想いは空気に溶けて


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視点 とある女官

在位千二百年にも及ぶ生きた伝説とも言われる我が国の主上。そして、そんな方を王として選出された台輔。お二人は夕餉を共にお召し上がりになられる。
仁の生き物である麒麟であらせられる台輔にあわせた血肉のない食事を主上もお召し上がるが血肉ある物を主上がお嫌いではないことは朝餉や昼餉の献立からも明らかだ。
共に過ごされる台輔のためにお気遣いをされている様子は我が国の王と台輔が仲睦まじい証拠のようで仕える身である私達女官も誇らしい気持ちでお世話をさせて頂いている。
王と台輔の夕餉はお招きした方がいらっしゃらない限りは王として考えるには質素なもので小さな膳にすべてが載ってしまうほど。お二人がちょうど召し上がられるほどしかない。
今ではごく当たり前ではあるその光景も当初は格式や国としての威信といったことで揉められたという話も聞くが、主上は二人きりの食事では気を抜きたいのだと仰せになられて今の形となったという。
私は恐れ多いことだとは思うけれど主上のお気持ちが理解できるような気がする。私達にとって主上は常に王で在らせられるけれど主上もかつてはただの娘であったのだと教えられた。
主上に今仕えている官吏には主上が即位された時の官吏はもう一人もいないと聞く。他国では二代、三代の王に仕えた者が居るというのに慶にはいない。
それほど長く主上は王として在り、それを支え続けているのは台輔なのだろう。お二人の間には長き年月のうちに培われた絆がおありになられる。それをうかがい知ることが出来るのが夕餉時のお二人だ。
「今朝のこの案件なのですが」
夕餉の時間に主上と台輔は様々なことをお話になられる。もちろん女官である私達が聞いても問題のないことばかりであるけれど、朝議に出た議題を話されることもあるので王と台輔の夕餉のお世話をさせて頂く女官の人選は厳しい。
ここで聞いたことをうっかりとでも他に漏らすようなことがあってはならないからだ。
「どうしたの?」
台輔に話しかけられると主上は口に入れていた物を咀嚼し、飲み込むと問い返す。
「お聞きしたいことがあるのです」
「合水に堤防を築く時の人夫について?」
「はい」
主上からの返事があるのを待ってから尋ねはじめた台輔に主上は聞く前に何を仰られたいのか理解できた様子でお聞きになられた。
「補修のいつもと違って今回は土台から作り直すほどの大掛かりだし、国中で広く集い瑛州と和州の民への負担は軽減させるわ」
「人夫が瑛州と和州に集うことでの負担はどうなさるのですか?」
夕餉時の主上は王としてではなく個人として話されるのか話される様子は良家の娘といったように見える。内容は難しいことではありますけれど。
王としての威厳よりも女性の柔らかさが表にお出になられているからなのだろう。それは台輔と過ごされる時間だからこその姿なのではないだろうか。
「一時的な人数が増えることでの問題として考えられる人夫の住居や食料への手配をするように州侯へは伝えてあるし、その為の予算案も出るわよ」
「治安の方は……」
「二州の州師で足りないのであれば首都州師を出すけど今は二州の州師は常備四軍。足りないということはないはずだけれど?」
主上は台輔が上げられる問題点についての答えを考え込むことも無く答えられている。私だったらもっと手間取ることだろう。
「ですが」
「ケーキ、まだ草案の段階なのだから私に話をするよりも朝議で発言しなさい」
そう仰られると主上は菜物をお口に入れられた。この様子は今回の話題はあまりお気に召されなかったということだろう。
そもそも政務に関しての話題を主上は夕餉の席ではあまり持ち込みになられず、台輔からされることが多い。
「私達で前以って話し合うことは大切だと思いますが?」
「聞かれれば朝議の場で意見を言うことになるのだから二度手間」
少しばかりご不満そうな台輔のご様子を気に止めることのなく言い放つ主上。
ここまではっきりと言われてしまうと続く言葉にためらいそうなものだと私は思うのですが台輔は止まることなく。
「私の意見を言うようにと貴方が私にお教え下さったことですが?」
「もう千二百年も付き合ってるんだから、大抵は予想がつくわよ」
主上のお言葉はこの十二国記中を探しても他にいらっしゃらないほど長く近く在ったからこそなのだろう。
私達にとって台輔のお気持ちを察するのは難しく。私よりも長く仕える女官は主上のお気持ちこそ察するのは難しいと言っていた。
彼女がどういう意味でそう述べたのかはわからないのは、まだ私が未熟であるからだろうか。
「長く生きても気持ちを伝えるための言葉は大切だって仰ったのに……」
「それは個人的感情とかについてよ」
個人的感情とはどういった意味でもって仰られたのだろう。
主上には伴侶がいらっしゃらない。そして、恋人といった存在置いたことはないという話だ。
「個人的感情ですか?……私は様のことが好きですよ」
台輔のお言葉に視線を思わず向けてしまったが台輔の表情は普段と変わりはない。
好きと普段とお変わりない表情で仰られたのだろうか?
「ありがとう」
主上は私と違って驚いた様子もなく笑顔でお答えになられた。
様は?」
「嫌いじゃないわ。でも、食事中に言うことかかしら?」
「思った時に言うべきかと思いまして」
台輔の仰られた好きがどのような意味であれ、王と台輔の仲が良いことはいいことだろう。
そう考えてお二人はもしかしたら恋仲なのではないだろうかと想像してしまう。
お二人そろって王宮から姿が見えない時があるという噂があるけれどそれが本当なら恋仲であるのかも。
「……あー、妙な進化したなぁ」
主上が何やら呟いたものの小声で聞き取りづらく私の耳に意味ある音として入らなかった。
けれど、台輔をお見つめになられる主上の眼差しが優しいものに見えるのはきっと私の気のせいではないのでしょう。



視点 

先程の夕餉の時にケーキが妙な進化したらしいと気付いたが特に問題ではない。千二百年も生きたら多少は変わるというものだと思うし、私もだいぶ変わった。
天については滅びろから滅びればいいんだけど……ってぐらいになったしね。我ながら丸くなったと思う。
即位千年頃からどこまで続くか耐久レースみたいなノリで王様稼業を細々と続けているわけだけど意外と続くものだ。
様」
「何?」
夕餉を終えてまったりとお茶を飲んでいるとケーキから名を呼ばれ視線を向ける。
今の時間は声が聞こえる位置には女官や護衛を傍に置いてはいない。何があっても使令で事足りるだろうし、大声を上げれば護衛は気づく位置だ。
「私は貴方を縛りつけているのでしょうか」
「……どうしたの?ケーキ」
奇妙なことを言い出したものだと意味を問う。
「考えたのです。貴方は王となりたくはないと仰られていた。その貴方が……」
「ああ、皮肉にも千二百年も即位しているからね」
私が王となった時に在位してた王達は今は亡く、官吏達もまた金波宮を去った。
人に残されることが辛くなったと呟いたあの人は私を残して逝き、先に逝くと笑って私に言って逝った人も居た。
多くの人が私の前を通り過ぎ、気がつけば王でない私を知るのは目の前に居る麒麟だけとなった。
「何だ。生きることに飽いたの?」
私は飽いている。今はただ惰性のままに生きている。最低限のことをしていれば生きていられるのだから王とは不思議なものだ。
千二百年も生きていると似たような問題が起きる。その時と同じような解決方法をとればまた問題なく国は続く。
「それは貴方ではありませんか」
「そうだね。でも、滅ぼすのも面倒なんだ……景麒はどうなの?」
怠惰な王を支えるのは勤勉な官吏と何より台輔としてこの半身が在るからだろう。
その半身が飽きたのならば面倒だけど国を滅ぼすのもありかもしれないと考えた私の目に微笑みが飛び込んできた。
「私は貴方がいらっしゃるだけでいい」
「ケーキは本当に大馬鹿者だ」
ただ在って欲しいのだと告げる彼に私は笑う。彼でなければきっと私のような王と共に在り続けることなんて出来なかった。
けれど、天の采配と思うのは何だかシャクなので奇跡的な現象だとでも思うことにしよう。





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