抱き枕
ツノ。
紛れも無く、角だわ。あれ。
家の近くの塀に持たれる様にして眠っている大柄な角を持った人を私は発見してしまった。
どう見ても普通の人でない彼の頭には角があって、その人(?)は今まで生では見たことの無い超人と呼ばれる人々のうちの一人だというのはわかった。特に興味無いので名前までは判らないし、超人についてもよくわからない。
正義超人と悪行超人、ようは良い方と悪い方がいて、悪い方が正義超人に勝つと世の中は暗い……らしいけど、そんなの経験したことが無いから実感はない。
「どっちかしらね」
家に入る為には彼の近くを通らないと入れない。正義超人であれば良いけど、悪行であれば良いことはないだろう。まずはどちらか判断をする為に、恐る恐る近づく。
「角がついてるのって鬼かしらね」
鬼だと悪行っぽい。でも、家には入りたい。今日は金曜日、一週間の疲れが堪っている今日はゆっくりと休みたいのだから目できちんと視覚出来るところまで近づいた時に私は気付く。
「……寝てる?」
件の彼は眠っている。ついでに彼には連れがいた。それは白いお髭が憎いあのお方だった。
「うわっ、お店の人が困りそう」
持って行く人がいるとは聞いていたけれどそんな人が本当にいるのかと思っていたというのに目の前でそれを実証する人物が眠っている。
とあるチキンのおじさんを持ってきたという彼は紛れもない酔っ払いだ。
「正義超人かしらね?」
正義超人が酔っ払って人形を持って歩くというのも滑稽だけど、悪行と付くような超人がそんな小さな悪事をするとはかっこ悪いと思う。
「まっ、これだけ寝てたら近くを通っても、判りはしないわ」
私は家に入った後で警察にでも通報してやろうと考えた。捕まえてもらう為ではなくて、保護してもらうためにね。流石に春先とは言えど夜は寒かろう。
「よし、通っちゃえ」
彼の脇を通るために起さないようにソッと足を踏み出す。
一歩、二歩、三歩。
「きゃっ!」
捕獲された。眠っていると思っていた超人は白いお髭のお人形を放り出し、あろうことか私の腕を掴んだかと思えば引き寄せた。
その事態に付いていけずに混乱している私の腰には彼の右腕が巻かれている。それを恨みがましそうに見ている人形。替わって欲しいのならすぐに替わってあげるわよ!
「えっ、えっ?」
眠っていたはずの超人を振り返る。起きている……という予想に反して寝ているように見える。逞しい身体、その腕ももちろん逞しくその腕から逃れようとしても少しも緩くならない。
「放してよぉ」
彼の腕をペチペチッと手で叩いて刺激を与える。少しは違和感感じて緩むのではないかと思ったのにそれどころか腕の力は強まった。
「……うっ、これ以上になると苦しいわね」
若干の圧迫感を感じてその行動を止める。これは、正義か悪行かはわからないけれど彼を起すしかない。
「すみませんっ!起きて下さい」
少し大きな声で呼びかけたものの反応なし。
「起きて下さいっ!」
大きな声で呼びかけても、ただ微かに眉を寄せるだけ。うわっ、寝起き悪すぎ。
「起きてって言ってるでしょうっ!」
私は彼の耳に少しでも近くなるように身を何とか捩って、大声で叫ぶ。
ぱちっ。
そんな音が聞こえるぐらいに勢いよく、彼の目が開く。
「……」
ただ目を開いただけで体勢に変化はなかった。
「あの、家に入りたいんで放してくれませんか?」
私の心からの申し出に彼は私を見る。
「家?」
「はい、あそこの……」
私は答えようと自分の家を指差した後に気付く。自分で家を教えるなんて何て無防備なの。
「おぉ、そうか」
「わわっ!」
彼は納得したように頷くと塀から離れて歩き始めた。ちなみに私の腕はそのままなので持ち上げられてしまう。
不安定なので慌てて彼の肩に掴まっている間に彼は私の家の前までやってきて立ち止まる。もしかして、送り届けてくれたっていうわけかしらね?
「鍵が掛かってるぞ」
ガチャッガチャッと勢いよくドアノブをまわしている。今にも壊れそうな勢いで。
「そんな勢いでしてたら壊れ…」
ガキッ
「開いたな」
満足そうに頷いて彼は私の家にズカズカと上がっていった。幸いにも実家を出て一人暮らししているので家族がこの変な超人の被害者にはならないのは良かった。
彼は家をズカズカ歩いた後に押入れの戸をあけて其処から布団を取り出すと適当にひき始めた。どれくらいに適当かというと掛け布団をひいて、その上に敷布団と毛布をかけているというぐらい。
「……って、ちょっと!貴方ねぇ。何を考えてるのよ」
この事態に私の思考はやっと追いついて、抗議の声を上げる。
「俺はバッファローマンだ」
「はい?」
突然に名乗られて、意味が判らずに首を傾げてしまう。
「お前は?」
じれったそうに彼が私に尋ねた。
「……ですけど」
本名を名乗るのもどうかと思ったけれど、偽名を使っても意味が無いように思えて苗字を名乗らないということにして名前を名乗る。
「、俺は寝るぞ」
「えっ、まっ、待ってよ」
私の名を呼んで、彼が宣言をし……その宣言どおりに彼は眠った。
何を考えてるって聞いて答えてくれたのかもしれない。だけど、眠っていいとは家主である私は言った覚えはない。
「アハハハハ……あぁ、もぅ、夢なんだわ」
私はそう結論付けると彼が適当に敷いた毛布を自分のところに手繰り寄せて寒くないように自分にかける。そうしてしまうと私を抱えている彼にも掛かるがそれは気にしないことにする。
「おやすみなさい」
誰にともなく呟いて私は目を瞑る。目が覚めたらこれが嘘であってくれますようにって……。
朝、目が覚めると角がある超人がいた。抱きかかえられたままの格好に私はため息をつく、そうすると超人の彼、たぶん、バッファローマンが目を覚ます。
「……おっ?…お前、誰だ?俺のファンか?」
――…そう言った。
「ふっ、ふさげるんじゃないわよっ!」
私は思わず右手で彼の頬を殴ったものの、彼は気にした様子も無く殴られた頬を掻いている。
「あぁ……思い出した。だったよな?」
その後にポンポンッと私の頭を手で軽く叩き。
「で、俺はどうして此処にいるんだ?」
本当に理解していない様子だ。……どうしよう。この人、まだ酔っ払ってるんじゃないの?っと、その時の私は目の前の超人を前に途方にくれた。
その後、彼にこの事態をきちんと説明し、ドアの弁償はして貰ったのだけれど詫びと称して彼、バッファローマンは我が家に入り浸るようになった。
仕事から帰ると、彼が家の中に存在する事も多々ある。……頼むから、家主が知らない間に勝手に入らないで下さい。バッファローマン。
私は無理だろうと今では半分諦めつつもそう願うことを止められない。