傍若無人と朴念仁
とあることが原因で原作に近い流れの歴史をたどっている世界に紛れ込んでから一ヶ月。
元からいつ帰れるかわからないからと私達がこちらの世界に紛れ込んだときにそれを偶然見ていた景王である陽子に頼み込み私自身は女官として匿ってもらった。
半身であるケーキは景麒の代わりを時々務めつつも視察程度で政事にはあまりかかわっていない。もちろん私もそうだとうかこちらでは新米女官でしかないのだから政事になど口を出せる立場ではない。王となってから毎日の政務が当たり前だった私にとって正直なところ気が楽だ。
そんな風に考えてこの一ヶ月間は女官の先輩方に嫌われないように立ち回り、女などという古臭い考えで嫌味を言う兵をチクチクと攻撃するという充実した日々を送ってた。
もうかなり馴染んでいるとは我ながら思うけれど、それはケーキも思ったようで焦った様子一つなく悠長にこちらの世界に馴染んでいる私に不安を覚えたのか今朝会ってからへばりつく勢いで私についてまわっている。
これでは仕事にはならないと午前中に諦め、仕事をサボっているとは思われたくない私はケーキから書の整理をするように申し付かったと女官長に告げてケーキが普段いる場所である景麒の寝所がある宮へと引っ込んで過ごすことにした。
暇で仕方がないのは景麒が所有する本がケーキのものと代わり映えなく面白みのない書ばかりで時間が潰せないからだ。ケーキがいなければ陽子に一言告げて金波宮から抜け出すことも出来るだろうけど……女官の仕事をしてないとこれだけ暇なのか。
景王として在ることが私にとって望むことではないけれど私ではなく彼女が居た世界で彼女の姿で生きることは息苦しい。女官として働き忙しくしていれば考えることはないが、私の世界とここと大きく違うことが一つある。
予王の妹であり、偽王となった舒栄は亡くなっている。私の世界ではまだ生きている花麗、直接会ったのはもうだいぶ前だけれど結婚し店を継ぎ子どもを授かった。そうやって彼女は次へと繋いでいく。元の世界に戻った時には話すことは叶わなくても顔を見に行こうか。そうしんみりと元の世界に心をはせた私は視界に入ったそれに眉を寄せ。
「ケーキ、何をしているの?」
暇がないと心中で嘆いている私の目の前で墨をすり始めたケーキの姿に訊ねれば目を瞬かせた後に彼は首を傾げ。
「こちらの私の代筆です」
「……」
王や台輔が他者に代筆させるのはないわけではない。特に胎果であれば字を覚えるまでは口頭し、文章を代筆させる。
直筆部分は署名だけだが印を押せば正式に当人が出した書となるわけだが今回の場合はかなり違う。この場に景麒はいない。
たぶん、どのような内容かを聞いてはいるが文章自体はケーキ自身が考え、景麒はそれを確認後に署名捺印するのだろう。
ケーキと景麒はさすがは当人同士といわんばかりに考え方は同じだが細かな言い回しなど言葉の使い方が少しばかり異なる。
彼らを比べての話ではあるけれどケーキのほうが景麒よりも柔らかい物言いを好み、景麒は簡潔な物言いを好むのか言葉が固い。
陽子からは公式の文章は景麒だが、私書も交えてのものだとケーキのほうがあたりが柔らかそうでいいと言われていたな。
そのせいで景麒が密やかにショックを受けていた様子だったが陽子もケーキも気付いていなかったので私も気付かないふりをその場ではしたけど、傷ついていることを示せば陽子は素直に謝るだろうに。
お陰でケーキがただ飯喰らいではなくなったのはよかったかもしれない。筆跡は当人同士なので似ているどころではないから代筆者としては適任すぎる。
ただし、直筆部分まですると文章の偽装になる可能性があるので署名捺印だけは景麒にさせることだけは忘れないようには言ってあるので大丈夫だろう。
「何か?」
「あのね。ケーキ、私は暇なの」
「代筆の間、書でもお読み下さい」
立ち上がると景麒に借りているのだろう本を気兼ねなくこちらに差し出してくれるが私はそれで時間を潰すことをもうとっくに却下している。
八つ当たりに本を投げようにもこれは私の世界の物ではなく景麒の物だし、物に当たるのは新たな購入費や修理費など考えると出来ない。
ちょうど近くに来ているケーキの足でも踏んでおこうかと考えていた時に扉が叩かれたので私は部屋の隅へと移動する。
「はい」
移動した私を確認した後にケーキが声をかける。
「入るぞ」
入ってきたのは陽子と景麒だ。二人がケーキの居る場に入ってきたということは他の人間はいないということなので肩の力を抜く。
「女官長にが台輔の手伝いを命じられたと聞いたからな。お茶でもしようと持ってきたんだ」
「ありがとう。陽子っ!」
お茶の準備とお茶菓子を持ってきた彼女に礼を言って準備を手伝うべく彼女へと近づき、茶器を受け取ってここ三ヶ月で手馴れてきた動作をとる。
女官長には最初にお茶の入れ方を見てもらった時には作法は間違いではないが動きが多少ぎこちないと言われてしまった。
まぁ、よいところのお嬢様と認識されたが文句一つなく言われた仕事をして終わればすぐに報告しに行っているうちに気に入られたので家柄よし、教育よしと女官として将来有望と思われてます。
「喜んでくれてよかった」
「喜んでるわ。朴念仁と比べることも出来ないぐらい素敵ね。陽子」
褒め称えるのもいとわないほど喜んでますよ。
茶器が四人分ということは陽子達も一緒にお茶を飲むんだろうしね。
「……朴念仁?」
私の言葉に怪訝そうに呟いた景麒とそれに嫌そうに眉を寄せたケーキが確認できた。
ケーキはきっと景麒にそんなことを呟くなんて迂闊だとでも思っていそうだ。
「あら、知りたい?」
「あっ、その」
「大丈夫、貴方のことじゃないわ。そこのケーキのことよ」
景麒が視線をさまよわせて陽子とケーキへと助けを求めているが気にせず言い放つ。
「私がどうして朴念仁なのですか?」
「そういう理解してないところかしら」
思いやりがケーキにないわけではないが不安だからと私を傍に居させたいのならばもう少し考えて欲しいだけだ。
「、それぐらいに……」
ケーキを睨んでいると陽子の取り成しが入った。初対面の時から続く似たようなやり取りだが陽子には居心地が悪いらしい。
普段はあまり彼女の前ではこういったやり取りはしないように気をつけてはいるが普段の癖で時々は出てしまう。
「大丈夫よ。陽子、これは一種の愛情表現なの。家族愛的な」
「そのような愛情表現は普通ではありません」
そんな愛情表現はいらないとでも言うかと思えば普通ではないという発言に言葉が詰まった。
「普通ならよいのか?」
「そうやもしれません」
不思議そうに呟く陽子とそれに同意する景麒は少し呆れているように見える。
私は代筆している机とは別の机にお茶菓子がのった皿を置き、お茶を四人分を淹れるために急須を手にとる。
「あっ、すまない。」
「気にしないで。二人共、座っててよ」
陽子が私がお茶の準備を整えてしまったことについて謝ってきたがここでは私が適任だと思うので気にしてはいない。
人にしてもらうことが当たり前な麒麟達とこちらの茶器に慣れてはきたもののやはり人にしてもらうことが多いらしい陽子。
即位前はよく淹れていたし、王となってからも気分転換として自分で淹れて飲んでいた私が一番お茶を入れるのは手馴れている。
二人が座る様子を確認しつつ四人分のお茶の葉を量る。勘でするほどには手馴れていない。
「そうです。お気になさらずに陽子殿、この方が好きでされていることです」
「……っ」
お茶を飲むためにこちらへと移動してきたケーキ、急須を置くと私はそのわき腹に軽く拳を入れる。
予測していたらしく普段よりも硬い感触にもう少し強く殴ればよかったかっと内心で舌打ちする。
「……何度見ても驚くな」
「はい」
陽子の言葉は嘘ではないようで瞬きが少し多くなっていて動揺しているようだ。そして、同意した景麒のほうは複雑そうな表情を私とケーキに向けている。
彼の知る予王とあまりにも違うこととケーキの扱いに同情でもしているのかもしれないが、最早、私の扱いに馴れたらしいケーキにはこれぐらいはどうってことはない。
「何事もなかったように座るのか」
「ここで抗議したところでお茶が冷めます」
「そうか……」
文句を言わずに座ったケーキに陽子がたずねたが彼は頷くとそう答えていた。
「何か違うような気もしますが……」
景麒、答えの出ない問題を気に病んでいるとハゲちゃうよ。たてがみがまばらな麒麟とか恥ずかしいと思うけど?と、言おうかどうしようか迷って止めておく。
ケーキだったら心配かけないように大人しくして欲しいとか言い出すだろうけど、こちらの景麒は気に病んで本当にハゲそうだ。
私は四人分のお茶を杯に淹れて空いている席、ケーキの隣に座りに座り。
「さぁ、お茶にしましょう」
両手を合わせて笑顔で宣言をすればその答えは笑顔で返ってきた。
呆れたような笑顔が並んだ気がしたけれど、それはそれということで気にしない気にしない。