興味


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私には気になっている人がいます。
その人は我が国、呉とは敵対する魏の武将ではありますがどうしても気になってしまいます。
職務をしている時には思い浮かばずとも時間に余裕があると近頃の私は彼のことを考えている。彼と接するべきではないのだから忘れてしまえばいいだろうと思う。でも、それが出来ないからこそ私は悩んでいるのでしょう。
「はぁ」
「どうしたの?
尚香様との鍛錬を終え、一息ついた後でついた私のため息を聞きとられたらしい尚香様がお声を掛けて下さった。
視線を私へと向ける尚香様は心配そうな御様子で……。尚香様に心配をかけるなんて、申し訳ない事をしてしまいました。
「いえ、何でもありません」
「何でもないわけないから聞いてるのよ。だって、近頃の貴女ってばうわの空なことが多いんだもん。ずっと一緒にいる友人がそんな調子だと気になるでしょう?私では相談できないなら、兄様達でも呼んで来ましょうか?」
「滅相もないっ!私事で煩わせては申し訳ないと思っただけです」
私は尚香様の申し出を慌てて断る。話をしようとしなかったが為に孫策様方まで迷惑が被るのは避けなければならない。
「それなら大丈夫よ。貴女の一大事なら私達孫家の一大事だもの」
お優しい尚香様、私に情けをかけて下さるのですから!幼き頃よりお傍に居りましたがそのお優しい御心は御変わりにならない。だからこそ、ただの私事で尚香様を心配させてしまったことが心配させてしまったことが心苦しい。
「大した事は無いのです。ただ、気になっている方がいらっしゃるのです」
隠すことでもないのだとは解ってはいても恥ずかしさに言葉を濁してしまえば。
「本当?……それは、どのような人なの?私も会った事がある?」
じれったようにお尋ねになられる尚香様。相手の名を話さなければお話を打ち切ってはくれないだろうとそのご様子からは推測できてしまう。私が折れるしかないのでしょう。

実は彼女らの周辺にはいつの間にやら武将達が集まっていた。
その顔ぶれは孫策に始まり、孫権、周喩、陸遜、凌統、甘寧、呂蒙、太史慈。そして、周泰までもが何時の間にやら二人の会話が聞こえる場所でうろついている。彼らはお互いに無言の睨み合いをしながら、二人の会話を偶然に聞いている振りをしているのだ。
何をするでもなく城の庭で主だった武将が勢ぞろいという無茶苦茶な状況だが当人達は大真面目である。
さて、そんな事には気付く事ないと尚香という二人の娘達。


ご信頼する尚香様といえども緊張してしまいます。
何を言っているのかと呆れられてしまうかもしれないと思うと今から胸が締め付けられる思いです。
「はい、尚香様もお会いしております」
私は尚香様のお言葉に頷く。
「へぇ、誰だろ……蜀だと趙雲や馬超に姜維とか?はそういう事には興味ないかと思ってたんだけど」
尚香様は楽しげに敵武将の方々の名をお上げになられました。どこかその楽しげなご様子はご機嫌なのだろうとは思うのですが、何故ご機嫌なのでしょうか。少なくとも私の話に呆れているわけではないのでしょう。
「えっ、いえ……蜀の方ではありません」
首を左右に振って否定しました。

ホッと胸を撫で下ろす武将一同。

「じゃあ、次は魏ね。夏侯惇に張遼、あっ!意外と司馬懿とか?」
名前をあげていく尚香様。
その中に私が気にっている方の名前はなかったものの、気になっているという武将は魏の武将で先ほどと同じ答えとはいきません。それに観念して微かに息を吸い込んでから名前を私は告げる。
「……典韋殿です」
「えっ?」
「私が気になっているのは典韋殿ですっ!」
尚香様はお聞き取りになられなかったのか首をかしげられたので、私はもう一度、聞こえるように大きな声で言った。

彼女のその声ははっきりと尚香に聞こえた。
もちろん、彼女達の近くをうろついていたら武将一同にも。
「それって……ほ」
『本気かっ!』
思わず、本気かどうか尋ねようとした尚香だがそれを奪うように後ろから声があがった。
二人にとっては何時の間にか他の武将達が集まっていて、話を聞いていた様子だと二人が思う間も無く。
「冗談だろ?」と、半笑いの孫策。
「この世の終わりだ」と、嘆く孫権。
「止めておけっ!」と、強く反対する呂蒙。
私の殿が穢れてしまいますっ!」と、さり気なく主張している陸遜。
「マジかよ」と、呆然と呟く凌統。
「俺の方がいいぞ?」と、自分を売り出す甘寧。
「あんなのに関わったらお前まで変になるぞ」と、さり気に一番ひどいかもしれない太史慈。
最後に「……止めろ…」と、全員の想いを込めたかのように周泰が言う。そんな中で周喩は言葉にならないほどに衝撃を受けているらしく固まっていた。
「はっ?あの、皆様……」
一気に言われたは普段と違う様子の武将達を見比べて困り顔。
「ちょっと、ちょっとっ!!何で皆が私達の会話に入ってくるのよっ!!」
何も言えないに変わって文句を言うのは尚香。そんな尚香からの言及の言葉の返答も……
「鍛練をしてた」
「散策だ」
「偶然に通りかかって……」
言い訳を口にする者。
「気になる話題でしたから」
開き直る者。
「………」
無言な者。と、多彩である。
「そんなのが通じるわけないでしょっ!」
けれど、納得できない尚香はそんな彼等全員に平等に尚香が無双乱舞をかましたが、一番にその場の彼等のテンションについていけないでいるのは、張本人である。
「あっ、その……」
すっかり声をかけるタイミングを逃したは伸ばした手を力なくたらす。そして、首を傾げて考えはじめた。

そんなに気になってはいけなかったのだろうか?
あの頭は自然なのか剃っているのか。
剃っているのならば、それは何故なのか。
薄くなってきたからなのか。
只単に邪魔なだけなのか。
夜も眠れないほどに悩んだというのに答えはでなかった。
だけれども、大切な呉の皆様の不和の原因になるのなら……。
「気にしないようにします。……はい」
そう誰にとも無く呟く。

そんないささか残念そうだった言葉に気付いた人はいるかどうか。
只今、連鎖反応かのように呉の武将達による無双乱舞のオンパレード。
無事に次の戦場に出れる武将が幾人いるのかが問題な勢いである。

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