冷戦勃発
「暇だ」
教皇補佐をしているサガと俺はどちらも双子座の聖闘士としてアテナに認められており、その時の状況によって双子座の聖衣を身にまとうかどうかは変わる。
それは明確にどうすると俺達自身で話したわけではなく、任務で外に出ている方が基本的に優先権があるといった暗黙の了解というものだ。
サガは教皇の補佐を任じられているため、俺のほうが双子座の任務に就くことが多かったが、それを気にする様子のサガに無理矢理に近い形で今回の任務アテナの護衛を押し付けたのは勝手に落ち込まれたりして面倒なことにならないように俺なりに考えたからだ。
任務を交代したと小言覚悟で教皇へ言えば、そろそろ俺達を休ませようと思っていたから丁度いいと謹慎もかねてと五日間の暇を言い渡された。サガには任務から戻り次第、休暇だと伝えるようにということだった。
そんな事情で与えられた暇なためむろん予定などなく、また謹慎中なため許可がなければ暇つぶしに外にも出れないという面倒な事態となっている。
「……アイザックの弟弟子とやらに会ってみるか」
氷河とは何度か会ったことがあるがもう一人とは結局、会話らしい話をしていない。
顔はお互いに知っているためアイザック繋がりで話しかけてみたと言えば、聖域での行動を見ている限りは嫌とは言わんだろう。
謹慎一日目である今日、俺はアイザックの弟弟子に会うことと決めが滞在しているという宝瓶宮の居住区へと訪ねればカミュが出迎え。
「カノン、何用だ? アイザックならばいないぞ」
海闘士としての話でもあると思ったらしい相手の言葉に首を振り。
「海闘士としてポセイドン神殿に戻っているのは知っている。今日はお前の弟子であるに会いに来た」
「にどのような用件だ?」
そう問うカミュの瞳は鋭い。以前にかなり遠回しにではあるがアイザックを悪の道に誘い込むことは許さんというようなことを言われたことがある。
言われた当初はまだ聖闘士としての俺の信用が低いのだろうと思ったのだが、そうでもないことが後々のカミュの行動で理解できた。一言で言えば水瓶座のカミュは弟子に対して過保護なのだ。
聖闘士としての鍛練についてなどは厳しいようだが、日常生活全般については馬鹿らしいほどに心配をしているようだ。
クールであるからか表情に表さないが、その行動が明らかにそうでしかなくデスマスクが愚痴を口にしているのを聞いたことがある。
「話したことがなかったのでな。一度話してみようと考えたのだ」
悪いと思われるようなことではないだろうと素直に答える。
「ならば任務で聖域を離れている」
「そうか。それはタイミングが悪い。邪魔をしたなカミュ」
聖闘士としての任務であるのなら会えずとも仕方がないと納得し俺は宝瓶宮を後にした。次の日にまた宝瓶宮を訪れることになるとはその時は思いもしなかった。
次の日、暇を潰すために謹慎中となってはいるが聖域の外へ出ようと考え、許可をもらうために教皇宮に向かっていた俺と入れ違うようにデスマスクが教皇宮から出てきた。
「よう、カノン。休暇だというのにこんな朝っぱらからどうした?今から任務の俺と違って寝てられるんだろうに」
今から任務だというのに悠長に話しているデスマスクが立ち話をはじめたことから、それほど緊急性の高いものではないようだ。
現在は本来であれば黄金聖闘士に回されないような任務すら階級になく回されるが、そういった任務は俺やデスマスクのように一度アテナに反逆してしまった者達に多い。
ようは聖域のために色々と尽力している姿を見せて、聖域の者達の心証をよくしようということらしい。今回の任務もそういった任務の一つだろう。
「暇なので外出許可をもらいにな」
「休みにやることないとはお前もサガに負けず劣らずに仕事中毒だよな。家でのんびり出来る趣味でも作れよ」
肩を竦めて呆れた様子のデスマスクに少々お節介な奴だと思うも、こうして暇を持て余しているのだから反論は出来ない。
「趣味か。悪くはないかもしれんが急に出来るものではない」
「違わねぇな」
「お前はそのような趣味があるのか?」
趣味を持てというのだから当人は当然持っているのだろうと訊ねれば口を尖らした。そんな顔を男がやっても可愛くないぞ。
「あるぜ」
「どのような趣味だ?」
あると言いながらもそれを答えないのは言いたくないことなのだろうか。よほど変な趣味でもしているのかと重ねて問う。
「読書だ。読書」
「お前が?」
どのような趣味かと身構えていただけにごく普通の返答に拍子抜けする。
読書が趣味だというのならば隠す必要があるとは思えないのだが。
「その反応が嫌だったんだ。お前らは俺にどんな印象を持ってるんだよ」
デスマスクの様子からして周囲の反応がうっとうしいものであったようだ。
「少なくとも読書をするような印象はなかったな」
フォローをしようにも俺自身も意外に思っているので出来ない。
「そうだろうよ。で、本でも読むっていうのなら貸すぜ?東洋のものが多いが」
「何故、東洋なんだ?」
「俺の技は中国にちなんでるからな。知っておこうと読んでたんだよ」
こいつは意外と真面目な奴なんじゃないだろうか?教皇や老師に対しては反対意見を遠慮なく言うものの口調自体は俺達に話すより改めているし、聖域からの任務も文句は言っているが断わってはいないようだ。それだけであれば聖闘士としては大変に優秀だと言えるだろう。
「申し出はありがたいが今回は遠慮しておく。そういえばお前は杯座と親しかったな?」
「あっ?……まぁ、話すほうじゃないか?」
話題が変わったことにデスマスクが虚をつかれたような反応をした後に僅かに目を細めた。
俺が杯座のの話題にすると考えていなかったためか、多少の警戒のようなものをデスマスクは持ったらしい。
「アイザックが弟弟子である杯座のことを褒めていたからな。話してみようかと昨日は宝瓶宮まで行ってみたんだがタイミングが合わなくてな」
「ああ、二時間ぐらい外に出た時のことか」
「二時間?」
任務で聖域の外に出たとして二時間で戻ってきたのだとしたら、どれだけ簡単な任務だったのだろうか。
「昨日俺は休暇だったからな。暇ならと買出しに付き合わされたんだよ」
「カミュからは任務と聞いたぞ?」
話の食い違いに思わず眉が寄ったのが自分でも感じられる。
「アテナに頼まれた菓子を作るとかいう話だったから、任務と言えば任務じゃないのか? 急ぎじゃなかったのなら待ってればよかっただろうがな」
「ほう」
買出しを任務と言うとはカミュは面白いことをする。
「……俺、任務だからそろそろ行くわ」
任務へとデスマスクが向かった後、俺は真っ直ぐに宝瓶宮へと向かい苛立ちに声を荒げて宝瓶宮の前で仁王立ちとなって声を上げた。
「カミュ!」
「騒がしいぞ。カノン」
宝瓶宮から出てきたカミュは堂々とした態度だ。いつものことであるがそれが今の俺には苛立ちの要因となる。
「お前はが任務と昨日言ったな」
「言ったが?」
「その任務とやらは買出しに行っただけですぐに戻ったらしいではないかっ!デスマスクから聞いたぞっ!」
悪びれた様子のない態度に声を大きくした俺にカミュはそんなことかとでも言いたげにため息をつき。
「アテナがのお菓子を食べたいとご所望であったからな。そのための準備をしていたのだ。今日はその菓子をアテナに届けるために日本に行き、数日は滞在すると聞いている」
「買出しと聞いていれば待てたのだが?」
デスマスクの話では二時間程度しか出かけていなかったわけなのだからな。
「は菓子作りをする予定であったからカノンに時間が取れないだろうとああ言ったまでだ」
親切で言ったとでも言うつもりだろうか?だが、カミュの様子からして親切というよりも弟子に会わせる気がないのが感じ取れる。
「戻るのはいつだ?」
「アテナの予定では五日間だったな」
「そうか。邪魔をしたな」
俺が与えられた休暇中に戻らないと知り、面倒になったのでそのまま帰ることにした。話す機会など作ろうとせずともいつかおとずれる。
のことを気にしている様子のサガがコンタクトを取れそうだということを考えればよいことではないか。
傍から見ていると恋煩いでもしてるんじゃないかと誤解されそうなほどに動揺しているいい年をした男が、多少でも落ち着くのだからな。
俺が謹慎という名の休暇の最後の日は早めに休もうと夕方に聖域に戻ると双児宮の前に人の気配があった。
見えるところまで近づけばその人物の瞳もまた俺を捉えたのか真っ直ぐに俺を見つめる。その人物とは俺が会おうとしてた杯座の聖闘士だった。
「おかえりなさい」
階段を上りきった俺は笑顔を浮かべた彼に出迎えられる。話す機会を作るつもりではあったが、これほどすぐにだとは思ってもいなかった。
何より予定ではまだ聖域に戻っていないはずなのだが、彼がここに居るのは急な任務でも入り俺に何か用件でもあるのだろうか?
「何か用か?」
「あなたが私に会いたいと考えていらっしゃると聞いたのですが違いましたか?」
俺の問いかけに対して答えた内容からしてわざわざ俺のために彼はここで待っていたようだ。
「聞いたとは誰に?」
カミュの様子からして俺のことを話す気はないと想像できる。
「デスマスクからです」
「デスマスクから?」
「はい。今、デスマスクはアテナの任務にシュラと入れ違いで就く時に教えて頂きました」
俺が話したいと言っていたことをデスマスクはへと伝えたらしい。
伝言を頼んだわけではないが、こうして会えたのだから今度酒でも奢るとしよう。
「お前の任務はまだ終っていないのではなかったか?」
カミュから聞いた話ではもう少し戻らないはずだったような。
「アテナからは休暇と思って過ごすようにとありがたいお言葉を頂きましたが、私は休暇を頂くほど任務をこなしておりませんでしたのでシュラと共に聖域に戻りました」
「お前の場合はヒーリングだけでも杯座の役目を果たしていることになると思うが」
聖域に召喚されてからは聖域で療養している聖闘士達を癒していたはずだ。
誰に言われたというわけではなく、自ら行動していたようで正式に任務として聖域からの指令書が書かれたのは彼が聖闘士達にヒーリングを施すようになってからしばらく経ってからだと聞いていた。
「最近はヒーリングを必要とされる方も少ないので役目を果たしているとは言いきれません」
傷ついたアテナや聖闘士を癒すことが出来るという杯座の聖衣の特性から聖域外の任務を回されることも少なく、聖闘士として役に立っていないと感じているのかもしれない。
「アテナの傍に居ることも聖闘士としては大切な役割だぞ」
「……シュラにもそう言われましたが」
目を伏せ言いよどんだ。黄金聖闘士のシュラから言われているのであれば彼なりに考えての行動なのだろう。
何よりここに彼が居ることはアテナからの許可を得たからこそで、違反を犯しているわけではない。
「、よければ何か飲んでいくか」
「えっ?いえ、お手数をおかけしてしまいますし」
やんわりと断っているが、このような対応では我の強い人間ばかりが居るここでは無駄に苦労しそうだ。
「手間だと思うのなら言わんぞ」
いつから此処で俺を待っていたのかわからないが待たせたワビでもある。
「それではお言葉に甘えさせて頂きます」
了承した相手に頷き双児宮へと入っていけば後からついてきている。
これほど近くに居てもおぼろげな小宇宙は決して小さくはないというのにどこか掴みどころがなく、そこに在ることが当たり前のようだ。
という少年が聖域で大きな反発をされないのは、これもまた一つの理由なのかもしれないが彼を認識している人間からするとその小宇宙は特徴が在り過ぎて逆に無視できないものとなるのかもしれない。
「その筆頭がサガだな」
浮んだ双子の兄の姿に、と話をすることが出来たのだろうかと考える。
「あの? サガ様がどうかなさいましたか?」
「何でも……待て、どうしてサガのことを敬称をつけて呼ぶ? サガは教皇の補佐をしているが聖闘士だぞ」
俺の呟きに反応したに対して、誤魔化そうとしたが敬称をつけた相手に思わず反応する。
黄金、白銀、青銅だろうと同じ聖闘士として互いを名で呼び合うのが、老師のような例外を除いて当たり前のことだ。
「いえ、あの」
「あいつに敬称などつける必要はないし、俺に対しても気楽に話せ」
彼が自分だけをサガ様などと呼んでいると知ったら、うっとうしいほどにあいつは落ち込みそうだ。
できるだけ笑顔を心掛けて敬称をつけない方向へとそれとなく誘導を試みると。
「気楽に、ですか?」
戸惑ったように彷徨う視線。
「嫌か?」
「いえ! 嫌なわけではありません。ただ、その貴方はアイザックにとって師のような方ですし……」
「多少は鍛えはしたが師と呼べるようなものではない。それにアイザックよりも今のお前のほうが俺に丁重だぞ」
聖闘士となるような者の性格は大抵が我が強く、そのせいか相手が黄金聖闘士だとしても敬語を使わない者も少なくはない。
俺はアテナに自らの意思で反逆したのだから余計に敬われることが少なく、そういった中で俺に対してこれほど丁重な者は逆に珍しいほどだ。
「そうですか?……あの」
その先に続く言葉は何だったのか。
「!」
「カミュ?」
俺とが会っていることに気付いたらしいカミュが光の速さで駆けつけ、を背に庇う形で間に立つ。
「カノン、すまないが私達はこれから夕飯を食べるために帰らなくてはならない」
こちらを射抜くように見つめたカミュに断言される。
「ほう、夕飯か。まだ俺も食べて……」
「すまないが、人数分しか用意していない」
俺の言葉は食い気味に遮られた。
「えっ?」
カミュよ。お前の背後では弟子が驚いたように声をもらしたぞ。そして、息を吸うかのように自然に嘘をつくのは止めろ。
「……そうか」
息を吐き出し、ただ頷いたのは苛立ちはしたがそれよりも先にカミュの過保護ぶりに頭痛がしてきたからだ。
「ああ、では戻るぞ。」
「はい、カミュ! それでは、また。カノン」
は師である師であるカミュの言葉に元気な声で返事をし、俺を見て頭を下げてから早足で歩き出したカミュの後に続いた。
カミュの弟子は多くが逃げ出したと聞いたことがあるが、残った三人はアイザックもふくんでカミュのことを慕っているようだ。
その姿を見ていると弟子というものも悪くはないような気もするが、俺に弟子の育成など無理だ。何より双子座の弟子ならばサガが育てるべきことだ。
「素直そうな子どもではあったが……」
デスマスクと仲が良い理由はよくわからない。奴はただの良い子を可愛がるような男ではないと思うんだが……きっと、まだ本質に触れていないのだろう。
次にに出来るだけ早く会うためにはどうするかと考えるのはカミュへの嫌がらせを兼ねているが、邪険に扱われた身としては当然のことだ。
双子座の黄金聖闘士は二人いる。教皇の補佐もしているサガ、海将軍でもあるカノン。
どちらもアテナに反逆したというとっても似た人達で、何故だか私のことを好いていないような気がしている。
偽教皇であったサガからは聖域に来た当初から視線を感じていたけど段々とそれが険しい表情になっているように思うし、カノンのほうも私を見ると何やら考えているらしく目を細めたりとかするからだ。
よわっちい私としては黄金聖闘士である二人に嫌われるとか死亡フラグでしかないので、勘弁して欲しいというのが正直な気持ちで最近では二人を見かけると胃が痛くなってくる。
そんな状態であるのに我等が女神様な沙織さんの要望でお菓子を私に行った日本で沙織さんの護衛任務中のサガと鉢合わせてしまい、私闘が禁止されていなければ、きっと私はミンチになってるんじゃないかと思うほどにサガに睨まれ滅茶苦茶怖い思いをした。
三日連続で睨み付けられることに耐えられなくなって、沙織さんの護衛の交代として来たデスマスクから聞いたカノンが会いたがっているらしいという言葉と聖域に戻るシュラに便乗し、予定より早く城戸邸から退避した。まさに脱兎の如く。
そうしたのはサガよりもカノンのほうがマシという考えからだったけど、いざ聖域に戻ると会いたがっているというカノンのことも怖かった。うん、サガよりマシだけどあの人も何か私のことを見てるわけだし。
ここは面倒になりそうなことは早々と終らせてしまおうとカノンに会いに双児宮に来てみたけど留守で、これは縁がなかったとして帰ろうかと迷っていた時にカノンが戻ってきたのだが、会話をしてみると今までの印象からすると意外なほどに気さくな人だった。
これは彼の双子の兄であるサガが、どうして私のことを嫌っているのか理由を知ることが出来るチャンスではないだろうか?
理由を知ることができれば直すことができるかもしれないし、直せなくてもサガの前では取り繕ってこれ以上は嫌われないようにできるかも。
決心してカノンに言おうとしたタイミングでカミュが夕飯へと呼びに来てくれたのだった。
同じ聖域内に居る時にテレパシーではなく直接呼びに来てくれるとは珍しいと目の前にある背を見つめているとカミュの言葉に違和感を覚えた。
かなり頻繁にミロが夕飯を食べに来るので食事はいつも多めに作っているはずだ。
カノンと一緒に夕飯を食べたくない素振りに、二人の仲はそれほどよくはないのかもしれないと思い当たる。
真面目なカミュはデスマスクと相性がよくないのは知っていたけれどカノンともそうなのか。話した限りでは気さくな人って感じなのに意外だ。
いや、デスマスクからカノンが会いたがっていると伝言を受けたと考えると私生活ではデスマスクに近いとか? それならカミュとの相性はよくなさそう。
カノンと別れ宝瓶宮に戻る道すがら前を歩くカミュへと視線を向けると、その視線に気付いたのかカミュが立ち止まり振り返った。
「どうかしたか」
「あっ……今日の夕飯は何かと思って」
黄金聖闘士は不仲なのか考えていただとか言うわけにもいかず、慌てて思い浮かんだことを口にしてしまった。
「ペリメニだが嫌いではなかっただろう」
「はい。ペリメニは好きです」
そう答えて、カミュの雰囲気が柔らかくなったように感じてやっと気付く、シベリアでカミュがよく作ってくれていた水餃子のようなペリメニという食べ物は私の好物だった。
きっとカミュはそうと知っていてペリメニを作ってくれただけでなく呼びにまで来てくれた。
厳しい師であるけれど優しくもあるカミュに嬉しくなったこの時の私の表情はきっと笑顔だったことだろう。