君の選択は


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聖域でカミュに世話になりながら無事に弟を見つけ出すことができ、姉ではあるけれど、姉ではない私を巧がどう思うか心配する気持ちはあったが、巧は私を姉だと受け入れてくれた。
彼は身一つで気を失っていたところを山の小さなの村で発見され、目覚めた時には記憶のほとんどを失っていた。
正確には私が憑依していた間のことを覚えておらず、両親が亡くなった事故後のことはぼんやりとしか覚えていなかったのだという。
姉のためにどこかに行かなくてはいけないと言われ頷いて、なのに目が覚めたら見知らぬ病院に居て混乱し幼子のように泣いたのだと。
中学生と思われていたらしく孤児院に居たところを沙織さんの力を借りて弟を無事に引き取る時にそんな話を児院の院長先生からされた。
年齢にしては幼いけれど、受け答えはしっかりしているので8歳から発見される14歳まで監禁でもされていたのかもしれないと言われ、まだ若い私には負担になるかもしれないとも言われた。それは巧や私のためを思ってのことだろう。
優しい人なのは巧も懐いていた様子でよくわかったし、院長先生と別れる時には巧は泣いて別れを惜しんだ。それを見て、私が巧を引き取らないほうが彼は幸せなんじゃないかとも思った。
でも、私の中には巧の姉であるという記憶があって、大切な弟だという気持ちに偽りはない。この世界の私はすべて、本当にすべてを私に譲り渡してしまったのだから。
院長先生とお別れした巧は私の手をためらいな握ってくれた。その手を握り返し、私は温もりにこの世界に居てもよいのだと安心したのを覚えている。きっと一生忘れないだろう。
巧を引き取った後は聖域で与えられた小屋で私と巧で二人暮しをはじめた。それまではカミュのところでお世話になっていたけれど巧にとっては見知らぬ人だからと気づかわれたらしい。
十二宮の一つである宝瓶宮でお世話になっていた頃とは違って色んな人が訪ねて来てくれるようになった。
私達のことを気にかけてくれているカミュ達はもちろん同じ日本人の魔鈴さんや星矢君達、あとは何故か黄金聖闘士なのにアイオロスやアイオリアの兄弟も来てくれる。
聖闘士の知識のなかったはずの私達一般人が聖域に居る理由は二人共が小宇宙を扱えるからだ。
鍛練をした記憶がある私だけでなく、鍛練をした身体の持ち主である巧も使えるのは当然かもしれないが、周囲は巧が落ち着いたら候補生にならないか話すつもりらしい。
私自身は女性であることと、もう成人しているために一度話をされた時に簡単に断わることができた。元から断わられると考えて話をしていたようでもあった。
しかし、ここでお世話になり続けていると巧の聖闘士候補生フラグは叩き折れないんじゃないだろうか?
巧の知り合いって、元カミュの弟子とだけあって聖闘士が多い。それに雑兵の人はいい人だけじゃなくて意地悪い人もいるから小宇宙を高めたりすることもあるみたいだし。
よくわからないけど小宇宙は高めると威圧感を相手に与えるらしくて、こんな小娘相手にも大男が悲鳴をあげて逃げていってくれ、魔鈴さんからはきちんとした修行をすれば青銅クラスにすぐなれそうだと妙な太鼓判を頂いてしまったこともある。
そんな一般人とは違う生活をしていては巧のためにもならない気がするし、日本から沙織さんに頼んで取り寄せてもらった教科書やドリルなどで勉強しているけど私達二人共が学校いってないから将来が心配だ。
私は今料理をしているが、三食充分に食べられるだけ食材を頂けているのでありがたいけれど、この生活を聖闘士でもない私が続けるのは問題があるだろう。
屋根はあるものの小屋の外にある炊事場でグルグルと木製のおたまで余裕で10人前近くあるだろう野菜たっぷりのスープを混ぜているとバタバタッと元気な足音が近づいてきたのに気付いた。視線を向ければ予想通りに。
さんっ!腹減った」
星矢君が一番に駆けつけてきて、私に昼食の催促をした。いつも元気でいいね。
「星矢君、手は?」
ご飯前に必ず確認することを聞く。
「あっ、洗ったぜ?」
「……本当?」
目を逸らした時点で嘘だとわかるし、誤魔化そうと口笛吹いても誤魔化されないよ。
「星矢、ご飯は逃げないんだから手を洗ってきなよ」
「わぁーたよ」
星矢君に注意をするのは誰と決まっているわけでもないけれど、一番多いのは瞬君だろう。
渋々と頷いて手を洗いに向かった星矢君を見送ると巧が炊事場に入ってきた。
「姉さん、これ持っていけばいいの?」
台に置かれた料理が盛られた皿を手に取り言った。
巧は候補生でもないのに候補生の格好をして星矢君達と何やら遊んでいるので周囲には候補生と思われているらしい。
筋が良いらしいとか雑兵で仲良くなった人が言ってましたが、聖域に居てワガママだとは思うけどお姉ちゃんは弟に聖闘士になってほしくない。
「うん、よろしくね。巧」
「僕も手伝います」
「ありがとう。瞬君」
ごく自然に手伝いをしてくれる二人に笑顔でお礼を言う。
紫龍君と氷河は並べている途中で戻ってくる星矢君がつまみ食いをしないための見張りだ。
いつの間にか星矢君達が昼食と夕飯をここで食べるのが当たり前になっていた。皆で食べたほうが美味しいから大歓迎だけどね。
皆よく食べるし、カミュ、アイザックが来てくれたら嬉しいのでいつも余分に作っているからあと二人や三人ぐらい増えたところで問題はない。
人間とは慣れる生き物らしくこれだけの人数分を作り始めた頃より確実に短時間で作れるようになっている。
こうやって考えごとをしながらも料理を盛り付けられる時点で本当に手馴れたものだ。
「まだ持っていくのある?」
「私のだけだから、もういいよ」
雨の日は狭い小屋の中でぎゅうぎゅう詰めで食べるけど、晴れた日には外で皆で食べる。
そのために大きなテーブルをどこぞから紫龍君が持ってきてくれて返答が作りましただったので驚いた。
イスは使っていないのを貰ってきたとのことで見た目はバラバラだけど、それぞれのイスが決まっているのでそれはそれで便利だと思う。
さん、まだぁ?」
お腹に手を当てた星矢君がイスに座って萎れて猫背になっている。
「私が席についたら食べられるから、もうちょっと待っててね」
「行儀が悪いぞ。星矢」
氷河が隣に座っている星矢君の背中に軽く叩いた。
「はいはい」
「はいは一回だ」
今度は紫龍君の注意。こういった注意をよく星矢君は受けるけどまた数日後に似たような注意を受けている。
「氷河も紫龍もご飯前にあまりお小言言わないでよ」
「瞬っ!」
キラキラと輝いた瞳を瞬君に向けた星矢君。そろそろ終りそうだと思っていたところに。
「星矢に言っても無駄だもんね」
「そうだな」
「巧っ!氷河っ!」
「本当のことを言われただけだろ」
巧の一言とそれに同意する氷河に抗議する星矢君。いつもじゃれ合っているけど今日はまた一段とすごい。
紫龍君と瞬君が呆れたように見ているけれどこのままだと料理が冷めてしまう。
「皆、ご飯にするよっ!手をあせて……いただきますっ!」
皆も口々にいただきますと言って昼食を食べ始めた。こうやって有無を言わさずに食べ始めたほうがご飯前は早く終わるのである。
最初の頃は口ゲンカのようなじゃれ合いがはじまるとオロオロとしていたというのに、慣れというものは怖いものだ。
そもそも巧も最初は傍観していただけなのに、近頃は星矢君達のじゃれ合いに混ざっていたりするので聖域の生活にも慣れたのだろう。
「今日の午後も鍛練をするの?」
「特に用があると聞いていないからそうだと思う」
特に誰かに聞いたわけでもなく言えば反応をしてくれたのは氷河だった。
「なら夕飯も皆の分作って大丈夫だよね」
「ああ」
夕飯のことを確認して下準備をどれだけ必要かと考えていると
「氷河、さんには態度が違うよな」
「僕もそう思うな」
星矢君がからかうようにニヤニヤとした笑いを浮かべていると瞬君がそれにのった。
「なっ、何を言っている」
慌てた表情の氷河が二人を睨みつけている。
「氷河は姉さんのこと大好きだもんね」
「そうなのか?」
巧がのんびりとした口調で言えば、紫龍君が氷河へとたずねている。
君らのその息のあったからかいは普通の人にとっては捌ききれなさそうだね。
「巧っ!」
「だって、氷河ってば沙織さんと姉さん以外の女の子とお話しないじゃん」
氷河的には巧の発言が一番問題だったのか巧へと声をあげたが、巧は気にした様子なく肩を竦める。
最初の頃の二人は、私であったが行方不明になったための罪悪感からくる氷河の硬い態度で距離を置いていたので、こうやって二人が会話するのはごく最近のことだ。
「する必要がないだけだ」
視線を逸らして無言になったということは本当のことを言われたのだろう。
聖闘士の候補生というものはあまり外部の人間と接触しないものらしいし、私達の修行時代も食材調達時ぐらいしか人と話さなかった。
私の知る氷河の性格からすると話せないというより、話す必要を本当に感じていないんだと思うし。
「お代わりがほしい人はいる?」
星矢君のお皿がもう少しで空になりそうなので声をかけてみる。
「おかわりっ!」
「僕もっ!」
おかわりが欲しいと声をあげたのは星矢君と巧、これで意識は氷河からそれただろう。
「注いでくるね」
立ち上がり二人のお皿を受け取ってお代わりを注いでこようと炊事場に向かう途中にテーブルへと視線を向ける。
弟と弟みたいな少年とその仲間でもあり兄弟な少年達の仲が良いその姿にいつの間にか笑っていた。
「……ねぇ、巧。お姉ちゃんは君の選択を受け入れるよ」
きっと、その選択の時は近い。
大切な人に戦って欲しくない。それは人として当たり前の気持ちだと思う。同時に大切な人のために戦うその気持ちもわかるような気がする。
私は戦わないことを選んだのだから、巧が戦うことを選ぶのならそれを否定してはいけない。
皆と一緒に今を楽しく過ごしているけれどこの先には辛いことはあるだろう。でも、またこうして笑うことが出来たらなんて素敵なことだろう。







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