合っていると思うのは長く彼と共に過ごしたからだろうか。
「ここからは教皇の許しなく言葉をおいそれとは発することは出来ないが、作法は覚えているな?」
「覚えています」
この世界を認識した時に居た人と久しぶりに出会ったからか、少しばかり感傷的な思考になってしまった。今は聖闘士の頂点である黄金聖闘士にすら指示を出せる教皇に会うのだから、そちらのほうに集中すべきだ。
左右に今時そんな格好をして恥ずかしくないの?と、問いかけたい男性二人が護っている大きな扉の前で問いかけてきたカミュに私は頷いた。
「行くぞ」
カミュの言葉の後にまるでタイミングを計っていたかのように開く扉。歩き出すカミュに少し遅れて私も歩き出す。黄金の鎧をまとう彼の後ろをパンドラボックスを背負い歩く。それは主に付き従う従者でしかないだろう。
今の状況をそう想像して思わず笑い出しそうになったが、声を上げて笑い出す寸前に堪える。ちょうどタイミングよく立ち止まり膝をつくところであったので頭を下げることが出来て良かった口元の笑みを隠せる。とはいえ、笑い出しそうになるとか意外と余裕なのか緊張しすぎてテンパッたのかどっちだろう。
「水瓶座のカミュ、我が弟子を伴い参上致しました」
「カミュが弟子、聖域の命通りクレーターのパンドラボックスを入手して参りました」
教皇から言葉があるまで顔を上げられないので綺麗な大理石の床を見つめながら言葉を発する。
「……顔を上げよ」
少し間があったのは重々しさとか出すためだろうかと勝手な想像をしつつ顔を上げると視線の先には仮面をつけた人が居た。
何か硬そうで座り心地は二の次三の次な石の椅子に座り、頭には変な突起がある被り物、そして仮面をして法衣着てるとか私の感性からすると変人とか思えない。いや、目の前のこの御仁は教皇だ。さすがは仮装大会としか思えない姿を大真面目に出来るすごい人だと自分なりに褒め称え、この聖域の親玉ってすごいと多分カミュが教皇に抱くだろう敬意とかとは別の意味で感心しとく。
「クレーターの聖衣を無事に得たことまずはめでたきことだ。そして、新たに誕生した若き聖闘士クレーターのよ。クレーターは治癒に優れたるという、アテナのため聖闘士のためにその小宇宙を正しきことへ使え」
「はい」
仮面の御仁こと教皇の言葉に頭を下げて返事をする。そういえば聖闘士は女性は女であることを捨てるために仮面をつけてるらしいけど教皇は女性なのかと思い浮かんだ疑問に顔を上げた後に教皇を見つめてしまう。
まぁ、この場合はきっと熱心に教皇の言葉に耳を傾ける聖闘士だとでも思ってくれるはずだ。性別を知るために注目したもののマントのせいでイマイチわからないし、声も何かくぐもって聞こえて個人すら判別出来なさそうだ。身体は女性にしては大きいのでやはり男性かな。
「カミュ、良き目をした弟子を育てたものだ。この才を開花させたこと素晴らしいの一言である」
「ありがたきお言葉です。教皇」
重々しいというかどこか芝居がかったように聞こえる声だけれど、こういうのが威厳というものなんだろうか。見事な法衣だと思うけどヘッドギアと仮面はやはりコスプレした変な人にしか見えない私は聖闘士として終わってると思う。
正直、今すぐにでも返上したいけれど最低でも数年は聖闘士として活動しないと制裁があるだろう。女性の聖闘士は素顔を見られたら相手を愛するか殺すかしないといけないという意味不明な掟があるところなので今後のことは慎重に決めないとね。
聖域の掟とか知る方法があるといいんだけど、六法全書みたいに掟とか記した本はないんだろうか?
「如何した?よ」
ずっと教皇を見つめ続けていたらしく、それに気がついた教皇に尋ねられ慌てて頭を下げる。
「いえ、何でもございません」
「何か気になることがあるならば遠慮せずたずねるが良い」
教皇の威厳とやらは感じられないまでも偉いのに心が広い人らしいと好感度は上がる。
「お優しいお言葉をありがとうございます。ですが、聖闘士となったこれからのことを考えておりましただけです」
嘘は言っていない。今後、カミュの言うところの小宇宙で動き出した不思議生命体とかとのバトルとか。
地上の覇権を巡ってアテナと敵対した神々の僕とかと戦わずに引退できる逃げ道があるか掟を調べるつもりだっただけだ。
「……そうか」
妙な沈黙の後に教皇の声が聞こえてきたけれど、もしかして私の心境がばれているのだろうか。
そういや、教皇は前回の聖戦の参加者だとか……あれ?前回の聖戦って二百年以上前だったと教えられたよ?それが本当であるのなら、余裕でギネス塗り替えられるますね。教皇こそ小宇宙で動く不思議生命体なのかもしれない。
仮面の下は干からびたミイラみたいに……いやいや、そんなはずはないよね。ばれないようにそっと顔を上げて教皇へと視線を向ければ、目線のわからない仮面ながら相手から見られているような気がして私は視線を慌てて床へと落とす。
上司は実はミイラだったとか勘弁して欲しいので、私は自分自身で勝手に想像した上司の生身の姿を必死に打ち消しているうちに初対面が終わっていた。





サガ視点

仲間であり弟のように面倒を見ていた一人であるカミュ、彼の弟子が聖闘士それも今まで多くの者が挑戦しながらも持ち帰ることが出来なかったコップ座のパンドラボックスを持ち帰り、白銀聖闘士となったと知った時は純粋に喜びを覚えた。
すぐさまその喜びは私の内から皮肉な言葉によって壊されたとしても、その瞬間に喜びだけがあったのは事実であった。
それゆえにカミュへと報告に聖域へと戻った彼、若き聖闘士の知って祝いの言葉を伝えるべく連れて来るように伝えたのだが、それが間違いであったと思ったのは謁見の間にて彼と目が合った瞬間だった。
謁見の間に師であるかみゅと共に入ってきた彼を見た時は若いながらも流麗なその動作にさすがはカミュの弟子であると感心して見ていたが通例のとおりに立ち止まり跪く瞬間、こちらを見て彼は息を呑み肩を震わせると慌てて俯いたのだ。
その動作に心臓が大きく鳴り、私の中のもう一人が身体を支配しようとした。今、そうすればカミュに怪しまれると必死に押さえ込み、何事もなかったかのような口調を心掛けて言葉を私は発した。
自然な動作で顔を上げた彼に緊張の色は見られない。先程のことは私の気のせいであったかと考え、次いで教皇に会い緊張もしていないということに違和感を覚える。
祝辞として言葉をかけたが彼からの返事は短く、感情の色はない。これもまた奇妙なことだ。聖闘士を目指し、それが叶ったというのにという少年は喜ぶ様子はない。
それどころか真っ直ぐにこちらを見つめる彼の瞳は私を見極めようとするかのようで、今は亡き友を思い出させた。
本来であればここに立ち、この視線を受け止めていたのは彼であっただろう。私が殺した教皇に仁・智・勇に優れた聖闘士と言わしめた私の親友であり、私が奪わせてしまった命。その輝きがそこにあった。
「如何した?よ」
どうかその瞳で私を見つめないでくれ。
「いえ、何でもございません」
「何か気になることがあるならば遠慮せずたずねるが良い」
正しき聖闘士としての心など私にたずねてくれるな。
「お優しいお言葉をありがとうございます。ですが、聖闘士となったこれからのことを考えておりましただけです」
ああ、そうか。その心は正しく聖闘士であるのか。アテナの聖闘士としての心得は師より示されれば後は己の中に見出すだけだ。
それを知っている彼は聖闘士に相応しく、カミュが認めるその才は今後も伸びていくのだろう。腐り落ちてしまった私とは違って。
「……そうか」
私の中に彼に対する嫉妬心がわき上がる。抑えても抑えきれぬほどのソレは失ってしまった友に向けたものと酷似していた。
彼の命が失われたと同時に失われたと思っていたその思いは、フタをしていただけだったようでその感情は時によって酷く腐敗していた。暗い感情が私を支配し、彼らが立ち去ってすぐにもう一人の私が身体を操る。
「アテナに仕える聖闘士としての誇りを折り、腐らせてしまおう」
今日の様子から彼は私が教皇でないと考えているかもしくは疑っているようであった。
そう感じた時は常ならば人知れずに処理させていたというのにもう一人の私は珍しく彼を殺すよりも残酷なめに合わせようと考えているようだ。
健康体であり、闘えるというのに平和な場所に派遣し飼い殺しにするという計画。まだ若い彼には残酷であり、止めてくれと私が訴えればもう一人の私は嘲笑し。
「これはお前が憎いと感じていたから、わざわざ計画したことだ。それとも何か?あれを殺したほうがいいのか?」
その命を奪ってはいいものではないがゆえに、そのようなことはないと言えばもう一人の私は計画のままであれば死ぬことはないと醜く笑った。
だが、命を奪われるよりはましではないかとその計画を進めさせ失ってしまった友と同じ輝きを汚したいなどと望む私のほうこそが、醜く罪深い人間だ。
友の輝かしき黄金の翼。彼に似た輝きを持つ子どもの背にもきっと翼があるというのに私は飛べぬように篭へと放り込む。





デスマスク視点

それは奇妙な指令だったという一言に尽きた。
偽教皇であるサガを疑っている人物がいるということ事態は時々あることであり、サガにとってさほど重要でなければすぐさま殺してしまうものだ。
大抵はそういった任を受けるのは相手が悪人であればしシュラにまわることもあるが今回のように聖闘士ともなれば俺かアフロディーテの野郎だ。
黄金とそれ以外と違いはあるものの同じ聖闘士を殺す依頼は数は少ないがあったが、さすがに今回のような命令は珍しい。
「害となるかどうか見極めよ……か」
ターゲットはタクミ・と姉の名を名乗る白銀聖闘士となって半年の若き聖闘士。怪我一つないというのに実質的な指令は一度も受けたことのない子どもの姿が確認できた。
14という若さであれば今の飼い殺しな状況に憤っているだろうと予測していたのだが、俺が見ている限りでは現状に不満を抱いている様子は見受けられない。
長く意識不明であるという姉の看護をし、自らが暮らすアパートや姉が入院している病院の周囲の者とそつなく付き合うその姿は本当に聖闘士かと思うほどだ。
アテナに仕える聖闘士といえど、いや、だからこそか戦いの中に身を置きすぎて一般の者と付き合うことを認識に阻害されることは少なくない。俺達の常識とただの人間の常識は大きく違うものだ。
特にこのような平和ボケしたような国であれば話など合わないと思うんだが、俺のターゲットになるかもしれない人物はごく自然に溶け込んでいる。擬態だとしたらたいしたものだ。
数日見つめ続けた俺が判断できたことは今回のターゲットである巧ことは姉であるを献身的に看護し、最低限の買い物以外では病院と家の往復せず己の自由時間など持った様子はない。
家に戻った後は修行なのか小宇宙を高めはするが身体的な修行を行う様子がないのは病院からの連絡が万が一あった時の為だろう。
日々を姉の為だけに過ごしているという甘さに聖闘士としてどうかとは考えはしたものの、という少年は姉の治療費のために聖闘士の修行をすることに頷いたのだから今の彼は当然の姿というものかもしれない。
そう彼が日本でそのまま過ごしていれば他のことに興味を持ち、これほど姉のことを思い続けることもなかったんじゃないか? 辛い修行を姉のために乗り越えたがゆえに頑なその心に姉が巣食っている。
強さを至上とする己とは違うが彼もまた聖域のために歪んだかと思うと愉快な気持ちになり、もう少し生かしておいてもいいのではないだろうかと思い俺は最終判断として接触することとした。
「クレーターのだな」
部屋の前に立ち小宇宙を高めれば呼び鈴を鳴らす必要もなく開いたドアに声をかける。
修行のために小宇宙を高めていたのでそちらに集中しているかと思えば素早いその反応に思わず笑みが浮かぶ。戦いとなった時は楽しめそうだ。
「……はい。聖域からの指令でしょうか?」
小宇宙に気づいて出てきただけあって理解も早いらしい。一瞬にして顔を強張らせたのは緊張のためだろう。
「指令といえば指令だが……」
よくて現状維持、悪くてここで俺から殺されるの二択だ。そう言ったらこの子どもはどのような反応をするのかと見下ろすと。
「ここで立ち話も何ですから、どうぞ中へ」
俺の視線を避けるようにして目線を落としてそう言うとスリッパを出し、部屋の中へと入っていった。
スリッパを出されたことで日本の風習としてここからは靴を脱ぐべきなのだったかと靴を脱いだが、出されたスリッパが兎をモチーフにした可愛らしいものであったので使わずにおく。
知らないとはいえ黄金聖闘士の俺にこんなスリッパを使わせようとするとは何を考えてるんだ? 悪気がないどころか意識していない様子から天然かよ。
「聖域の指令をお聞かせくださいますか?」
平べったいクッションを用意され、そこに座った後に緑茶というものを俺の前に置くと相手は口を開いた。俺が年上だからか丁寧な言葉を心掛けているようだが少しばかりそれは珍しい。
聖闘士に指令を持ってくる人間というものは聖域の関係者であっても聖闘士であることは滅多になく、聖域のことを知るだけの闘う力のないものがほとんどだ。
俺としてはそんなやつらに気を使う必要を感じないのだが目の前にいるという聖闘士は違うようだ。カミュの弟子だからというのもあるかもしれないが数日の観察からすると当人の気質か。
「たいしたことじゃない。現状維持だ」
「現状維持ですか?」
俺の言葉にどう反応するかと見ていると意外そうに俺を見つめてきた。
「不満か?」
緊張していた様子が一瞬、緩んだようだが俺の顔を見た瞬間にまた緊張を戻した様子から現状維持にも何らかの意味があると気を引き締めたんだろう。
カミュに似てこの弟子もまた真面目なようだと少しばかりつまらない気持ちになったが、今のところは彼が教皇を疑っている様子はない。
「いえ、不満はありません」
はっきりと言い切った彼に頷いたものの少しばかり疑問に思うのは何も問いかけないことだ。
問うてはいけないと考えているのか? いや、任務を遂行する上で必要だと思えば問うことは大事だと。
知らなかったために任務を失敗しましたなどは聖闘士には許されず、そもそも闘える聖闘士を理由なく拘束している今の状態は異常だ。
「何も聞きたいことはないのか?」
「私は聖域の判断に従うだけです」
俺に向けられた笑みによって、サガが何故この子どもを危険視したのかを理解する。
ただの馬鹿であれば疑問も抱かずに聖域の駒となっているだろう。また馬鹿でなくとも聖域というものを絶対視する者達は疑ったところで己の中で切り捨ててしまうものだ。
「聖域の判断にただ従うのか?」
目の前にいる少年は諦めていた。形作られた綺麗な笑みは作り笑いであり、聖域に従うという彼の瞳には輝かしきものはない。
「はい。それが私に出来ることです」
ああ、確かに目の前にいるこいつはサガのことを知っているのかもしれない。
知らずとも聖域というものが師に教えられるように女神のために存在しているものとは考えていないのだ。
聖域の判断に従うと言いながら、彼はその判断を正しいとは感じないだろうことが俺には理解できた。
それでもこいつは聖域の命令には逆らわない。姉という枷がある限りは……
「お前は立派な聖闘士になるだろうな」
サガの、偽教皇のよい手駒となる。
「ありがとうございます」
哂う。まだ14しか生きていない子どもが哂った。そこにかつての己を見たような気がした。サガに従うと決めた時、俺はきっと哂っていた。
それから彼の姉のことについて、現状維持については少なくとも一ヶ月以上は続くだろうというようなことを語ったところで、夕飯に誘われてその日の夕飯を共にした。
自炊しながら一人暮らしをしている様子だけあって、なかなかの味付けをした料理が出てきたのでそこそこ満足出来た。
不満点は酒がなかったことだが未成年なので料理酒以外は買えないらしいので仕方がないんだろうがな。



聖域に戻り任務の報告のために人払いされた謁見の間で仮面をとった男の前で俺は跪いていた。
「さて、どうであった?デスマスク」
支配する者特有の傲慢な声が俺の耳を打つ。
「あれは現状維持が望ましいかと」
「何故だ?」
問われて俺は唇を笑みの形へと歪め。
「知っておいでで?あれは目覚めぬ姉のために治療費を稼ぐために聖闘士となった。今、あれはその姉の傍にいる」
「姉の傍に居れば不満などないと?」
「聖域に逆らう気はないかと」
語らいの中であの子どもが戦いの中に身を置くには優しすぎることを知った。
聖闘士となっていなければ正しいことであっただろうそれは聖闘士となったがゆえに弱さでしかない。
「ほぅ……まぁ、しばらくは捨て置くか」
俺の報告のせいか興味を失ったらしい。いや、そもそもあの少年に興味を抱いたのは目の前に居る者ではないのかもしれない。
かつてより表に出ることが少なくなった俺達がかつてから知っているサガ、彼であればあの少年の中に何かを感じたのか。
彼の中に俺を感じたとはいえ、彼と俺では元の性質が違いすぎることは理解はしていた。きっと俺よりもという少年の心は脆い。
人は一度堕ちれば戻ることなど出来ない。しばらくは儚い心をそのままに触れずにおいてやりたかった。
姉をただ純粋に慕い続けられる心もまた聖闘士としての任務で汚れていき、最後には姉を恨むかもしれない。姉のせいで自分はこうなったと。
そんな姿を見たくはないと思う自らの思いこそが弱さか。それは俺にとって望むものではないが今回はその弱さに流されてやろう。





視点

数日前からストーカーらしき人が出来た。派手めなシャツとデニム、その顔にはとってもお似合いなサングラスと強面そうな銀髪のお兄さんだ。
彼がスーツ姿であったりしたら私は彼がマフィア以外の何者でもないと断言したことだろう。
小宇宙を高めれば銃弾は止められるだろうし、万が一撃たれても失血も出来るので心臓とか傷つかなければ大丈夫だとは思うけど怖いものは怖い。
そもそもあのような外国人にストーカーされている理由って聖域関係ぐらいしか思いうかばないので、彼もまた小宇宙使える人かもしれないしね。
彼のことを知ったのは本当に偶然だった。姉の病室の窓から外を見て日の光に煌いた様子から銀髪と知れて珍しい髪をした人が居るものだと思った。
その次の日、病院に向かっている途中でアパートの鍵を閉め忘れたような気がして戻ろうと踵を返したときに彼が視界に入った。
二度目であるのだから偶然だとは思いつつも少し嫌な気持ちになったのは男になったとはいえ、元が女性であったからかもしれない。
自意識過剰であるかもしれないが、身体は借り物なのだし気をつけるに越したことがないと帰りに気をつけていると銀髪の男の姿を捉えることが出来た。
流石に三度目は異常だ。部屋に閉じ篭っていたい気持ちになったが病院には毎日通っていたし、会話してくれる知り合いも出来たので病院には行くことにしたが他の予定、美容院に行くとかはすべてキャンセルした。
面会時間に合わせて家を出て、終わる時間に帰り途中で買い物してアパートに帰り他事では家に出ないようにしながら、まだ男がいるかと小宇宙を高めて辺りを探る日々。
単調ではあっても私にとっては恐ろしい日々を過ごしているとアパートの玄関前に数日で覚えてしまった小宇宙が立った。
ヤバイかもしれないと怯えていたが高められた小宇宙に破壊されるドアのイメージが浮かび、その他もろもろの弁償代が要求される可能性に思い当たった瞬間にドアを開けてしまった。
そこには想像通りに銀髪のサングラスをかけた柄の悪そうなお兄さんだ。
「クレーターのだな」
その言葉で彼が普通の人ではなく聖闘士関連の人だと理解できた。
日本なのにギリシャ語であることとクレーターとか人を呼ぶことからして明らかだ。
「……はい。聖域からの指令でしょうか?」
聖域関係者であることを熱烈歓迎します。敵ですとかは勘弁してね。
「指令といえば指令だが……」
よし、最悪の事態は免れた。ガッツポーズをしたいがさすがに聖域からの使者の前でどうかと思うので自重しておく。
しかし、最悪の事態が免れると今度は指令というのが私がしたくない任務だろうと推測出来てしまう。
任務とか受けたくないと正直に言うことも出来ないし、近所の人にこんな強面の外国人と知り合いとか思われたくないので室内へと招く。
スリッパは可愛いと買った動物シリーズ、犬、猫、兎のうち彼の髪の色に合わせて兎にしておいた。
ちょっと彼には可愛らしすぎるかもしれないが靴で上がらないで欲しいという意思表示でしかないので使うかどうかは相手に任せる。
彼が出されたスリッパを一瞬以上、見つめていたのは使うかどうか考えていたのだろうが結局のところ使うことはせずに靴を脱いでそのまま入ってきた。
土足で上がってこなかったのに一安心してから台所とトイレ以外は一間しかないリビング兼寝室に案内し、ザブトンを置く。
「お茶の準備をしてきます」
「気にするな」
無茶を言わないで欲しい。小宇宙を高めることが出来る強面のお兄さんを前にして悠長にしていられるか。カミュよりもがっちりとした体型、顔立ちは悪くないがサングラスをしたままなので目元の印象はわからない。
飲み物らしい飲み物は他にないので淹れた緑茶が入った湯飲みを置くと、彼はゆのみを持ち飲もうとしたがサングラスが曇ったらしくサングラスを外して胸ポケットに入れたために色素が薄いのか赤っぽく見える瞳がそこにあった。
意外とサングラスをとったら普通にイケメンかも……っと、期待していた時もありましたが瞳の色の珍しさよりもその目付きの悪さに私は思わず視線を下げた。第一印象のまま強面なお兄さんでした。
「聖域の指令をお聞かせくださいますか?」
これは指令を聞いて早々と帰ってもらおう。これが優しそうな人なら指令を聞くのを少しでも遅らせようと足掻いたかもしれないが彼はダメだ。
こちらが指令を受けたくないと知って怒鳴られたりしたら、私の心臓は止まる。小宇宙というものがかなりのアドバンテージとなるとは知っているがそれは相手が小宇宙を高められない相手である場合だ。
聖闘士になれたとはいえど実力的には兄弟子アイザックどころか弟弟子にも負け越している私に勝てるわけがない。そもそも、どうしてこんな人が聖域からの使者なのか。
無理難題を言われるかもしれないと覚悟をしていたら現状維持という大変にありがたいお言葉だった。どんな無理難題かと考えていたので気が抜けて彼を見つめたが、目が合うとまた緊張する。
「不満か?」
こちらをうかがうようなその言葉に私でない聖闘士であれば今の現状は我慢ならないことかもしれないとやっと思い当たった。アテナの戦士であるのに平和な日本で待機だ。
辛い修行を乗り越えて輝かしき聖闘士となった後としては腐るのも無理はないだろう。それを心配しているらしき相手に私は首を振る。
「いえ、不満はありません」
なので、今後とも現状維持でお願いします。そう心中で願っていると相手は私を気遣ってか聞きたいことはないかと問いかけてくる。
私としては知らないままに平和で過ごせるほうがいいので聖域に任せると答えておく。そもそも知らなくていいことなら知らない方がいい。無知は罪かもしけないけど、知らなかったのだと自分に言い訳が出来るのは楽だ。
「聖域の判断にただ従うのか?」
「はい。それが私に出来ることです」
最終確認のように問いかけた相手に私はきっぱりと答えておく。嫌だけどもしも化物倒せという指令であっても様子見ぐらいはしに行くので嘘じゃない。
聖域の判断というか命令に従って任務はしに行くがひどい怪我をしない程度に頑張った後は無理でしたと素直に報告する予定である。
これを繰り返せば役立たずという烙印を押されて聖闘士の位を剥奪されるかもしれないけど、命大事にが私の人生目標なので問題はない。そもそも身体的な強さというものは私にとっては誇れるステータスとはあまり思えない。
「お前は立派な聖闘士になるだろうな」
聖域の判断に従うと言ったからか褒められたが、私は死力を尽くすつもりはない人間なので彼の言葉に値しない。
「ありがとうございます」
でも、我が身が可愛いので模範的な回答としてお礼を言う。ここでそうなれる様に一層の努力を致しますとか言えば完璧かもしれないが、そんな努力をするつもりはないので笑みを浮かべるだけにしておく。
さて、聞くべく話も終わったようだしこの強面なお兄さんにどうやって帰ってもらおうかと考えていると彼が立ち上がろうとしているのが目に見えた。
帰るのかと確かめようとして隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。不味い。このまま彼がこの部屋から出ていったりしたら近所に妙な噂が流れるかも。
「あのっ!」
「何だ?」
出て行かないようにと声をかければ立ち上がろうとした動作を止めて座りなおした。
隣人と顔をあわせないようにという咄嗟の行動だったので話の内容は浮かばず、彼をはじめて見た時は病室の窓からだったことを思い出し。
「……姉の治療費は聖域が出して下さっているのですよね?」
咄嗟に姉の話題としてしまったがこれはカミュから聞いた話なので確かだ。初めて知ったが私が聖闘士の修行をしている間は支払われる約束だったらしい。
今は聖闘士になったのでそれが維持されているとのことだが、契約内容を聞く限りは修行で死んでたりしたら打ち切られていたってことじゃないだろうか。
万が一、修行で私が死んでしまったとしたらカミュはきっと治療費を払い続けてくれたとは思うが、彼以外の師であれば期待は持てないだろう。
「ああ、そうらしいな」
彼が頷いた様子から私の事情を彼が知っていることは確実というか。
数日間、私をつけていたのは素行調査でもしていたんじゃないだろうか? 美容院の予約をキャンセルした私グッジョブ。
「ありがとうございます。そのおかげで姉は生きていられます」
これは事実だ。だからこそ私はただ逃げるということだけは出来ない。姉である彼女のことを知る前ならともかく知ってしまった今、彼女についての責任は私にあると思っている。
彼女の弟であるというこの身体を乗っ取っているという罪の意識がそうさせている部分もあるけれど、やはり良く似た彼女のことは放ってはおけない。
「……お前」
驚いたように目を瞬かせた相手に強面だというのは変わらないが、睨みつけるかのような視線しか向けないわけではないと知って少し気を楽にする。
「俺はそれには関わってねぇよ。俺は蟹座のデスマスクだ」
「よろしくお願いします。私はです」
いきなりの名乗りにごく普通に名乗り返したものの相手は私の名前を知っているんだったかと思っていると。
「……黄金を前にして大物だな」
呆れたような声に黄金という言葉にキャンサーとは蟹座のことだとすぐに理解できた。蟹座はカミュと同じく黄金聖闘士だとは知っていたがいきなりすぎて理解できなかったらしい。
「すみません」
頭を下げはしたものの理不尽だと思う。聖闘士の頂点とか言われる人間が聖域の使者するとか普通は思わない。確かに顔立ちは悪くはないがアテナのために闘う戦士とかより、マフィアだと紹介されたほうがしっくりくるほど強面だしさ。
「ふんっ、まぁいいさ。お前の姉の容態はどうだ?」
それにさっきよりも口が悪い気がする。名乗るまでは壮大というか威張っている感じだったが威厳はあったように思う。とはいえ、チンピラな感じな口調とは感じつつも表情が表れているのでまだ話しやすいかな。
「姉の容態は相変わらずなんですが……」
姉の容態のことをきいてきたのも心遣いというものだろうと私は彼に一通りの説明をする。彼の言葉通りならば彼は姉のことに関しては関係ないのだからあまり詳しくはしない。しかし、現在は10人しかいないはずの黄金に新米聖闘士の素行調査させるとか聖域って意外と暇なの? それともカミュの頻繁な任務も似たような内容だったりするのかと聞いてみたい気もしたが肯定されると自分の反応に困りそうな気がするので、浮かんだ疑問は謎のままにしておくことにした。
意外と話し始めるとデスマスクは話し上手で、任務で様々な土地に行っているだけあって話題が豊富だ。聞いていると楽しくて気がつけば普段夕飯を食べる時間を過ぎていたので彼を夕飯へと誘った。
断わられるかもしれないと考えていたのに気軽に彼は頷き、料理を褒めてくれたが途中で酒が欲しいといい始めた時には軽過ぎると頭が痛くなった。
私の素行調査と聖域の使者としての役目は終えたのだとしても聖域に帰る前にここまでのんびりしてもいいんだろうか? いや、きっと黄金だから常に気を張っているはずだ。
、次は俺が酒を買ってくるから美味い肴を用意しとけよ」
そう言って去って行くマフィアというか話し方のせいで格下げなチンピラにしか見えなくなった男を私は見送った。
彼の言う次っていつだろう。素の様子からして連絡無しに唐突に現れそうだが、今では気のいい兄ちゃんみたいに感じられるので次があれば歓迎しようか。





Top